第105話 新年の抱負と初詣デート
柔らかな日差しで目が覚める。ゆっくりと瞼を開けると、見慣れた寝室の天井。
隣を見ると、旦那様は……いない?
「あれ?……」
あわてて時計を見ると、既に9時過ぎ。しまった、寝坊だ。
せっかくのお正月。お嫁さんらしく、いつもより早く起きて朝食の準備を、と意気込んでいたのに、少しだけ凹んでしまう。
ささっとベッドから抜け出し、窓の外を眺める。雲ひとつない快晴で、新年らしい清々しい朝だ。
(今年ははどんな一年になるだろう)
ワクワクしながら、軽く身支度をして、寝室を出る。
階段を降りていくと、リビングから楽しそうな話し声が聞こえてきた。
どうやら、修ちゃんはもう起きていて、両親と談笑しているらしい。
「おはよー!明けましておめでとう!」
明るく挨拶をすると、両親と修ちゃんは「あけましておめでとう」と笑顔で返してくれた。
「百合も、最近は早起きするようになったと思ったのにね」
ふふっと軽く笑いながら言うお母さん。
「元旦くらい、ゆっくり寝てたっていいでしょ」
本気じゃないのはわかってるけど、あえて少しふくれてみる。
「と娘は言っているけど、修二君としてはどうだい?」
お父さん。修ちゃんに話振らないでよ。
「別にいいんじゃないですかね。こっちの方が百合らしいし」
その言葉はある意味で予想していたものだった。
「らしいって何よ。らしいって。むー」
「冗談だって、冗談。ほら、寝ぐせ残ってるぞ」
そう言って、頭をなでつけられるのが少し恥ずかしい。
「今年こそ、孫が欲しいものね」
「母さん、さすがにそれはまだ早いよ」
「ですね。やっぱり、大学卒業までは」
お母さんは相変わらず早く孫の顔が見たくて仕方がないらしい。
少し溜息をつきつつ、でもこんな日々が続けばいいなと思ったりもする。
◇◇◇◇
食卓には、お雑煮やおせち料理など、お正月の定番料理が並んでいた。お重に詰められた色とりどりのおせち料理は、見た目にも美しく、お正月気分を盛り上げてくれる。
「今年は私も少し手伝ったからね!」
せっかくだからと、私もおせち料理作りに挑戦したのだ。自分のことながら、なかなかよくできている。作ったのは、伊達巻と紅白なます、数の子だけだけど。
「百合。おせち料理、美味しいぞ。伊達巻も甘すぎないのがいい」
修ちゃんもにこにこしながら、伊達巻を食べてくれている。
お父さん、お母さんも美味しいって言ってくれたけど、やっぱり修ちゃんに褒めてもらえるのが一番嬉しい。
来年のおせち料理では、もっとレパートリーを増やせるように頑張ろう。
「今年の抱負とか、考えてる?」
お雑煮を食べながら、修ちゃんに聞いてみる。
「抱負か……。健康に気を付けて、百合と一緒に楽しい一年にしたいな」
そんな月並みな言葉だったけど。でも、その中には確かに私がいるわけで。ちょっと嬉しくなってしまう。
「私はね。もっとお嫁さんらしく、色々出来るようになる。料理のレパートリーも増やすし、掃除とか洗濯ももっと頑張る!それと……夫婦でもっとイチャイチャできると、いいな」
最初は元気に、最後の方は言っててちょっと恥ずかしくなって尻すぼみだ。
「ま、今のままでも十分だけど……ありがとな。その、最後のところとか」
修ちゃんも恥ずかしかったらしい。心なしか声がぼそぼそしている。
そんな私たちの様子を見て、両親はやっぱり笑っていたのだった。
朝食を終えて、二人の自室にて。元旦の朝くらいはゆっくり、と思いきやそうは問屋がおろさなかった。
「元旦の朝は寝正月にしようと思ってたのに……」
「まあ、そう言うなって」
新年のあけおめの後。優ちゃんと宗吾君から、初詣のお誘いが来たのだ。
「屋台で何か買いたいのがあったら奢ってやるから」
「ほんとに?」
「元旦くらいはな」
「やった!」
といっても、お金に困っているわけじゃない。ちょっと女の子らしく、おねだりでもしてみようかと思っていたのだ。
そうこうしている内に、もう出かける時間だ。暖かいコートとマフラーで防寒対策もバッチリ。
近所の神社に着くと、思った以上に人が多かった。屋台もたくさん出ていて、まるで縁日のような賑やかさ。美味しそうな匂いが立ち込めていて、それだけでワクワクしてくる。たこ焼き、お好み焼き、焼きそば、りんご飴、チョコバナナ……。見ているだけでお腹が空いてくる。
(でも、先にお参りだよね。我慢、我慢)
そう自分に言い聞かせる。
入り口で二人と合流した後は列に並んで、拝殿までの道のりを今か今かと少しそわそわしながら歩いていく。
チャリンチャリーン。5円玉をお賽銭箱に入れて、お願い事をする。
