第94話 ダブルデートその5

「あ。ちょっと8Fに忘れ物しちゃったみたい」


 ちょっと白々しいなって思ってしまう。

 案の定、旦那様は怪訝な視線を向けてくる。


 しかし、8Fの秀吉書店をちょっと見てきたいなんて言えない。

 買ってみたくなったものが実はあるのだ。


「忘れ物?急いでないし、行って来たら?」

「俺たちは適当にぶらついてるしさ。旦那様だんなさまもついてってやれよ」

 

 疑う素振りもない二人に対してちょっと罪悪感。

 そして宗吾そうご君の台詞。そう周りから言われると、

 やっぱり私達結婚してるんだなーなんて少し嬉しくなってしまう。

 

「仕方ない。迷子センターじゃなかっただけマシだな」


 なんて言いながら、手を繋いできながら、


(どうせ秀吉書店辺りで何か買いたいものでもあったんだろ?)


 小声で囁く旦那様。


(なんでわかったの?)

(全然慌ててないしさ。それに目がな……)

(目?)

(8F回ってる間も、なんか書店の方何度も見てたし。バレバレ)

(うー。修ちゃんには色々かなわないね)

(ま。ついていくは行くけど、ちゃちゃっと買って戻ろうぜ)

(二人にはバレないように、ね)


 というわけで、エスカレーターに昇ってあっという間に8Fへ。

 入り口からしてアダルトな雰囲気ただよう大人のおもちゃが売っている

 書店「秀吉書店」。


「正直さ……」

「うん?」

「まさかダブルデートでここ来るとは思わなかったぞ」

「つい……ね。ごめん」

「いや。百合の突飛な行動には慣れてるから今更だけどさ」


 修ちゃんは本当に寛容だな、って改めて思う。

 普通なら「さすがに後日にしろよ」くらい言われてもおかしくない。


 そんなことを言い合いながら店内に入る私達。

 入り口は一応書店らしく、エッチな本とか雑誌が中心。

 

