第102話 クリスマス(その3)
「せっかくの夜だし。部屋でゆっくりしたいな」
ベッドにぽふんと身体を預けながら、そんなことを言ってみる。
「お、おう……」
対して、旦那様は予想外と言った顔だ。修ちゃんがこうして面食らう顔を見るのも、なんだか久しぶりで新鮮だった。
「まさか、ゲームセンターに行きたいだろうとか思ってた?」
「……実は少し思ってた」
「ゲームセンターはいつでも行けるでしょ」
と言いつつも、正直ちょっと行ってみたい気持ちがあったのは本当。でも、せっかくのクリスマスだから、今日は特別な時間を部屋でゆっくり過ごしたい。それに、ゲームに夢中になったら修ちゃんを置いてけぼりにしそうだし。
「悪い、悪い」
修ちゃんは苦笑いしながら荷物を片付けている。ふと目に入る彼の横顔に、なんだか胸が温かくなる。こんな何気ない仕草でも、修ちゃんと一緒にいるのが嬉しいと感じる自分がいるのだ。
ベッドの上で転がりながら、ふかふかの布団を手で押してみる。ほどよく沈むこの感触が楽しくて、私は思わず笑い出した。
「ベッド、いい感じだよねー」
「俺は百合ほど無邪気に跳ねられないけどな」
そう言いつつも、修ちゃんもベッドの端に腰を下ろした。私たちは自然と並んで座り、窓の外に広がる景色を眺める。
ライトアップされた中庭は、まるで宝石箱をひっくり返したようにキラキラと輝いている。氷の彫像がひんやりとした空気の中で照らされ、幻想的な光景を作り出していた。
「綺麗だね」
「だな」
お互いぼんやりと外を眺めるだけ。それでも不思議と気まずさはない。
「こういうホテルに来ると、ちょっと大人になった気分だよね」
思ったことをそのまま口に出すと、修ちゃんが頷きながら笑う。
「こういういかにもなクリスマスなんて、前の俺たちには想像できなかったな」
「でも、これも修ちゃんと一緒だからだよ」
自分で言っていて少し恥ずかしい。
でも、今日はクリスマスだからこういう素直な言葉もいいかもしれない。
修ちゃんが少し驚いたように私を見る。
でもすぐに、いつもの笑顔に変わった。
「……俺もだよ。百合と一緒だから楽しいんだ」
その言葉が嬉しくて、自然と修ちゃんの肩に頭を寄せた。
修ちゃんも肩をそっと寄せ返してくれる。
修ちゃんのぬくもりが、心までじんわりと染み渡っていく。
「そろそろ……
クリスマスに二人で泊まりとなれば、やっぱりこういうことだってしたい。
目線をあわせて、微笑みながら問いかけてみる。
「そ、そうだな……」
少し目を逸らして照れくさそうに頷いてくれる旦那様。
可愛らしいなと思っちゃう。
私からぎゅっと抱きしめての口づけ。
お返しとばかりに旦那様からも少し長い口づけ。
(クリスマスにホテルでこんなことしてるなんて……)
もちろん、全然普通のことなんだけど。
私たちがそんな「普通のこと」をしてるのは少し不思議な気持ちになる。
と思ったら、ストンとベッドに押し倒されていることに気がつく。
「え?え?」
いきなり押し倒されたのでちょっとびっくりしてしまう。
いつもだと、少しずつ少しずつという感じだったから。
「こ、こういうのいきなりだとちょっと恥ずかしいんだけど……」
いつもと少し違う旦那様にドキドキしてしまい、まっすぐ顔が見られない。
「たまにはこういうのもいいだろ?」
よく見ると顔が赤い。
らしくないと思っていたら、普段と趣向を変えてみようということらしい。
「う、うん。じゃあ、お願い……します」
何故か丁寧語。
というわけで、その後、私達はいつもとちょっと違う趣向で、クリスマスイブの夜を二人で楽しんだのだった。
◇◇◇◇
翌朝。目を覚ませばホテルの豪華なベッド。
「ふわーぁ。修ちゃん、おはよー」
幸い、エナドリのせいで寝られないということにもならず。
二人してホテルでゆっくりと眠ることができたのだった。
「おはよう、百合」
ダブルベッドに包まって寝ていた私達は目を見合わせる。
「実績解除、しちゃったね」
照れくさい気持ちをごまかすためにそんなことを言ってみる。
「実績解除とか……百合らしい照れ隠しだけど」
だけど、そんなこともお見通しらしい。
「わかってるなら言わないでよ」
そんなどうでもいいじゃれ合い。
クリスマスの特別な一夜をと望むカップルの気持ちが少しわかる。
「ともあれ、さっさとホテルのビュッフェ行こうぜ。たしか朝8時半までだったろ」
言われて時計を見れば午前7時30分。そろそろ部屋を出たほうが良さそうだ。
◇◇◇◇
「百合さ。ちょっとデザートとかお菓子多すぎないか?」
ホテルの2階にて。
各々食事をトレーに取り分けて着席した私達だけど。
何故か修ちゃんが渋い顔をしている。
「だって。珍しいお菓子がいっぱいだったし……」
ご飯に味噌汁、納豆、焼き鮭という定番のものはともかく。
フルーツタルト、レアチーズケーキ、パフェ。
さらに小さく切り揃えられた各種のケーキ。
せっかくなので、とついつい全部盛り込んでしまった。
「まあいいけどさ」
とぼやく修ちゃんの朝食はというと。
ご飯、味噌汁、焼き鮭、ほうれん草のおひたし。
デザートには抹茶ケーキ、抹茶ゼリー。
「抹茶ゼリーもちょっと美味しそう。一口ちょーだい」
あーんを求めるとスプーンが口に放り込まれる。
「うん。美味しい。修ちゃんもこれどうぞ」
レアチーズケーキの切れ端を押し付ける。
「美味しい……」
けど、となにか言いたそうだ。
たぶんだけど、食事よりデザートに手をつけたせいだろう。
「細かいことは気にしない」
「ま、それもそうか」
周りのカップルたちが談笑している横で、私達もホテルの朝食を楽しんだのだった。
◇◇◇◇
朝食が終われば後は帰るだけ。
昨夜の疲れもあって、私達は言葉少なに帰路へついたのだった。
「帰宅ー。いやー、疲れたけど楽しかったな」
「うん。素敵なクリスマスをありがとね」
荷物を置いて、二人揃って部屋に寝っ転がる。
「いかにも、なクリスマスってどんなのだろうって思ってたけど」
「楽しかったよな。二人揃って眠くなったのは誤算だったけど」
「次行くときはあらかじめ眠気覚まし持っていかないとね」
それよりも、前日に寝不足なのが問題だったかもだけど。
「あ!」
「どうしたんだ?」
「優ちゃんたちは、結局、どんなクリスマスを過ごしたのかな?」
「まあ、あっちはあっちで楽しんだんじゃないか?」
「楽しんだって……やらしー」
「そういう意味じゃないっての。ま、そのときのことは新年にでも聞こうぜ」
「あーそっか。もうすうぐ年末なんだよね……」
クリスマスが終われば次は年越し。
(もうそんな季節なんだ……)
☆☆☆☆第17章あとがき☆☆☆☆
だいぶ間が空きましたが、これにて17章も終了です。
次の章は年末年始~春にかけてのお話です。
長くなったこのお話も大学一年生の3月で一区切りの予定です。
あと少し、応援してくださると嬉しいです。
結末に向けて、応援コメントや
もっと先読みたい:★★★
まあまあかな:★★
この先に期待:★
くらいの温度感で応援してくださるととっても嬉しいです。
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