酒呑の帰

 どうやら今日は呑みすぎたようだ。頭がぐるぐる回る。目を閉じると全身が脳に集まってくるような気持ちの悪い感覚を覚える。

 気丈に振舞いながら、人差し指でバツを作りながら大将に勘定をお願いする。大将は伝票と一緒に水を持ってきた。恥ずかしいことだが、どうやらひどく酔っていることは見抜かれているようだった。


 水を一気に飲み干し、ありがとう、と大将にお礼を言う。財布からお金を取り出し、勘定を終えた。


 引き戸を開け、暖簾をくぐり店の外に出る。スマホを取り出し、時間を確認すると一時を過ぎていた。

 明日から数日休みを取っていてよかった。そんなことを考えながら帰路に就く。終電もなくなっている時間だが、私は特に問題はない。歩いて帰ることができる距離なので、歩いて帰ることにした。


 夜になってもなお蒸し返すような暑さの中、おぼつかない足取りで道を歩く。こういうのを千鳥足というのだろう。周りを見渡しても人は見当たらない。そんな状態でも"影"はハッキリと見える。

 左右に揺れながら歩いていると、バランスを崩し倒れそうになったが、誰かが柔らかに体を受け止めてくれた。

 

 胡乱な意識の中、受け止めてくれたものに目をやると、何かを私に語り掛けている。酔っているせいか何を言っているかわからないが、心配している様子は伝わってくる。


 ハッと気が付いた私は、とっさに体を起こし、ごめんなさい、と謝罪をした。すると体を受け止めてくれたヒトは、気を付けて、と声をかけて去っていった。


 そのヒトを見送り、周りを見渡すと"影"はヒトに重なるように歩いていた。その様子を横目に見ながら家に向かう。


 蒸し返すような暑さに耐えられなくなった私は、帰路の途中の自動販売機の前で足を止める。とにかく冷たい液体を流し込みたい。冷たいお茶を買った私は口の中に流し込んだ。暑さにより火照った、酒で酔った体に染み渡る。


 ほっと一息をついた私は口を拭い、改めて家に向かい始めた。

 お茶を飲み、酔いが少し醒めたおかげだろうか。いつの間にか"影"は見えなくなっていた。


 明滅する街頭が照らす、家に向かう薄暗く細い道を歩く。


 早く横になりたかったわたしは、アパートに着くやいなや、自分なりの最速で自分の部屋のドアに鍵を差し込み開け、ベッドの方へ向かう。


 心臓に、頭に、全身が吸い込まれるような気持ちの悪い感覚に身を悶えさせつつも、気づけば眠りに落ちていた。

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