朝の余韻がちらっと残る午前中、ガラーっとシャッターを開けてドアの鍵を開ける、マヒロが管理していたようで事務所はキレイに片付いており、しっかり掃除もされている。

 

 マヒロが居るとはいえ、俺は三角あるじ不在の事務所に立ち入るのには、どうも気が進まない。

 けれども、今回のルミナの依頼は勿論、三角の失踪についても何かしらの手掛かりを掴みたいという強い思いがある。

 そう、あいつのことだ、何か情報を掴んでいるに違いない、なればこそだ、許してくれよ元相棒。


 何はともあれ、ひとまず中に入ると俺はマヒロに促されるままソファに座った。

 そして無意識的というか職業病とでもいうか、どうもしてしまうんだが、部屋の中のどこかに手掛かりがないか、ぐるりと見回してしまう。

 探偵事務所でそんなこと当然であるが、壁にも棚にも、それらしい物は一切見つからなかった。習慣ってやつだ、よく云えば俺は根っからの探偵ってことなのさ。


 それから、一旦諦めてソファでくつろいでいると、何やら右腿がざわつくので下を見ると、事務所まで一緒に付いてきたツルミツだった。

 ツルミツは、一度あくびをして、俺の足元でぐるっと丸まり目を閉じた。

 

 「ところでウィザードさん、コーヒー飲む?」


 「ああ、飲むよ、淹れてくれるの?」


 「うん、豆から挽く」


 「すごいな、本格的だね」


 「別に普通、ずっとやってたし」


 「ずっとねぇ、三角も智子さんもなにかと凝るタイプだったからな、受け継いでるって感じがするよ」


 「パパもママもか、ウィザードさんはママのこと知っているんだよね、いいなぁ〜、私は知らないもんママのこと、ずるいぃ、でも大丈夫、それが普通だし、ずっとそうだったから、それよりも、今はパパが依頼されてた人探しのコトが大事でしょ!はい、コレでも見て勉強しててね、私はバリスタ業務が忙しいんだから」


 マヒロは、南京錠のかかったオフラインのノート型パソコンをテーブルに置くと、鍵を開けPWを入力して俺に差し出した。

 俺は「ありがとう」を云うと、すぐさまカチカチとパソコンの中のデータを探し始めた。

 すると、仕事モードに突入した俺の脳内マルチタスクが目を覚ます。


 「さっき俺が智子さんと会っていて、ずるいとか言ってたけど色々と大変だったんだぜ、と言ってもマヒロちゃんにはわからねぇよなぁ…」


 俺は他人のパソコンを情報ゼロから調べつつ、右足の義足ではツルミツの喉元を撫で撫でして、マヒロに話しかけたんだ。 

 中々の芸当だろう?いや、別にコレ自体は大したことではないが、裏家業の人間ってのは総じて能力レベルが高いもんなのさ、そうでないとスグにあの世行きなんだ、リスキーなのさ、裏で生きていくってことは。それが言いたかっただけさ。

 

 「ねぇ、ウィザードさんさ、ちゃん付けはやめて、マヒロでいいから、気持ち悪いんだよねなんか」


 「マヒロ、ね、ああ、分かった、それじゃあ、俺のことも吼鸞クランって呼んでくれよな、コレで取引き成立といこうぜ」


 「了解、吼鸞」


 コポコポとコーヒーをドリップしながら、マヒロは無愛想ながらも篤厚とっこうとした口振りで、左手を軽く挙げて返事をしてくれた。

 嬉しいもんだな、三角と智子さんの面影なのか、俺のタダの幻視げんしなのか分からないが、マヒロの背中にポウと懐かしくて、あたたかくて、やさしい空氣モノを感じて、こっそりとにっこりしてしまった。

 

 眼に見えないモノは信じたくないけれど、宿命じみた劇的な感覚が俺の中に忽然こつぜんと湧いたのは事実で、然もこのタイミングでパソコンの中に「ルカズ」という名前のファイルを見つけた。

 ルミナの兄の名前だ、コレはなにかに導かれてると感じてしまう、ただな、ひとつ言わせてくれ、「やってやるよ…」言われなくてもな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る