第104話 初めての夫婦としての大晦日

「修ちゃん、お餅の袋開けてくれない?」


百合がキッチンから顔を出し、手をひらひら振ってくる。俺はリビングのコタツに入ったままの状態で軽く返事をする。


「餅なら俺の得意分野だな」

「袋開けてるだけだよね……」


そんな軽口を交わしながら、俺は伸びをして立ち上がる。


大晦日の夕方。この時間帯は、ついついダラけてしまうが、百合が張り切って動き回っているので、俺も付き合わざるを得ない。


百合の作業スペースを覗き込むと、夕食を兼ねた年越しそばの準備が整っていた。


「年越しそばに餅入りってのはちょっと珍しいよな」


 別に悪いわけじゃないけど、あまり聞かないような気もする。


「ネットで見たことがあって、気になって作ってみたんだ」

「たしかに色々なレシピあるよな。時短だったり、変わり種だったり」


 オムライスのライスをオートミールに変えたレシピを見たこともあったっけ。


「でも、美味しそうでしょ?」


少し得意気な百合。こういうイベントのときの百合は、やたら手際が良い。普段からこれくらい完璧だと、俺ももっと楽なんだが。


「お父さんとお母さんも呼んでくるから、修ちゃんはテーブルに並べておいて!」

「了解」


俺は百合の指示に従い、お椀をテーブルに並べていく。我が家の主婦は百合だが、同居する百合の両親が食卓に加わることも多い。こういう特別な日はなおさらだ。


「ご飯の時間か。百合も最近は気が利くじゃないか」


百合の父さんは、すぐに食卓の椅子に腰を下ろした。威圧感のあるどっしりとした見た目をしているけど、おおらかな性格で、俺とは気が合う。


「最近はって……お父さん……」


不満そうに実の父を睨む百合。


「以前が以前だから仕方ないだろ」 

「そうだけどね……」


なおも少し不満そうに言うと、お義父さんはふと笑って俺に話を振った。


「そういえば、修二君。この前出た新作のFPS、百合に連敗続きだって?」

「ええ。まったく勝てませんね。こいつ、反射神経がいいんですよ」


俺が苦笑いしながら答えると、百合が胸を張って自慢げに言った。


「だって修ちゃん、詰めが甘いんだもん。FPSはタイミングが命だよ?」

「俺なりに頑張ってるんだけどな……」


やり取りに、お義父さんは声を上げて笑い、お義母さんは「本当に仲が良いわね」と苦笑する。


「百合は負けず嫌いだけど、修二君はそこに付き合ってくれるのがすごいよ」


こう手放しで褒められると少し照れくさい。


「まあ、二人でゲームするのは楽しいんで、別にそれほどの事もないですけど……」


リビングが笑いに包まれる。この賑やかさは、百合の家ならではだ。


夕食を終えた後、百合の両親は「若い二人でのんびり過ごしなさい」と言って寝室に引っ込んだ。俺と百合は再びコタツに戻り、テレビを観ながらくつろぐ。


百合はコタツにすっぽり潜り込み、目だけを出してぼそりと呟いた。


「修ちゃん。こういう年越しもいいものだね」

「ああ。コタツはやっぱりいいな」

「でも。ちょっと思ったんだけど。初日の出とか見に行かない?」


百合がふと顔を上げて、じっと見つめてくる。


「初日の出?お前、日の出まで寝ずに耐久レースやるつもりか?」

「……それは無理かも」


そう答えて笑う百合。俺もつられて笑った。


午後11時30を回る頃。


「そうだ。あけおめLINEの準備しなきゃ」


 こたつに座り直して、思い出したように言う百合。


「あー。俺もやっとくか」


 共通の幼馴染である春日優かすがゆうに高校の頃からの共通の友達の川村宗吾かわむらそうご

 同じサークルの中条悠馬なかじょうゆうま八杉智子やすぎともこ

 ひょんな縁で知り合った、他学部の高田涼介たかだりょうすけ花守陽毬はなもりひまり。優の従姉妹の春日雪かすがゆき


 そういった面々には個別に。そこまで親しくもないけどサークルやクラス繋がりの相手にはグループラインで、新年を祝うのだ。


 あけおめ用のメッセージをしたためていると、百合が真剣な顔で話しかけてきた。


「ねえ、修ちゃん。今年ってどんな年だった?」

「どんな年って……」


少し考えてみる。今年といえばやはり百合と夫婦になって、同じ家で暮らし始めたことが大きい。新しい環境での生活は慌ただしくて、でも毎日が楽しかった。


それをあえて一言でいうなら……。


「できた嫁さんをもらえて良かった、な」


照れてしまうが本音だ。振り回されることだって多いけど、なにかあるときは俺のことを一番に考えてくれる。 

 

「き、急にずるいよ」


百合が赤くなった頬を隠すように視線を逸らす。その姿が可愛くて、俺は少し笑ってしまった。


「そこまで照れることもないだろ」

「修ちゃんも照れてる。私も……いい旦那様に嫁げて、よかった、よ」


テレビ画面に視線を戻す百合。その頬はまだ少し赤いままだ。


カウントダウンが始まり、俺たちは一緒に声を合わせた。


「3、2、1……明けましておめでとう!」


それぞれ、あけおめのメッセージを知人友人に一斉送信する。あけおめー、といった言葉やスタンプがあちらこちらのグループや個別LINEで乱舞する。


「よし。これで送信終わりっと……ん?」


気がつくと、百合が自然と俺の肩に寄りかかってきていた。


「修ちゃん、今年もよろしくね」

「ああ、よろしくな」


百合が少し顔を上げて俺を見つめて言う。


「新年初のキスとか、する?」

「……お前さ。恥ずかしくないのか?」

「夫婦だし、普通でしょ?」


百合が無邪気に笑いながら言う。それに応えるように、俺はそっと彼女の唇に触れる。短いけど、どこかほっとするようなキス。


「今年も一緒に楽しく過ごそうな」

「うん。きっと、楽しい年になるよ」


俺たちの初めての夫婦としての大晦日は、こうして穏やかに幕を閉じた。

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