第95話 ダブルデートその6

「あのさ……百合は今夜、なんか予定あったっけ?」


 俺は何を言ってるんだと、と言ってから思わずため息をついてしまう。


「う、うん?別に予定はないけど……どうしたの?」


 微妙に様子が違うのがバレただろうか。

 百合がなんだかきょとんとしている。


「いや、さ。いつもは部屋でゆっくりって感じだろ。で、さ……」


 まあそういうホテルは行ったことがないわけで。

 多少、挙動不審になるのは仕方がない。

 いや、でも、結婚して数ヶ月経つのに……とも思う。


「あ。え、えーと……私達、年齢的に大丈夫だったっけ?」


 目線が繁華街のそういうホテルに行ったのに気づいたらしい。

 百合は百合で微妙に恥ずかしそうだ。


「18歳以上で高校生じゃなければ大丈夫、のはず」


 言ってて自信がなくなってきたな。

 ポチポチとスマホで検索してみると大丈夫らしい。


「う、うん……確かに大丈夫、みたい。だけど」


 同じく手元で検索していた百合。

 こういうところは似たもの同士だ。


「その、さ。別に家でいつも通りっていうのも良いんだけど、俺たち今まであーいうところ行ったことなかっただろ」


 夫婦なんだから誘っても全然いいはずなのに妙に気恥ずかしい。

 あーいう場所だと、最初から「そういう目的」だと意識するからだろうか。


「そ、そうだね。私もその内、行ってみたいと思ってたんだけど……」

「じゃあ、行くか?」

「そうだね」


 お互い、あえてその名称は口に出さず、手を繋いでそちらの方向に向かう。

 繁華街を歩いて数分。

 そういうホテルが立ち並ぶ、いわゆるラブホ街がそこにはあった。


「結構、カップルがいっぱい入ってくね……」


 ラブホにも色々あるらしい。

 どぎついピンク色のいかにもといった奴から、普通のホテルに見えるやつ。

 なんか少しグレードの高いホテルに見えるものに、和風のものまで。


「あ、ああ。それに、結構バリエーションあるんだな」


 しかし、提案したはいいものの、どこを選べばいいのやら。

 

「旦那様……修ちゃんは、どこ、入ってみたい?」


 うかがうような視線を向けてくる百合。


「あんまりピンクな奴はいかにもで抵抗があるな。外は普通のやつがいい」


 どっちにしてもそういうホテルに行くのには変わらないのに。


「私も。すぐそこのビジネスホテル風のとこに行ってみる?」


 百合が見た先にあるのは、たしかに一見したところ普通のビジネスホテル。

 ただ「ご休憩」といったプランがあるので、ビジネスホテルじゃないのはわかる。


「よし。行くか……!」


 意を決して、ビジネスホテル風ラブホに二人でこそこそと入る俺たち。

 高校生じゃないんだから堂々としてればいいのに気恥ずかしい。

 

「あれ?フロントに、人がいない……?」


 ラブホのシステムは知らないけど、普通のホテルと同じように、フロントで言って鍵を受け取るのだと思いこんでいた。


(修ちゃん、修ちゃん)


 ずいっと小声でスマホの画面を押し付けてくる百合。

 読んでみると、ラブホだと無人受付のことが多いらしい。

 一面に並んでいるパネルの中から空いている部屋番号を機械で入力して、

 お金を払って鍵を受け取るんだとか。


「やけに色々あるな。バスタブが広いとか、和室ありとか……」


 ラブホ初体験の俺たち。

 高級ベッドのちょっとお高い部屋や、和洋両方ありの部屋。

 大きな、二人で入っても余裕がある風呂が特徴の部屋。

 

「百合はさ。どの部屋がいい?」


 自分から誘っておいて、百合に判断を委ねるのも情けないけど。

 

「う、うーん……あの、ベッドが大きめの部屋はどうかな?」


 指さした先にあるのは、ひときわおおきなダブルベッドが特徴の部屋。

 

「た、たしかに。百合は寝相悪いし、な……」

「そ、そういうのじゃなくて。せっかくだし、ベッド広いほうが、よくない?」

「ま、まあそうだな。よし。とりあえず行こう!」


 券売機で504号室を押すと、休憩か宿泊か押すことになったのだけど。


(お義母さんさんたちには、泊まりになったって言うか)


