頭の辺りまで積まれたドル箱から、俺はエレナを覗き込む。


 (ありゃ、だいぶ突っ込んでるな)


 俺の大当たりとは対照的に、エレナは全く出ていない。

 負けが込んでいるのか、項垂うなだれて、生気せいきが薄れているのが、傍目でもわかるくらいだ。

 可哀そうに見えるが、コレが賭博ギャンブルってもんなのさ。


 (もういいだろう?やめておけエレナ!お前は十分戦った、明日は必ずやって来る!この辺でやめておくんだ)


 俺は強く念じてみたが、エレナには届かないようだった。


 (分かったよ、最後までやり抜くんだな…付き合うよ)


 エレナはどっぷりと台に浸かっているので、これなら近づける。そう思って、大胆にも彼女の席から、ひとつ空けた隣の席へ座ったんだ。

 写真でも綺麗な女だと思っていたが、驚いたよ、近くで見てもすごく美人だ。

 日本人離れした、白い肌、すらっとした手足、くっきり堀の深い目鼻立ちは、遺伝子の成せる業だろうな。気になっていた黒髪は、どうやら地毛みたいだ。


 「あぁ!なんで出ないのよ!昨日も出てないんだから、いい加減でなさいよ」


 台に向かって怒ってる奴は、大体出ないもんだ。エレナはその典型だよ、あくまでも冷静に心穏やかに打つもんだぜ、賭博ギャンブルてのは、平常心を失ったら負けなのさ。


 「もういい!!これで最後よ、私はこれで帰るからね、お願いだから絶対来るのよ!」


 大体に於いて、「願い」は通用しないもんだ。焦燥感で正気を失ってる。

 エレナには悪いが、俺は先に換金でもしておくとするか。


 案の定、出ずで終わったエレナは、お店の外に設置された喫煙スペースで、電子タバコをくゆらせていた。

 俺は何の気なしに、近くのベンチに腰掛けると、麦茶をゴクリと飲んだ。


 「ねえ、あなた。私のことけてる?」


 

 おいおい、急だな、まさか話しかけて来るとは思わなかった。おかげで、麦茶を吐き出しそうになったぜ。

 とはいえ、俺は探偵だ、ここは冷静に対応せねばいかんぜ、仕事はきっちりな。


 「ああ、尾けていたよ、あなたがえらく綺麗なんでさ、どうにかしてお近づきになりたくね」


 「ふふ、嘘が下手ね、どうせルカズのことでしょ?なんとなく分かるのよ、前にも同じようなあったから」


 「あー、そうか、経験済みね、俺たちみたいな連中に尾けられて大変だろう、心中お察しするよ」


 「ほんとよ、私はあなた達が知りたい事は何も知らないわよ、残念だけどね、ただの元カノってだけよ、ルカズは何にも教えてくれなかった、秘密主義者なのよ、彼」


 「秘密主義ね、秘密がある事は知っていたって事だね?そう言う事にならないか?」


 「知らないわよ、しかし、あなたグイグイ来るのね、前に来た人達はもっとサラッとしていたわよ」


 「お生憎さま、俺はこういうタイプなんでね、でも、礼儀は無いわけじゃない、これ以上しつこく詮索はしない、何か分かればここに連絡をくれ、礼金は弾むぜ、困ってるだろう?」


 「うるさいわね、大きなお世話よ!わざと負けてるのよ私は!早く行ってよ、もう帰るんだから」


 「分かった、行くとするよ」


 そう言って、いつも通り立ち上がった、その時「あっ」と思わず声が出て、ガクッと体が崩れたんだ。

 一体どうしたって?

 右脚に激痛とまでは行かないが、嫌な痛みが走ったんだよ。


 「うっ、いてぇ〜」


 「何?どうしたの?」


 エレナは、右脚を庇って腰を屈める俺に、寄り添ってきた。

 タバコの匂いと女の色香が混じった芳香は、俺の頭を少しクラッとさせるんだな。困ったもんだぜ。


 「いや、大丈夫だ、ちょっと脚が痛むだけだ、大したことないさ」


 「あなた、右脚が義足なの?もしかして…片脚のウィザード?」


 「ああ、そうだよ、片脚のウィザードさ、それが分かって何かいいことでもある?」


 「ええ、あるわよ…もっと早く言ってくれたら良かったのに、其れはそうと、先ずは脚の方が心配だわ、運転は出来る?」


 「ああ、出来そうだ」


 「OK!私に着いてきて」


 なんだ?さっき迄の素っ気ない対応とは打って変わり、エレナは親身になって看病してくれるとでもいうのか?

 いずれにしても、脚がこれじゃ動くに動けない、エレナの言うことを信じて着いていこうや。成るように成るだろうさ。

 

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