第82話 二人を尾行してみた
「別に文句言う気はないけどさ……」
先週行ったばかりの遊園地の入り口に立つ私達。
ボヤく旦那様。
「ごめんね。どうしても見届けたいから」
さすがに先週に続いて遊園地というのは出費の面でも、それとやや出不精な気がある旦那様にとっても少し不本意だろう。
「百合の気持ちもわかるから。思い入れが強い相手にはそうだもんな」
そう言ってくれるのはやっぱり修ちゃんだからで。
「うん。最初は家で報告だけ聞こうと思ってたんだけど、ね」
心の中で感謝しつつ、今日、わざわざ遊園地に来ることになった顛末を思い出す。
◆◆◆◆先週◆◆◆◆
遊園地デートから帰った私は、早速、花守さんにLINEで連絡を取ることにした。きっと二人がデートするのにいい場所だと思ったから。
【こんばんはー。こないだ言ってた遊園地だけど、下見行って来たよ】
そう
【お疲れ様でした。遊園地、どうでした?】
(早いなあ)
よっぽど気になってたんだろう。
想像して少し微笑ましくなってしまう。
【すっごく良かったよ。締めの観覧車は絶対行くべき!】
まず最初にこれは言っておかないと。
【そんなにですか?】
【これならきっと
【そこまで言うのは気になりますね。百合さんはどうだったんですか?】
う。さすがにそこを問われると恥ずかしい。
【夕日を見ながら「ここの観覧車は当たりだね」とか「来年も一緒に来ようね」って言い合ってたよ】
反射的に見栄を張ってしまった。間違ってはいないけど、ちょっと違う。
【いいなー。新婚さん羨ましい。私も高田君とそうなれるんでしょうか……】
素直に羨ましがるメッセージにちょっぴり罪悪感。
【大丈夫!花守さんは美人だし、ちょっと甘えてみせたらすぐ落とせるよ】
どの口が言っているんだろうと心の中で自嘲する。
【美人って言ってもらえるのは嬉しいんですけど。私は最近まであんなでしたし、高校の頃も高田君にはよく失態をフォローしてもらってました。彼も結構女子人気ある方だし】
彼女は講義での自信とは裏腹に、自分には自信がないタイプだ。
【でも、フリーなんでしょ?デート、誘ってみようよ】
こういうタイプは誰かが背中を押してあげないと進めない。
彼女もそうだと思ったのだけど。
【今さっきメッセージ送ったところです。返事待ちでドキドキですよ】
早い!
【そ、その……。決めるのは早いんだね】
もう少し悩むものだとばかり思っていた。
【優柔不断は最大の悪徳】
【え?】
【私の座右の銘です】
初めて聞いたよ。そんな座右の銘。
【勝負を遅らせても何もいいことはありませんからね】
【そ、そうなんだ……】
【今回の場合、遅らせたら負ける確率が増えるだけですし】
何て言えばいいんだろう。根っからの理系人間?
十分深い付き合いだから、勝負をかけないと高田君が盗られる確率が増える。
理屈では正しいのだけど、そう言葉にする女の子を私は初めて見た。
【花守さんは根っからの工学者なんだね】
【私の父は情報系の研究者ですから。研究のイロハは叩き込まれましたよ】
【花守さんがあそこまで色々詳しい理由わかったかも】
彼女は私以上に、根っ子が変わってるんだろう。
【あ。高田君から返事が来ました。OKだそうです】
【良かったじゃない。後は当日のプランをばっちり練れば確実!】
遊園地のここがいいだの、お化け屋敷は要注意だのアドバイスした私だった。
◇◇◇◇現在◇◇◇◇
(でも、ちょっと心配になっちゃったんだよね)
デートプランを練っているときも目的に一直線という感じだったし。
思えば先生の間違いを指摘している時も他が見えていないようだった。
「ま、百合がそこまで入れ込むなんてそうそうないし。いいんじゃないか?」
気がついたら旦那様が腕を絡めて来ていた。
なんだか身体が熱い。
「そ、その……」
「ん?百合だってよくこうしてくるだろ」
気がついたら少し恥ずかしくなった。それだけなのだけど、言いづらい。
「……凄く自然だったから」
「ぷっ」
「何か文句ある?」
「百合も妙なところで恥ずかしがるなって」
生暖かい目が少し腹立たしい。
「イテっ。お腹つねるなって」
「私だって変に弄られたくないこともあるの」
「悪かったって」
なんて言ってもやっぱり大好きなんだけど。
「まずはメリーゴーランドか。順路も相談に乗ったのか?」
少し距離を置いて歩きながら二人を観察する私たち。
なんと言っても大きな遊園地だ。
尾行と言っても大げさにやる必要はない。
「うん。私は高田君の反応が読めないから、最初っからメリーゴーランドは微妙かなって思ったんだけど。花守さん的には良いと思ったらしいの」
果たして付き合う前の男女でメリーゴーランドはどうなんだろう。
「言いたいことはわかる。でも、仲良く話してるっぽいけどな」
「そうみたい。高田君が好きだったりしたのかな」
「さあ。いい奴だとは思うけど、そこまで話してないしなあ」
ともあれ、仲良く談笑してるみたいなのでまずは一安心。
二人が遊び終えるまで二人でどうでもよい雑談をしたその後。
「お化け屋敷、大丈夫かなあ……」
続いて二人は例のお化け屋敷へ。私ですらかなり怖かったのだ。
少し心配になる。
「百合が本気で怖がってたしな」
「先週のことは言わないで」
やっぱり本気で怖がってしまったのは思い出しても恥ずかしい。
「わかったって」
あの二人はどうだろうか。
「考えてみれば、高田君に意識してもらうにはいいのかも」
「なんだかんだ言って男だしなー。花守さんみたいに可愛い子に抱きつかれたりしたら嬉しいんじゃないか?」
その台詞に何かのセンサーがビビっと反応するのを感じる。
「旦那様が私以外の女の子に抱きつかれたら?」
「別になんともならないって。中高の頃もそんな願望なかったしな」
修ちゃん。中高でそれはそれでどうなの?