「うーむ……」

「どしたの?」

「いや。当たり前だけど、客層がほぼ男ばっかりだなって」


 あたりを見渡しながら少し落ち着かない様子だ。


「それはそうだね。他にも一人だけ女の人いるけど?」


 大人のおもちゃに興味がある女の子だっているだろうけど、

 通販で買えるし、わざわざこういう店に来ようとは思わないか。


「なんていえば。こういう店に彼女……嫁を連れてくのは恥ずかしいんだよ」


 微妙に挙動不審だとおもったら、そんな理由だったらしい。

 普段冷静な修ちゃんには珍しく頬が少し赤くなっていて、恥ずかしいのがわかる。


「んふふ。そういうのも可愛いかも」


 ギャップ萌えというんだろうか。こういう修ちゃんもそれはそれで。


「あー、もう。そういうのはあとでいいから。で、何を買いたいんだ?」


 さっさと終わらせてくれ、と言わんばかりのため息声。

 修ちゃん的にはどうなんだろう。


「あの……女の人がタオルとかで手を縛られるっていうの、ある、よね?」


 私はこんな店で何を言っているんだろうとふと冷静になる。

 むしろ、こんな店だからかもしれない。


「何を言いたいかは読めてきた気がするけど……拘束具?」


 なんとも言えない表情で私を見つめてくる旦那様。


「あ。もちろん、ちょっと、ちょっとだよ。手錠とかはちょっと怖いし」


 それは本当。あそこまでがっちり拘束されるまでいくと怖い。


「で、百合としては?」

「う、うーんと。布製でソフトな感じの縛る奴、が、ある、ん、だけど……」


 さすがに旦那様の目の前で言うのは恥ずかしくて、顔が赤くなってくる。

 一体、私たちは何をやってるんだろう。


「ま、まあ。それくらいなら?俺も一応セーフ、かな」

「ち、ちなみに、どのくらいだとアウト?」


 別にアブノーマルなプレイをしたいわけじゃないけど、引かれないラインは

 知っておきたかった。


「……手錠まで行くと俺も逆に妙なことしてる気分になりそう」

「良かった。私も手錠だと逃げられないって感じになって嫌なんだよね」


 なんだかマニアックな会話してるなあ。私達。


「とりあえず、買いたいのはわかったから、さっとレジ行って来いよ」

「……だね。あんまり優ちゃんたち待たせても心配するし」

「それこそ、迷子センターとかな」

「……意地悪。とにかく、行ってくるから」


 旦那様から離れて、お目当ての拘束具がある棚へ。


「……拘束具なのに妙に可愛いんだよね」


 これは女子側がこういうピンクで布製でみたいな、

 ソフトな側の方が抵抗がないからだったりするんだろうか。

 一応、拘束具というからにはリング状になっているけど、

 留めるのも金具じゃなくてリボンをちょうちょ結びする形らしい。


(私、ちょっと変態かも)


 ソフトとはいえ、ちょっと縛られてみたい、なんて。

 考え過ぎても仕方がないからさっと商品を手に取って

 レジに直行。女子が一人で大人のおもちゃを、ということで

 レジの人は一瞬びっくりしてたみたいだけど、そこはプロ。

 何もなかったように淡々と会計を済ませたのだった。


「お待たせ、修ちゃん」

「……ああ。お帰り」


 店の外で待っていた修ちゃんに合流したのだけど、

 何か落ち着かない様子だ。


(ん?)


 鞄の中が微妙に膨らんでいるような。

 修ちゃんもひょっとして、エッチな本か、あるいは何か

 おもちゃを買ったんだろうか。

 と考えて、ぞくっとするのを感じる。


(実は今夜帰ったら、お誘いしようかなと思ってたけど)


 これは修ちゃんからの流れ?

 私から求めることもあるけど、やっぱり女子としては求められたいという気持ちになることだって多い。


 ぎゅっと手を私から握って、待ち合わせ場所に戻る私達。


「……あのさ、今夜……ええと。いいか?」

「……っぷ」


 道中、微妙に切り出しづらそうな旦那様の言葉に笑ってしまう。


「笑うことないだろ」

「だって、もう夫婦になって何度もしてるのに……」

「百合だって照れることあるだろ。タイミングっていうか」

「わかるけど……ま、いっか。私も色々ダメダメだし」


 もう帰ったあとのことを考えているという意味で。


「しかし、なんかやるとは思ってたけど、忘れ物を装うのは予想外だった」

「こういうところあんまり来る機会ないもん」

「もし、後で優たちにバレたらきっと笑われるだろうな」

「絶対にバラさないでね?」

「俺も同罪だから大丈夫だって」

「約束だからね?」

「大丈夫だってー」


 どうしようもない会話を交わしながら、優ちゃんたちと合流した私達だった。


「「お待たせー」」

「ちょっと時間かかったな。忘れ物、無事、見つかったか?」

「そうそう。大事なものじゃないわよね?」


 だというのに、優ちゃんと宗吾君は真面目に心配してくれる。

 

「ちゃんと見つかったから。ものだったからほっとしたよー」


 うん。嘘は言っていない。夫婦の営みは大切だ。

 

「ならいいけど。ひょっとして旦那にプレゼントしてもらったやつとか?」


 う……。真面目に答えると嘘に嘘を重ねないといけない。


「うん。そんなとこ」

「修二もホント愛されてるわねえ」

「そうそう。大事にしてやれよー」


 嬉しそうに肩を叩く優ちゃんに宗吾君。


「ま、まあ。そうだといいな」


 事情を知っている旦那様は非常に微妙そうな表情だ。

 

 というわけで、駅前で二人とは解散。

 あとは家に帰るだけ、なんだけど。

 で、家に帰ったらたぶんあれこれするんだろうけど。


「あのさ……百合は今夜、なんか予定あったっけ?」


 恥ずかしげな旦那様からの(実質)お誘いの言葉に、


(あれ?)


 何か普段と違うものを感じた私だった。

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