2
寝室の壁に、朝日が綺麗な縦長の線を引いている。
カーテンの隙間から入り込んだ日光は拡散し、やんわりと部屋中を明るく照らす。
その中で俺は目覚める。
よし、いい天気だ、カーテンを開け、ベッドの脇に置いたスタンドから
俺はいつも通りベランダに出て、海を眺め大きく深呼吸すると、熱い緑茶とバナナ2本、昨日余ったポテサラで軽い朝食を済ませた。
次いで身支度を整えると、地下駐車場に停めてある、マッドブラックのレクサスLFAに乗り込み事務所へ向かう。
勿論、車は俺仕様でアクセルペダル、ブレーキペダル共に左脚の操作に対応出来る、シフトチェンジは手元で行うAMTだ、それゆえ俺のような片脚の人間だって問題無い。
海道にLFAのエンジン音を轟かせれば、事務所迄は凡そ30分の
それにしても三角の事務所までの道中、思い出したくないあれこれを思い出して心は揺さぶられた、だから今の今まで三角とは距離を置いていたんだ。
15年以上も前のこと、俺と三角がまだ探偵として駆け出しだった頃のことさ、お互いにまだガキだったんだ、仕方ないさ…
「この辺りだな」俺は呟く、ルミナに聞いていた住所が正しければ目的地はもうすぐだ。
三角の事務所に専用駐車場はないらしいので、俺は近くのコインパーキングに車を停めると、長距離運転で強張った体をほぐすため、車から出てすぐに、軽いストレッチを始めた。
それにしても、まぁ運がいいことに、後屈をしたその瞬間、三角の事務所「CtT探偵事務所」の案内看板が目に入ったんだ。
俺は、その看板の簡易地図に書かれた歩いて5分の標示を信じて、CtT探偵事務所へ向かった。
案内通りに陸橋のある交差点の脇の細い坂道を登って、Y字路を左に進んで来たのだが、事務所の看板は見当たらない。
あるのはシャッターの閉まった二階建ての建物と、青い自販機だった。
そういえば今日はあまり水分を取っていない、俺は青い自販機で小さな水を買うとゴクっと一気に飲み干した。
「多分、此処なんだろうな…」
俺はこの建物がCtT探偵事務所だろうとふんで、試しにシャッターをドンドンッと叩いてみたが反応は無かった。
念のため、看板に書いてあった電話番号に連絡してみても、現在使われていないというアナウンスが流れる。
此処まで来て詰んだ状況、然し、俺はココで引き下がる男ではない。
建物の二階は人が住んでいる気配を感じる。
其れであればと建物の外階段を使って、二階へ上がり玄関の電子チャイムを鳴らした。
ピンポーンとドア越しに呼び出し音が鳴っているのが聴こえるが、反応はない。
しかしだ、俺のようにこの仕事を長く続けていると、コレは居留守だとか、本当に留守だとか、なんとなく分かるようになる。
その感覚で云うとコレは居留守だ。
家の者には悪いが、もう一度電子チャイムを鳴らした、すると今度は俺の予想通り反応があった。
「はい、何か御用ですか?」
電子チャイムのマイクから若い女の声が聞こえた。
「こんにちは、私は
「…あぁ、事務所は閉めました…」
若い女は何か知っている風だ、含みのある返答に俺は少し期待して質問を続けた。
「そうですか、なんでもいいので、知っている事があれば教えて頂けませんか?私は三角さんの元同僚でしてね」
「同僚ですか?事務所は一人で切り盛りしてましたけど…」
「ええ、最近の話ではなくて15年程前です、ワンサール探偵事務所という
「…ワンサール…」
若い女は、ワンサール、という言葉に喰いついたようだった。
「ワンサールの事を知っているのですか?」
俺はここぞとばかりに畳みかけた、コレを逃したらまた振り出しだ、
「あ、うん、パパの話しで聞いたことがある昔働いてたって、だとすると片脚のウィザード?」
「パパっ?いやいや、まぁま、確かに俺は片脚のウィザードだよ、パパって…三角が…もしかしてマヒロちゃんかい?」
ガチャっと玄関のドアが開くと、ショートカットですらっと背の高い女の子が、紫色のハーフパンツとダボっとした白いTシャッツ姿で現れたんだ。
「あっ、どうも、ウィザードさん、はじめまして」
少し気怠そうだけど、エネルギー量は豊富な声音だ。片脚のウィザードの意味を知ってる年頃だろうが、俺はそんなこと気にしないで強気で行くぜ。
「おぉ!はじめまして!でもはじめてじゃないぞ、俺は小さい頃に何度か会っているんだ、覚えてないだろうなぁ」
「うん、覚えてない、でも写真で知ってる、前に見たことあるよ、一緒に写ってるのもあったし」
「そうかぁ、あるのか写真…それにしても大きくなったよなぁ」
センチメンタルだ、俺は今日、時間の流れを切実に感じた。
「多分最後に会ったの1、2歳の時ですよね?私が今15歳だからそれだけ経ってたら大きくなるよ、それはそうとさぁパパの事聞きに来たんでしょ?下の事務所で話そうよ!すぐ鍵開けるから待ってて」
マヒロが三角に似て、人懐こい性格で嬉しくなった、俺は微笑み「あぁ、頼むよ」と返事をした。
そのまま暫く、玄関の土間で待っていると、右腿のソケット越しにざわざわっとした振動を感じた。
足下を見ると、ニャア〜と腹の部分だけ白い黒猫が尻尾を立て、俺の義足に体を擦り付けていた。
猫の名前はツルミツ、オスなんだとさ、あまり懐かないらしいけど、俺は特別なのか
なぜかは分からないが、俺は昔から男にはモテるんだよなぁ…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます