　西暦2098年。地球連邦が成立した。人類史上初めて、統一された国家が生まれた。20世紀から21世紀に掛け、4度もの世界大戦を乗り越えて。

　それより少し前。西暦2095年。この年、トポロジカル物質の活用により、初めて、人体の全身機械化に成功した。2120年代以降、この「義体化」が、普及していった。義体化は、社会のK字型が進むと共にあった。即ち、金持ちは、義体化による第２の人生を楽しみ、貧者は、仕事をするには義体化が不可欠だったからだ。

　西暦2102年。統一された人類は先ず、月を人類が生息出来るよう、テラフォーミングした。この「月面テラフォーミング計画」は西暦2127年、月面都市フォン·ブラウンの完成によって報われた。以降月面開拓時代が幕を開ける。2131年。人類は月への、本格的な移民を開始した。しかし、その頃の人類の人口は、150億人に膨れ上がり、地球はもはや飽和状態であった。月への移民は、同時に、棄民政策の性格も有していたことを、否定することはできなかった。事実、月に移民した者の中には、富裕層も混じってはいたが、大半は、貧困層ばかりであった。

　西暦2136年。科学者、セミョーノフ·ミンコフスキーが、核融合炉の安定化に成功した。此れにより、人類は初めて、半永久的なエネルギー供給源を獲得した。また、2144年、制止衛星軌道上に軌道エレベータが佇立した。

　人類は史上初めて、空前の好景気に沸いた。誰もが、一攫千金を求めて、月の開拓に向かった。まさに、黄金時代と言えた。

　だが、この頃から、地球の異常気象や気候変動はいよいよ激しいものとなっていった。

　例をあげると。

　2129年、中心気圧902ヘクトパスカルの巨大台風が、東アジアを襲った。後にこの台風は「デビル」と呼ばれることとなる。

　2135年夏、地中海沿岸に大熱波が襲った。地表平均気温が45.8℃の大熱波で、地表最大気温は、50.9℃を記録した。しかも、その年の冬は、今度は寒波が襲い、エジプトでは、2メートル以上の積雪が記録された。

　2143年には、日本列島にて、マグニチュード9.7の巨大地震が発生した。さらに、その翌年には、トルコ等、東地中海にて、マグニチュード7.9の地震が発生し、その後、20年程の間、マグニチュード5以上の地震が頻発した。

　2159年、ロシアの永久凍土の溶解により、人類史上未知のウイルスがパンデミックを起こした。此れにより、少なくとも、90億人が感染し、約250万人が死亡した。

　など、もはや数えることすら気が滅入る。ともかく、この頃には、地球は既に、人類が生息出来るような環境では失くなりつつあった。この事が、遠因となり、地球に住む者による、月面移民者への、搾取が始まった。と、同時に、地球の月への依存の始まりでもあった。

　2120年代に入って、遺伝子工学による、遺伝子改変した、史上初の世代が生まれた。彼らは、自らを、「神人類」(ホモ·デウス)と名乗り、次々とニッチを既存の人類に取って代わっていった。彼らは、既存の人類を、「旧人類」と、差別し、搾取し始めた。

　神人類は旧人類を搾取し、旧人類は月面人を搾取した。当時、地球に住むものは、「地球人」(アースノイド)と呼ばれ、月に住むものは、「月面人」(ルナノイド)と呼ばれ、差別と搾取の中にあった。そして、その地球に住むものの中でも、神人類と旧人類との差別と搾取とがあった。

　政府中枢は、軒並み神人類に機能を奪われ、神人類による、全人類の統治が始まった。

　神人類は、肉体、知能、精神、全てが旧人類を凌駕していた。神人類に敵う者など、誰もいなかった。

　2160年代、月への搾取により、月面人の怒りと、苦しみは、耐え難いものとなっていた。

　2171年、ついに、月面都市の一つ、エル·クーロが、地球連邦にたいし、独立戦争を仕掛けた。だが、戦争は1年で、エル·クーロの敗北に終わった。

　2188年～2190年、また、2194年～2199年にも月面都市による、地球連邦にたいし、独立戦争が行われたが、どちらも地球連邦の勝利に終わった。これらの独立戦争には、月の一部の富裕層と、学者などの知識人も多く、月面都市に資本を送っていた。この事から、地球連邦は、富裕層には、莫大な賠償金を背負わせ、知識人には、徹底した弾圧を行った。2201年の事だった。