第87話 猫のお話
「あ……もう昼過ぎか」
結局、今朝は百合とベッドで抱き合ったまま過ごしてしまった。
「13時過ぎか。百合、昼ご飯はどうする?」
寝起きの百合に問いかける。
「ん……もうお昼過ぎだね。冷蔵庫にあるもので作っちゃうけど」
百合がふわぁーと伸びをすると、「ふなー」と何やら鳴き声。
「
気が付けばベッドの真下に与助が鎮座していた。
と思えばベッドにぴょんと飛び乗って俺の指をぺろぺろと舐めてくる。
「どうしたんだ?急にじゃれついてきて」
指を舐めさせたまま、なんとなく言ってみるも反応はなし。まあ猫だから当たり前なんだけど。でも、時々人間の言葉がわかるような節も見えるし猫というのは不思議だ。
「あ。おやつ忘れてた!」
隣のお嫁さんがポンと手を叩く。
「ああ。そういえば、お昼のおやつ置いとくの忘れてたな」
与助の生活拠点は二階にあるリビングの一角だ。そこに、朝晩と二回餌を置いておくのと、お昼にはおやつも置いておくのが日課になっている。
トイレの掃除はお義父さんやお義母さんも含めて気づいた家族がやるという形。
「この子が修ちゃんの指を舐めてるのもそういうこと」
「おやつ寄越せってか。しかし、百合もよくわかるな」
言われてみれば、舐める仕草は何かを欲しがっているようでもあり、じゃれついてるのとは少し違う気もする。
「猫目線で考えてみたら、そういうことかなって思ったの」
猫目線……。
「猫みたいとは言ったけど、猫の行動パターンまで読まれるとコメントに困るな」
もちろん、何かの手品ではなくて百合の観察眼によるものだろう。
「与助はおとなしくてお利口な子でしょ?それに、ちゃっかりしてるからね。だから、なんとなくはわかるよ」
「まあ、猫といっても性格はそれぞれだしな。と、おやつ準備しないと」
階下に降りて、パウチタイプの猫用おやつを取ってきて皿に置くと百合が言った通りだったのか、俺たちが居なかったようにおやつをはぐはぐと食べ始めた与助。
「元地域猫だけあるなあ。おやつ持ってきたらそっちに飛びつく辺り」
野良の時からそういえば妙に愛嬌を振りまくことがあった与助だけど、餌をもらうための振る舞いだったのだろうか。
「でも、そういうちゃっかりしてるところも可愛くない?」
「まあな。でも、与助の中では俺たちってどういう扱いなんだろうな。飯くれてるから世話になってやるか、みたいな?」
妙にふてぶてしい老猫を見ながら聞いてみる。
「私たちに甘えてるなーって時もやっぱりあるよ。時々布団に潜り込んでくるときあるでしょ?」
「確かに。ほんと何考えるんだか。与助ー?」
頭を撫でながら名前を呼んでみると、一瞬振り向いて「なー」一鳴きしたかと思えば再びおやつに没頭。
「振られちゃったね?浮気はダメだよ?旦那様」
悪戯めいたお嫁さんの声。
「何が悲しくて猫に浮気しなきゃいけないんだよ」
与助がメスなこともあって時々百合はそんな風にからかってくる。
さすがに本気で対抗心を燃やしたりはしてない……よな?
「わからないよ?ひょっとしたら与助は修ちゃんに道ならぬ恋心を抱いていて、でも私がいるから遠慮してるのかも」
「遠慮ねえ。もし俺が与助に浮気したらどうするんだ?」
どうせならちょっとした冗談に付き合ってみようかと話を続ける。
「え?本当に与助のこと好きになっちゃったの?」
ちょっと待て。
「声色が全然冗談に聞こえないんだけど」
冗談だとわかっているのに、ドン引きしているような声のせいで俺が猫に浮気した変態みたいな気がして少し傷つく。
「修ちゃんのことは好きだけど、さすがに浮気はちょっと許せないなあ」
「いやだから、冗談に聞こえない声色やめろって」
しかも真顔だから、本当に浮気を問い詰められてる気になってくる。
「修ちゃん。金輪際、与助に手を出したりしないことを誓える?なら許すから」
まだ寸劇を続けたいらしい。しかし、設定がいくら何でもひど過ぎるだろ。
「わかった、誓うよ。悪かったな。与助」
と、喉を撫でてみるも与助はちらと俺の方を見たと思えばやっぱりおやつに集中。
「与助も二度と修ちゃんに迫られてもOKしちゃダメだからね?」
百合が言いながらちょんちょんと与助の頭を撫でると「なー」と返事。
何故か今度はおやつを食べる手を止めている。
「この扱いの差は何なんだ……」
「与助から見たら私の方が上に見えてるんじゃない?」
「間違っていないけど色々複雑だな……」
どうやら与助にとっての家庭内の地位は、俺より百合の方が高いらしい。
(ま、仕方がないか)
そう思いつつ今度こそ起きて着替えようとしたところ。
「猫、かあ……。ひょっとしたらこれは使えるかも?」
何やら百合が不審なことを口走っていた。
「使えるってなんにだよ」
「夫婦の間のちょっとしたスパイスとして?猫耳とか色々グッズあるみたいだし」
またぞろ百合は妙なことを考えてるらしい。
しかし、百合に猫耳か……。
「結構似合うかもしれないけど、やるときは事前に言ってくれよ」
「事前に言っちゃうと面白味が減らない?」
「面白味はなくっていいって」
「むー。仕方ないなー。グッズ買ったときはちゃんと報告するから」
少し不満そうに頷いたうちのお嫁さんだった。
(でも、きっとドッキリでやるだろうなあ)
百合のことは信用してるけどこういう方向では信用していない。
間違いなく忘れたタイミングで仕掛けてくるに違いない。
通販で何やら怪しげなものが届いたかどうかは注意しておこう。
そう決意した俺だった。
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