第14話 姉の嫁入り後直帰で家族会議
「いや、しかしオーネ……」
「いやよ。私が戻ったら、男爵領が食い潰されちゃう」
「しかしオーネ姉さん、相手は子爵だよ?」
「犯罪を庇って、意識の無い『
さて。
状況は緊迫していた。
姉さんは先月、予定していた通りに嫁入りをしたのだが。
コートン先生が短期とはいえ教えていたのだから、卒業記念として鑑定魔法だけでも習熟してほしい、との配慮で集中講座を行い、お墨付きまでもらったワケなんだけど。
「まさか、鑑定魔法を夫に向けたら操られていることが分かって、さらにその犯人が第一婦人であり、ほぼ死人のようになっていた夫と結ぶハズの式の費用が男爵家持ちになっていたり、更には分領を頼まれた男爵にはオーネ姉さんが人質だと伝えられる手紙まで用意されていたとか……」
さすがにそれは詰め込みすぎ。
だが、まぁ、その証拠の手紙やら、夫を操っていた魔法の道具やらを持ってきた姉の行動力は称賛する。
しかし初夜をキャンセルして実家に帰ってくるという前代未聞の
「馬車で二日の道程を夜明けから一日で踏破するとか……」
「あっちには私のメイドしか味方が居なかったんだもの」
「だからって、その魔法の道具引っこ抜いて逃げてくるとか……」
「早くなんとかしないとって、必死だったんだもの。仕方ないでしょ」
仕方ないにしては、馬を休めるペース配分がきっちりと出来ていたり、馬の飼い葉、人の食料、飲み水、それらを調達するお金とか。
前準備をしていたかのような脱出劇だ。
お金に関してはお父様の配慮で持たされたモノだと思うけど。
「私は、とにかく運が良かったのよ。極めて優れたフットワークのメイドが二人も付いてきてくれてたから」
自分の魔法がスゴイとは言わない。
普段からそうだから、メイドたちに支えられて、これだけのことが出来たんだろうね。
「長時間の護衛、お疲れ様でした。エマ、オルモ、良くやってくれた」
「いえ当主様、もったいないお言葉です」
「二回くらい意識とびかけましたけどね」
この二人は昔から支えてくれていたメイドだ。
普通のメイドとの違いは、二人とも騎士団の子供で、乗馬に剣術にと男に勝るとも劣らない働きができるという点。
嫁入りに使った馬車がそのまま使えたというのも、今思えば運がいいと言えるかもね。
「馭者として当主様たちを乗せていた、婚約式の時の記憶が役にたちました。しかし本当に意識が飛んでいたら今頃、横転していたかも」
「やめてよオルモ。でも、エマと一緒に脱出してくれて本当に助かったわ」
「私はもうあそこのご飯が不味くて仕方なかったからいいんですけど」
「そう、ね。エマの許嫁。デリンノさんは私を逃がしてくれて……どうなったのか、不安よね」
「ご安心ください。彼はきっと、大丈夫です、から」
「エマ…… 分かった。ステンラル家当主として、この件は国へと申し立てる」
外門の番をしていたという騎士デリンノは、エマの親が決めた許嫁だった。
だが幼馴染みでもあった二人は互いに想い合っていて、今回の姉の結婚式で近く、二人も結婚するつもりだったのに。
「下級からの申し立ては時間がかかる。子爵様の陣営からその実情がどうであるのか、我らの領地へとどう動くのか。分からぬがこれは大事。国の『秩序平定』のため、法を持って裁きを仰ぐ」
しかしこの世界『法律』は基本的な概念としてしか定まっておらず、細かに書かれてはいないんだ。
この時の秩序平定っていうのは、魔法の『
これは特殊な魔法で、使えるのは現在五人だけだとか。
だから、その『動く裁判所』と言える人を呼び出し真実を明らかにするためにはお金も、時間もかかるワケだ。
「それでも事実を明らかにしないとな。アルー、ロウ、タズマ。兄弟力を合わせて、段々とでいい。徐々に仕事を覚え、この男爵領を豊かにしてくれ。私はしばらく、大公領で聖王や教会の査問を受けてこの話を伝えなくてはならない」
「お父様……」