(修ちゃんと、ずっと一緒にいられますように。もっとお嫁さんらしくなれますように。修ちゃんともっと仲良くなれますように。皆が幸せでいられますように)
修ちゃんの隣で、心の中でお願い事をした。
境内には、おみくじを引くための長い列が出来ていた。
「優ちゃん、おみくじ引こうよ!」
「はいはい」
「優ちゃんも楽しみなくせに」
「一応は。別に信心深い方じゃないんだけどね」
笑いつつ答える幼馴染の友達。
「優さん、そんなにおみくじ好きなのか?」
意外だったらしい。隣の宗吾君が目を丸くしていた。付き合ってしばらくだけど、優ちゃんから聞いていなかったんだろうか。
「毎年、必ず引くんだよ。その中から一つを新年の抱負にするまでが恒例行事」
「へー。真面目な優さんらしいというかなんというか……」
「そういえば、宗吾と付き合うことになる年の初詣で……」
三人で行ったっけ。そして、修ちゃんが言うように、良縁ありという結果がでていた気がする。
「その先はストップ、ストップ!」
目の前に彼氏がいるのでさすがにバツが悪いんだろう。
「悪い悪い」
「なんだよ。微妙に気になるなあ……」
「まあまあ。さっさとおみくじ引こうぜ」
優ちゃんたちと一緒に、おみくじを引いてみると……小吉。修ちゃんも小吉。優ちゃんは、なんと大吉。
「優ちゃん、大吉おめでとう!」
「ありがとう!といっても、何があるわけでもないけどね」
なんていいつつも、どこか嬉しそうだ。
宗吾君は凶だったけど「気にしない、気にしない。優さんが大吉だから、合わせればプラスだって」と、優ちゃんの手を握っていた。
二人は相変わらずラブラブそうで、見てて少しほんわかしてしまう。
お参りを終えて、たくさんの人が行き交う参道を戻っていくと、美味しそうな匂いが漂ってきた。屋台がずらりと並んでいて、見ているだけでも楽しい。
「修ちゃん、修ちゃん。チョコバナナ食べたい!」
ギュッとコートの袖の端をつまんで、おねだりしてみる。
「了解。ちょっと行ってくるー」
手をひらひらとさせて、屋台の前に並ぶ旦那様。
「いつもこうやって修二君に買ってもらってるんじゃないでしょうね?」
「違うよー。今日は、好きなだけ奢るからって、修ちゃんが言ってくれたの」
「はぁ。まあ、修二君なら言いそうよね」
「俺としては優さんがおねだりしてくれてもいいけど?」
ちょっとおどけて言う宗吾君に。
「それは……他の人がいるところだと、ちょっとね……」
「残念だったね。宗吾君」
「優さんがそういう人なのはわかってるから」
なんだか微笑ましいやり取りが繰り広げられていたのだった。
神社の入り口で、二人とは解散して、帰路につく私たち。
チョコバナナ、温かい甘酒、クレープ。
随分色々買ってもらってしまった。
「ねえ。結婚式、どうする?」
ふと、思いついたことを口に出すと、修ちゃんが少しだけ驚いた顔をしたかと思えば、すぐに納得したように。
「ん?……ああ。やっぱり、今年中にはやりたいよな」
そう言ってくれたのだった。
「でも、やっぱりお金の問題はあるよね。式は身内だけにして、あとは友達を集めてのお披露目パーティーだけにするとしても、100万以上かかるし」
数年経ってから式というのも寂しいし、できたら今年中にはというのは最近思っていたことだった。でも、バイト代を貯めるにしても、額面的に現実的じゃないかもしれない。
「そうだな……。多少気が引けるけど、うちの両親に相談するのもいけるけど」
「もし、そうなら助かるけど……おばさんたちに悪い気がする」
「百合がガチャでお金溶かしたから、だとまずいけど、式の話なら大丈夫だろ」
「修ちゃん、たとえ!だいたい、私はソシャゲは無課金派なんだけど?」
渋いたとえ話を持ちだされてつい言い返してしまう。
「悪い悪い。とにかく、気に病まなくてもいいってこと」
「そっか……うん。お言葉に甘えてみようかな」
「そうしとけ。もちろん、俺もいいとこ就職できるように頑張るからさ」
そう言って、私の手をぎゅっと握ってくれた。
「……気が早いよ。でも、私も、ちゃんと働くからね」
結婚して、二人で生きていくということは、お金の問題も共有するということだ。
でも、そんなちょっと現実的な話も隣にいる旦那様と一緒ならなんとかなりそうな気がしてくる。
(来年も、再来年も、ずっと一緒に初詣に来ようね)
彼の手を握り返しながら、そう心の中で思ったのだった。
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