第1話 下僕の階段登る兄

 アイドル、ミク。

 数多のライブステージに出演し、アメリカと日本のハーフで金髪碧眼の容姿が可愛いと評判。

 髪は染めてて、目は生まれつき青い。

 ファンクラブの会員がとんでもない大きさの、国民的アイドルだ。


 その子が俺の義妹になった。


「ゆたか君、そこの段ボール空なら畳んで欲しい」

「あ、はい」


 5分後


「この本のシリーズは本棚に並べて。番号順だからね」

「えっと、分かった」


 10分後


「ねえ、紅茶」

「え…俺のこと?」

「な訳無いじゃん、ミルクティー飲みたい」

「はい、了解です」


 現在、未来の引越し手伝い中。

 新婚夫婦(俺の母さんと未来の父さん)は新婚旅行にハワイに行った。


 2人曰く、俺も未来も高校生だからひと月くらい家を開けてもいいよね精神らしい。

 くっ!無責任め!


 我が家に来た未来は父親がいないのもなんなその、気にせず私物を部屋に仕舞い始めた。

 やっぱり、俺が何にもしないで見ているのはアレじゃん?


 だから手伝ったよ。

 だけど、思った以上に未来の人使いが荒すぎて、今はキッチンでミルクティーを作ってる。


 第一印象から控えめ系と予想してたが大外れ。とんでもなく我が強かった。

 だんだん言葉も砕けてきて、俺は未来の召使いと化した。


「ゆたか〜!喉乾いた」


 とうとう君呼びが却下されたらしい。

 すげえ、あまりの切り替えの速さに俺は少し感動した。


 まあ、俺が高2で未来が高1だからタメ口も呼び捨ても普通なんだろう。

 未来の感覚では。


 マグカップの紅茶に牛乳と蜂蜜を入れて、駆け足で届けに行った。


「で、できたぞ」

「ん」


 ……なんだその挨拶は。

 最初は「よろしくお願いします」「お世話になります」とか言ってたくせに。

 お兄ちゃんは義妹が社会でやってけるのか不安になるよ。


 片付けなんか終わった、涼しい顔で漫画を読んでいる未来のサイドテーブルにマグカップを置いて、俺はそそくさと逃げた。


 もうやだ。お兄ちゃん疲れた。


 リビングに散らかった段ボールを折り畳みながら溜息を吐く。

 もう今日で12回も階段を登り降りした俺の脚は子鹿並みに震えていた。

 笑うな、もともとインドア派で運動なんかからっきしな男にしては良くやった方だ。


 ズリズリとリビングを徘徊しながら、片っ端から視界に入るものを片付けて回った。

 今まで俺1人で家にいることが多かったから、落ち着かない気分になる。


 年玉3年分を叩いて買ったワイヤレスイヤホンを耳に押し込んで、何となく感じる女の子の気配を遮断した。


 そのうちいつもの調子に戻って、部屋には俺しかいないんじゃないかと思えてきた。

 イヤホン作戦は上手くいった。


「♪ーーーっ痛!」


 ノリノリで更に歩き回っていると、バキリと何か踏んだ。

 踵に刺さって地味に激痛。


 足元には、華奢なネックレスが落ちていた。

 金色のチェーンにドングリの飾りの。

 ヤベェ、何故カラッカラに干涸びたドングリがネックレスになっているのかは置いといて、絶対女物だ。


 我が家に馴染めていない雰囲気からして絶対未来のものだ。

 若き頃の父の教え“女の物を壊したら殺されるぞ”が思い浮かぶ。


 冷や汗垂らして、割れたドングリを拾い上げた。人生終了の鐘が鳴る。


 それと重なるように、ギィーギィーと階段を降りる足音が聞こえた。


 硬直して顔を上げた先には、見下したような目で俺とドングリを見つめる未来が佇んでいた。


「ぎゃあああ!」

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