第101話 クリスマス(その2)

「うわー……綺麗!」


 レストランの窓際席に案内されるなり、窓の外を見て歓声をあげる百合。


「……だな。ちょっと見くびってたかも」


 同じく窓の外を見やれば色鮮やかにライトアップされたホテルの中庭。

 氷の彫像も、こうして見下ろすと言葉に出来ない美しさがある。


「前菜のカリフラワーのパンナコッタってどんなだろ?」


 コース料理のメニューを見て首を傾げる百合。


「デザートの方は食べたことあるけど、カリフラワーか……俺もさっぱりだ」


 甘いパンナコッタとコリコリとしたカリフラワーが頭の中でうまく結びつかない。


「ま、食べればわかるだろ」

「それもそうだね。でも……お酒が飲めないのは少し悔しいかも」


 大学一年生の俺たちは当然ながら二十歳未満。だから、目の前にあるのはグラスに入ったノンアルコールのシャンパンだ。そのシャンパンだって普段飲む機会がないものだから初めてもいいところなのだけど。


「とにかく。私たちのメリークリスマスに……乾杯!」

「乾杯!」


 チンとグラスを鳴らす。


「……ふふっ」


 シャンパンに口をつけたかと思えば、くすぐったそうな笑み。


「どうかしたか?」


 どこか照れているようにも見える。


「クリスマスにホテルに泊まって、ディナーを……なんて普通のカップルみたいなことしてるなって。そう思っただけ」


 そういうことか。


「言いたいことはわかるけどさ。結婚して半年以上経つだろ」


 付き合い始めてからだと、もう二年以上だ。


「それでも、こういう「いかにも」な雰囲気は少し恥ずかしいの」


 目を伏せた様子の百合は恥じらっているようだった。


「ま、俺も少しは恥ずかしいけどさ。ゆっくり楽しもうぜ」

「そうだね。うん……美味しい」

「美味しいけど、不思議な味だよな」


 カリフラワーの味とほんのりとした甘み、そして濃厚な旨味が口に広がる。

 いつもより言葉少なに、ゆっくりと運ばれてくる料理を味わう俺たち。


「家で過ごすクリスマスも好きだけど、こういうのもいいよね」

「満足してくれたなら何より」


 周りを見ると、同じようにクリスマスを過ごすカップルや夫婦ばかりだ。

 

「皆、恋人同士で過ごすために来てるんだよね」

「そりゃな」

「修ちゃんとの付き合いも長いけど、私たちもまだまだだね」

「うん?」

「だって、周りの人たち、皆、にぎやかに話してるのに……」

「俺たちの場合、普段が普段だからなあ」


 こういう「いかにも」な場所に来る機会は案外少ないからか。

 妙に照れ臭い。


 結局、お互いに妙に照れ臭い雰囲気のまま、クリスマスのディナーは終わり。

 部屋に戻った俺たちだが、問題は部屋が暖かいことで。


「……ね、眠いよ」

「最終手段使うか」


 さっき買ったエナジードリンクを飲むしかないか。

 プレゼントだって交換できていないのに、そのまま寝るなんて洒落にならない。

 350mlの缶入りエナジードリンクを二人してゴクゴクと飲むという、なんともクリスマスらしくない光景が繰り広げられていた。


「ふぅ……少し眠気がマシになってきた気がする」


 それから10分程して。

 徐々にぼんやりとしていた意識が覚醒するのを感じる。


「セーフ、だね」


 同じく百合のとろんとした瞳が徐々にパッチリとしていく。


「さてと。プレゼント交換と行くか」


 百合がバッグからプレゼントの包みを取り出して差し出す。


「こっちは私からね」


 服か何かが入っていると思しき、少し分厚い袋だった。


「……何か妙なものじゃないだろうな?」


 百合のことだからとつい警戒してしまう。

 「私がプレゼント」みたいなアホなことすらやりそうなところが百合にはある。


「信用してよ。優ちゃんに相談したって言ったでしょ」

「そういえばそうだった。なら安心だな」

「間違っても「私がプレゼント」なんてことはないから」

「言うってことは少しは考えたんだな」


 百合が相談してくれて本当に良かった。

 

「とにかく開けてみて」

「了解」


 出てきたのは二着の暖かそうなモコモコなパジャマだ。

 片方が青で片方がピンクと色違いだけど、柄が全く同じ。

 一目でペアルックとわかるものだった。


「……どう?」

「嬉しいけど……少しはずいな」

「私も少しは恥ずかしいよ」

「ありがとうな」


 我が家で仲良くペアルックのパジャマなんて着ていた日には、お義母さんに何と言われるかとても気になるけど、それは考えないことにしよう。


「あ。でも。家にはお母さんいるよね」

「そりゃそうだろ」


 何をいまさら。


「お母さんのこと、すっかり忘れてた……!」


 これ、絶対からかわれる奴だよーとか呻いている。


「じゃあ、今度はこっちの番な」


 まずは、と。手提げ袋に入っていたソレを差し出す。


「開けていい?」

「もちろん」


 丁寧に包装紙を解いて出てきたのは、8インチサイズのデジタルフォトフレーム。


「わあ……!修ちゃんらしいプレゼントだね」

「らしい、か?」

「なんとなくだけどね」


 本当は宗吾の発案なんだけど、細かいことはいいか。


「ありがとう、修ちゃん。帰ったら記念写真一杯入れるね」

「ああ。そうしてくれ。で、もう一つなんだけど……」


 もう一つのプレゼントを手提げ袋から出す。


「ペアのマグカップ……?」


 お互いの名前がプリントアウトされた、特注のマグカップだ。


「そう。普段遣いのものだといいんじゃないかと思ってな」

「嬉しい……けど、これ台所に置くんだよね?ペアで」

「あ……」


 しまった。すっかり忘れていた。


「修ちゃんも私のこと言えない気がするんだけど?」


 ジト目でにらまれてしまう。


 ペアのパジャマに、ペアのマグカップ。

 お義母さんが何を言うか今から少し憂鬱だ。


「でも、からかってくるのもきっと最初だけだろ」

「お母さん、しょっちゅうからかってくるよ」

「否定できない……」


 なんせ、お義母さんはああいう人だからなあ。


「後はどうする?まだ21時前だし、眠気も覚めたしさ」


 百合のことだし、館内のゲームセンターなんかも行きたいだろう。

 そう思って尋ねたのだけど。


「せっかくの夜だし。部屋でゆっくりしたいな」


 微笑んだ百合の口から出たのは予想外の言葉だった。

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