第93話 ダブルデートその4

「そういえば、午後はぶらぶらって感じだったけど、結局どうする?」


 向かいの百合はもぐもぐとハンバーグを頬張りながら、じっと見つめてくる。


「そうね。せっかく晴れてるんだし、駅前でウィンドウショッピングなんてどう?」


 ウインドウショッピングか……。

 ゆうの提案は普通といえば普通なんだけど。


「なんだか苦い顔してどうしたんだ?」


 怪訝に思ったのだろうか。隣の宗吾そうごが視線を向けてくる。


「いや。いいんだけど、目の前のこいつがどういう行動するか心配で……」


 二人で買い物に行ったときなんかは、興味を惹くものがあったら、ずっとそこにへばりついているような好奇心旺盛な百合ゆりだ。

 

「む。私だってこういうときはさすがに弁えるよー」


 扱いが不服だったんだろう。うーと唸り声をあげそうな顔で見つめてくる。

 こういう表情も可愛いなんて思ってしまう辺り、最近はほんとに毒されてる。


「家電量販店で気がついたら居なくなってて、ずっとゲームコーナーに居たときの話でもするか?」


 途中で気がついたら百合が居なくなっていたと思ったら、ずっとゲームコーナーに居て新作ゲームの前でウンウン唸っていたということがあったのだ。


「そ、それは……とにかく。大丈夫だから!」


 焦って弁解する百合。


「小学校の頃、修学旅行で気がついたらはぐれてた気がするわね」


 昔のことを思い出して追い打ちをかける優。


「なんていうか、コメントに困るな……」


 これ以上何かいうのも気の毒と思ったのだろうか。

 ノーコメントの宗吾。


「ま、居なくなってたら迷子センターで呼び出してもらえばいいか」

「それは面白いわね。ずっと思い出に残りそう」

「そろそろ百合さんが気の毒になってきたな」

「どうせ、どうせ私なんか……」


 珍しく顔を下に向けていじける百合。

 

「とにかく、午後はウィンドウショッピングで決定ってことで」

「迷子センター……」


(こういう風にいじけるの珍しいわよね)

(だよな。ま、そういうところも可愛いけど)

(はいはい。惚気惚気)


 こうして駅前のショッピングモールを見て回ることになった俺たち。


 一階はめぼしいものもないので、エスカレーターで二階に上がろうとしたのだけど、百合が何やらビルの案内をじーっと見つめている。


「どうしたんだ?」


 視線の先を追ってみれば「秀吉書店」。

 知っている人は知っている、大人のおもちゃも扱っているエッチな本屋だ。


(百合。もしかして……)

(さすがに、ダブルデートで行こうなんて言い出さないから)

(ならなんで見てたんだよ)

(こ、今度見てみようかなーって)

(まあいいけどさ)


 百合のことだから、何かしら新しいプレイでもできないだろうかとか妙なことでも考えたんだろう。


「二人とも、どうしたの?」

「悪い。百合が気になってたフロアがあるみたいなんだ」

「へー。なら先に行きましょ。どこなの?」

「……5Fの雑貨屋」


 大人のおもちゃを売っている店が気になったとはさすがに言えなかったらしい。


「小物とかちょっとしたアクセとか結構あるものね。じゃあ、行きましょ」


 幸い、特に疑問にも思わなかったらしい。

 無事に雑貨屋に向かうことになってほっと胸をなでおろす夫婦二人。


 で、5Fの雑貨屋にて。


「普段来ないけど、色々あるもんだなー」


 フロアの半分を使った大きな雑貨屋は品揃えもさすがの一言。

 女性向けのほどほどのお値段なアクセサリー。

 マグカップや食器といった食卓で使う品物。

 文房具。

 流行りのアニメTシャツなんてものまである。


「色々あるから、見てて飽きないのよね」

「パーティグッズなんかもあるしな」


 優と宗吾のカップルはときどきこの雑貨屋を訪れているらしい。

 店内を見渡す様子は手慣れていて常連客といった感じだ。


(まあ、二人についていくのが楽か)


 というわけで、後をついていきながら、このマグカップが可愛いとか。

 このTシャツのデザインはちょっと微妙じゃないかとか。

 取り留めもない感想を言い合いながら、予想外に普通にウィンドウショッピングを楽しんでいた俺たちだったけど。


(うん?)


 百合がどこかをしきりに凝視している。

 その視線の先を追ってみれば……2千円程する桃色のシュシュだった。


(ひょっとして、買おうか迷ってるのか?)

(迷っているというか。少し気になるけど……)


 手が出ないほど高いわけでもないのに、一体どうしたのやら。


(似合うかどうか自信がなくて) 


 別に気にしなくてもいいと思うんだけどな。。

 

「じゃあ、これはプレゼントってことで」

「いいの?」

「これくらい安いものだって」

「ありがとね、旦那様」


 くすぐったそうな笑みの百合はとても可愛らしくて。

 大人のおもちゃについて興味津々だった先程とはまるで別人。


(ほんと、見てて飽きないっていうか)


 せっかくだし、手でも繋ぐか。

 ぎゅっと隣の彼女の手を握ると前からは生暖かい視線。


「そこまでされると、からかう気も失せるんだけど?」


 後ろでひそひそと話していればわかるか。


「別にいいだろ。優も手くらい繋いだらどうなんだ?」

「……さすがに屋内だと恥ずかしいわよ。って、え?」


 小声で言う幼馴染の目が大きく見開かれた。


「これくらい、いいんじゃないか?店内も空いてるしさ」


 宗吾も恥ずかしいらしい。やけに照れ照れしてやがる。


「……もう。仕方ないんだから」


 周囲を見渡していた優だったけど。

 注目されていないことを確認して、宗吾の手を握り返したのだった。


「優ちゃんたちも立派なバカップルだね」

「これくらい普通でしょ。普通」

「ダブルデートだと妙に恥ずかしいもんだな」

「普通だと思うけど」


 ダブルデートだからと言って特別恥ずかしがるのはよくわからない。

 その後も、雑貨屋を見て回って。次に、化粧品店に寄ることになって、

 男二人組が少し気まずい思いをしたり。

 宗吾もシンプルなネックレスを優にプレゼントをしたりと。


 午後は充実した普通のダブルデートになったのだった。


(しかし。あれだけ凝視してた割に)


 秀吉書店のことはおくびにも出さなかったな。

 ま、百合だってダブルデート中に行こうとは言わないか。


「そろそろ降りるか。なんだかんだ長居したしな」


 喫茶店休憩を挟んで気がつけばもう午後4時過ぎだ。

 外は寒くなってきただろうし、帰る頃合いだろう。


「結構楽しかったな」

「そうね。百合が何かしでかすか、少し心配だったけど」


 あちらのカップルもうんうんと満足そうだ。

 これで後は帰るだけ……そう思ったまさにその時だった。


「あ。ちょっと8Fに忘れ物しちゃったみたい」


 微塵も焦った様子も見せずに、何やら思案げなうちのお嫁さんが、

 唐突にそんな発言をしたのだった。


(何か嫌な予感がする)


 長年の付き合いの勘がそう告げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る