「分かりました。兄の両腕として、俺とタズマで、三人でやり遂げてみせますから」
「うむ。今までが見本だ、と言っても…… あまり見せられたものではなくて、すまないな」
申し訳なさそうにお父様が言う姿が、前世の無口な親父の姿に重なって…… 俺は、全力でこの土地を良くしたいと思えたのだった。
「がんばりますっ。お父様が帰ってきた時、見違えるくらいに!」
そして、朝焼けの中始まったその家族会議は、朝食後から一時間ほどでお父様とお母様が王都へと出発し、その護衛と行程補助にボレキ準男爵麾下騎士十名の団体となって付き添った。
俺たちはこの春の日、子供たちで男爵領土を預かるというとんでもない現状と向かい合ったのだった。
☆
執事のネオモさんは復帰していたし、補助に家令のコートン先生…… じゃなかった、魔法の勉強時以外で先生と呼ぶと怒るから使っちゃマズい……コートンさんが居るから、屋敷のあれこれは任せていて大丈夫だ。
「師匠、昼用のパンはラックに冷ましておけ?」
「まだ早い、余熱落ちてカラカラになっちまう。釜の扉開けておくだけだ、出すまでまだ待ってろ」
「へーい。あ、ご主人。今日は私、午後から完全に空くから、森に行くなら付き合うよ」
裏手の料理場と洗い場の脇で、プチが手を振ってくれた。
シーヴァと同じくクラシックなメイド衣装だけど、プチはエプロンが本格的に広く長い。
役職はキッチンメイドという、らしい。
本人は『バトルメイド』と自称している。
手を振り返すと、シッポを立てて仕事に戻って行った…… まぁ、楽しそうだ。
この男爵領では、亜人であってもちゃんと評価されてる。
この前、プチが捕らえた盗賊団の男たちは…… 半数が亜人だった。
公国の法律として、亜人に対しての扱いが酷くなっているのだと聞く。
だから彷徨うことになったのであっても、人のモノを奪う人は裁かれるべき。
「しかし、亜人にも開かれた町なら、そもそも犯罪をする必要もなくなるのかな……」
俺は、何ができるのか考えがまとまらず。
子供たちの剣術や魔法の習得は一旦中止となっていて、兄弟で仕事の分担をし、自分の分野を何とかしなければいけない。
その現状に、なぜか自分の中にモヤモヤとするものがあった。
「今まで、シーヴァと一緒に道路の建設の連絡係をやってきた。でもそれはただの付き添いで、俺は何もしていない。だけど、今日からはそうじゃない」
俺に渡されたのは、『亜人の集落群』との連絡役で、指令役。
付き添いはシーヴァとプチだ。
前年に得た信頼関係もあるし、自分にピッタリと言える。
逆に、不安なのはロウ兄さん。
「積み重ねは必要ないけど道路建設の監督、かぁ。ロウ兄さん…… まず飽きるだろうな」
アルー兄さんは、村の拡張と治水などの事業、開発か…… それはそれで大変で楽しそう。
辺境であるため、男爵領には土地が余っている。
もちろん他の種族の主張する生活圏を守ってこそではあるが、前年にその
屋敷周りの林を切り開いて、そこから出た材木は半年ほど乾かしてから建築材として使われる。
すでに多くの材木が用意され、代わって開かれた土地には植林もしくは整備、整地が施されており、人の手が入るのを待つばかり。
材料は周囲から調達できる分、建築が多少の金銭で済ませられるのは強みだった。
ちなみに『辺境伯』という言葉があるが、あれは国の境目を守る役職の名前であって、辺境の開発を任されているというワケではない。
モヤモヤしているのは、なぜだろう。
「亜人や他種族との連絡係で、もっと何かが出来ないか…… 俺は、俺だからこそ何かできないかを、見付けなくちゃいけないんだ」
それも、自分の手で。
「魔法で発揮したチートみたいなものじゃなく、俺の俺らしい発想、とか…… 俺ならでは、とか。なんかないのか」
だけど、モヤモヤしたまま、この『仕事』は始まってしまった。
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