寝室の壁に、朝日が綺麗な縦長の線を引いている。

 カーテンの隙間から入り込んだ日光は、拡散しやんわりと部屋中を明るく照らす。

 その中で俺は目覚める。

 

 よし、いい天気だ、カーテンを開け、ベッドの脇に置いたスタンドから大腿義足だいたいぎそくを抜き取ると、ソケットに右腿みぎももをすぽっと差し込んだ。

 

 俺はいつも通りベランダに出て、海を眺め大きく深呼吸すると、熱い緑茶とバナナ2本、昨日余ったポテサラで軽い朝食を済ませた。

 次いで身支度を整えると、地下駐車場に停めてある、マッドブラックのレクサスLFAに乗り込み事務所へ向かう。

 

 勿論、車は俺仕様でアクセルペダル、ブレーキペダル共に左脚の操作に対応出来る、シフトチェンジは手元で行うAMTだ、それゆえ俺のような片脚の人間だって問題無い。

 

 海道にLFAのエンジン音を轟かせれば、事務所迄は凡そ30分の道程どうていだ、然しながら、今日の俺はナゼだか気が変わり、エンジン音の残響と止めない波のを背にして高速道路へ乗り込んだ、なぜかって?これから三角みすみの事務所へ向かうのさ。


 しかし、ほんとのところは、できることならば行きたくはない、が、時には我慢もせねばならんということだ。


 それにしても三角の事務所までの道中、思い出したくないあれこれを思い出して心は揺さぶられた、だから今の今まで三角とは距離を置いていたんだ。


 15年以上も前のこと、俺と三角がまだ探偵として駆け出しだった頃のことさ、お互いにまだガキだったんだ、仕方ないさ…

 

 「この辺りだな」俺は呟く、ルミナに聞いていた住所が正しければ目的地はもうすぐだ。


 三角の事務所に専用駐車場はないらしいので、俺は近くのコインパーキングに車を停めると、長距離運転で強張った体をほぐすため、車から出てすぐに、軽いストレッチを始めた。


 それにしても、まぁ運がいいことに、後屈をしたその瞬間、三角の事務所「CtT探偵事務所」の案内看板が目に入ったんだ。

 

 俺は、その看板の簡易地図に書かれた歩いて5分の標示を信じて、CtT探偵事務所へ向かった。


 案内通りに陸橋のある交差点の脇の細い坂道を登って、Y字路を左に進んで来たのだが、事務所の看板は見当たらない。

 あるのはシャッターの閉まった二階建ての建物と、青い自販機だった。


 そういえば今日はあまり水分を取っていない、俺は青い自販機で小さな水を買うとゴクっと一気に飲み干した。


 「多分、此処なんだろうな…」


 俺はこの建物がCtT探偵事務所だろうとふんで、試しにシャッターをドンドンッと叩いてみたが反応は無かった。


 念のため、看板に書いてあった電話番号に連絡してみても、現在使われていないというアナウンスが流れる。


 此処まで来て詰んだ状況、然し、俺はココで引き下がる男ではない。

 建物の二階は人が住んでいる気配を感じる。

 其れであればと建物の外階段を使って、二階へ上がり玄関の電子チャイムを鳴らした。


 ピンポーンとドア越しに呼び出し音が鳴っているのが聴こえるが、反応はない。


 しかしだ、俺のようにこの仕事を長く続けていると、コレは居留守だとか、本当に留守だとか、なんとなく分かるようになる。

 その感覚で云うとコレは居留守だった。

 

 家の者には悪いが、もう一度電子チャイムを鳴らした、すると今度は俺の予想通り反応があった。

 

 「はい、何か御用ですか?」

 

 電子チャイムのマイクから若い女の声が聞こえた。

 

 「こんにちは、私は吼鸞クランと言う者です、下の階のCtT探偵事務所についてお尋ねしたいのですが」


 「…あぁ、事務所は閉めました…」

 

 若い女は何か知っている風だ、含みのある返答に俺は少し期待して質問を続けた。


 「そうですか、なんでもいいので知っている事があれば教えて頂けませんか?私は三角さんの元同僚でしてね」


 「同僚ですか?事務所は一人で切り盛りしてましたけど…」


 「ええ、最近の話ではなくて15年程前です、ワンサール探偵事務所というところでね一緒に働いていたんですよ」

 

「…ワンサール…」


 若い女は、ワンサール、という言葉に喰いついたようだった。


 「ワンサールの事を知っているのですか?」


 俺はここぞとばかりに畳みかけた、コレを逃したらまた振り出しだ、好機逸こうきいっすべからず、とはまさにこの瞬間に違いない。


 「あ、うん、パパの話しで聞いたことがある昔働いてたって、だとすると片脚のウィザード?」


 「パパっ?いやいや、まぁま、確かに俺は片脚のウィザードだよ、パパって…三角が…もしかしてマヒロちゃんかい?」


 ガチャっと玄関のドアが開くと、ショートカットですらっと背の高い女の子が、紫色のハーフパンツとダボっとした白いTシャッツ姿で現れたんだ。


 「あっ、どうも、ウィザードさん、はじめまして」


 少し気怠そうだけど、エネルギー量は豊富な声音だ。片脚のウィザードの意味を知ってる年頃だろうが、俺はそんなこと気にしないで強気で行くぜ。


 「おぉ!はじめまして!でもはじめてじゃないぞ、俺は小さい頃に何度か会っているんだ、覚えてないだろうなぁ」


 「うん、覚えてない、でも写真で知ってる、前に見たことあるよ、一緒に写ってるのもあったし」


 「そうかぁ、あるのか写真…それにしても大きくなったよなぁ」


 センチメンタルだ、俺は今日、時間の流れを切実に感じた。


 「多分最後に会ったの1、2歳の時ですよね?私が今15歳だからそれだけ経ってたら大きくなるよ、それはそうとさぁパパの事聞きに来たんでしょ?下の事務所で話そうよ!すぐ鍵開けるから待ってて」


 マヒロが三角に似て、人懐こい性格で嬉しくなった、俺は微笑み「あぁ、頼むよ」とだけ言って返事をした。

 そのまま暫く、玄関の土間で待っていると、右腿のソケット越しにざわざわっとした振動を感じた。

 

 足下を見ると、ニャア〜と腹の部分だけ白い黒猫が尻尾を立て、俺の義足に体を擦り付けていた。

 

 猫の名前はツルミツ、オスなんだとさ、あまり懐かないらしいけど、俺は特別なのかりされている。

 なぜかは分からないが、俺は昔から男にはモテるんだよなぁ…。

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