 しかし、デートした末に近場でお泊りというのは、お義母さんたちにしてみれば、何をどうしたか想像がつくわけで。


「泊まりでいい、よな?」

「うん……お母さんになんか言われそうだけど」

「同感」


 両方とも想像するのがお義母さんな辺りがどうしようもない。

 エレベーターで移動して部屋に入った俺たちだけど。


「広いな……」

「荷物置いたらごろんとしない?」

「そうだな。まず休憩ってことで」

「エッチな意味で?」

「いやいや。風呂も入ってないだろ。単純に色々歩いたから疲れたろって意味」

「冗談だよ。私も、ちょっとごろんとしたい気分だったから」


 というわけで、二人してだだっ広いダブルベッドにごろんとなる。


「……なあ、百合」


 隣にいる嫁さんに聞いてみる。


「なに?修ちゃん」

「ひょっとして、だけど……さっき買ったの後で使うつもり、か?」


 もちろん、手を拘束するグッズのことだ。


「一応試してみたかったんだけど……いや?」

「もちろん、全然ありなんだけど。単に変な気分になっただけ」


 それを望む百合もだけど、俺までなんか変態チックになった気分だ。


「う、うん。私も……なんだか、変な気分」


 始めてのラブホのせいだろうか。

 お互い、今までにないくらいぎこちない。


「お風呂、一緒にはいろっか」

「そうだな……」


 程なく、バスタブにお湯が張られたので、

 お風呂に入った俺たちだけど……。


「広いね……」

「だな……」


 お風呂でのプレイも想定しているんだろうか。

 泡が出る装置なんかもあるらしい。


「でも、疲れが取れるなー……」


 簡単に身体を洗ってお湯につかる俺。

 百合は女性らしく、念入りに身体を洗っているようだ。


「やっぱり百合も女の子だよな」

「どゆこと?」

「いや。髪も含めると結構時間かかるだろ」

「仕方ないよ。時々男の子が羨ましくなることもあるけどね」


 なんて身体や髪を洗った百合がざぶんと広い浴槽に入ってくる。


「……見てもいいよ?」


 バスタオルを少しはだけながら誘ってくる百合。


「そこは「見ないでね?」だろ」

「それはラブコメ仕様でしょ?もう夫婦なんだしね」

「いや、いい。タオルだけってのもそれはそれでいいし」

「タオルフェチ?」

「なんでもフェチにするのはどうかと思うぞ」

「でも、お嫁さんとしては旦那様のフェチも把握しておきたいの」

「じゃあ、タオルフェチでいいから」

「修ちゃん、ちょっと投げやりじゃない?」


 ホテルに来たときの緊張はどこへやら。すっかりいつもの俺たちに戻って、小一時間お風呂で雑談をした俺たちだった……のだけど。


「悪い。のぼせた……」


 お風呂が快適過ぎたのでついつい長話になったのが良くなかった。

 というわけで、百合の膝枕で冷やタオルを頭に当てられて看病される情けない俺。


「いいよいいよ。こうして修ちゃんを看病するのも約得だしね」


 膝枕をして俺を見下ろす百合はいつもより、優しげな表情で不思議とほっとする。


「なんていうか、こういうとき百合の目は不思議な感じだよな」

「どういう目?」

「優しいっていうか……でも、好き好きーとはなんだか違う感じでさ」


 よく見る、猫のような目とはまた少し違う。


「そっか。自分ではよくわからないけど、じんわりと好きだなーって思う感じ?」

「じんわり、か。確かに納得感あるな。でも、こういうのもいいな」


 なんて言ってると少しずつ瞼がとろんとしてくる。

 まずい。せっかくそーいうホテルだというのに。


「悪い。結構眠気が……」

「大丈夫。修ちゃんが寝たら私が襲うから」

「洒落にならないからやめてくれ」

「冗談だよ。拘束具とかはまた今度試せばいいしね♪」


 だんだん意識が遠くなっていく俺だけど、


(拘束具はやっぱりいずれ使うんだな)


 そんな感想を残して意識を失ったのだった。


 そして翌日。朝なので当然変な雰囲気にもならず、

 荷物をまとめてホテルを出発。


「いやほんと。この埋め合わせは必ずするから」

「ほんとー?」

「ほんとだって」

「じゃあ、近いうちに縛って欲しい」

「そんなに気に入ったのかよ」

「まだやってないけど、期待大?」

「おっけー。少し背徳的な感じがしそうだけど……」


 腕の自由を奪って、そーいうことをするのを想像する。

 

「ま、それはそれでありか」

「あー。修ちゃん。エッチなこと想像したでしょ」

「別にしてもいいだろ」

「いいけど、想像の内容教えて」

「さすがに今回は黙秘権を行使する」

「……ま、いっか。どういう想像したのか考えるのも楽しそう」


 百合は百合でまた変なこを考えだしたし。

 ともあれ。


「……帰るか。家に」

「うん。帰ろ。私たちの家に」


 こうして、ダブルデートから始まった俺たちの二日間は終わったのだった。

 ホテルの件は……後々まで残る黒歴史になりそうだけど。

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