確かにクラスの男の子が必ずといっていいほどするエロトーク。
修ちゃんは話を聞きつつも自分からは積極的に加わらない方だった。
「……中高の頃、何人か修ちゃんのこと気になってた子がいるの知ってる?」
「ひょっとして、と思ったことくらいは。高一の時だっけ。カラオケのときにやけに俺の隣に座りたがる女子とか、やけに俺にだけ話しかけてきた女子居たしな」
高一ということは同じクラスになった時だろうか。
「気づいてないのかなーって眺めてたけど、そうじゃなかったんだ」
言いつつ隣の旦那様を見上げると、同じように目を合わせてきた。
「俺は百合一筋だったし?」
「嘘だよね」
「一筋は流石に嘘だけど。話しかけられても、趣味とかノリが合わなかったら仕方ないのも確かだろ」
「お嫁さんとしては喜べばいいのか悲しめばいいいのか……」
全くもって身勝手な感情なんだけど。
「とりあえず、お化け屋敷を監視しながら時間適当に潰すか」
「あ。こないだ食べられなかったアイス食べたい」
というわけで近くのアイスクリーム屋さんでアイスを買って休憩。
待つこと約30分。遠目に二人がお化け屋敷から出てくるのがわかる。
ってあれ?
「二人、手を繋いでる?」
やや距離を置いてるから表情は詳しくは見えない。
「言われてみると確かに。花守さんの方から繋いだのか?」
「高田君はそういうタイプに見えないし。たぶん」
ふと、彼女が言った「優柔不断は悪徳」という謎の座右の銘を思い出す。
やると決めたらはっきりやるタイプなのかもしれない。
「これなら安心かも」
さすがに高田君も急に手をつないで来たとなれば意図にだって気づくはず。
ほっと胸をなでおろしたその時だった。
一瞬、遠くの高田君が私達の方を見た気がした。
「え?」
「どうしたんだ」
「一瞬、高田君が私達の方を見たような……気の所為、だよね」
「さすがに見たとしても、なんかカップルがいるな、くらいじゃないか?」
「だよね。ちょっと考え過ぎたかも」
びっくりした。
次はいよいよ最終目的地の観覧車だ。
時間は私達のときより早くてまだ午後3時頃。
(でも、うまく行けばそれでよしだよね)
さすがに先週来たばかりだ。観覧車に二度乗るのもなんだか勿体ない。
というわけで、やっぱり遠くから二人が出てくるのを見張っているのだけど。
「なんだか少し退屈になってきたかも」
アトラクションを楽しむでもなく、ただ観覧車を眺める。結構暇だ。
「花守さんのことが心配だったんじゃないのか?」
「ほっといてもうまく行きそうな気がしない?早く出てこないかなって」
「そういうところ、気まぐれだなあ。しりとりでもやるか」
「
「
「
「言いながら、
「そろそろ
「待て待て。さすがに数字は反則じゃないか?」
「だったら修ちゃんの
「いやいや。堅苦しい文書だと
「ううん。日常会話で使わないよ」
「……なんか不毛になってきたな。止めないか?そろそろ二人が出てきそうだし」
「しりとりはちゃんとルールを決めないとやっぱりダメだね」
私達の間でのしりとりは、こんな風に大体不毛な結末に終わる。元々どっちも真面目にやる気がないから当然なのだけど。
「あ!二人が出てきたよ。なんか入る前よりもくっついてる……かも?」
ううん。というより。
「花守さんが腕を絡めてないか?さっきのさっきで大胆というか」
「うんうん。でも、上手くいったんだね。告白の言葉とか聞いてみたかったけど」
「さすがに出歯亀過ぎるだろ」
「わかってる。とにかく、うまく行ったみたいだし帰ろっか」
安心したらなんだか少し眠くなってきちゃった。
「だな。俺もちょっと眠くなってきたかもしれない……」
「考えてみれば昨夜、夜更かしして新作RPG、途中までやってたもんね」
数年ぶりに発売された、とある大作RPGの続編。
高校の時なら徹夜プレイをしていたのだけど、今は家庭がある身。
途中で修ちゃんに「もう眠いから寝ようぜ」と言われて、
いいところで中断したのだった。
「……って、なんか高田君からLINEが来てるな」
「え?」
急に目が冴えてくる。どういうこと?
二人はうまく行ったんじゃないの?
「なんて書いてあったの?」
「ほれ。高田君はどうも途中から気づいてたらしい」
げんなりと言った顔でLINEの画面を見せてくる旦那様。
【お二人さんとも、お節介どうもありがとう。おかげさまで
【俺がお節介勝手に焼いただけだから。気を悪くしたら悪い】
元々は私が言い出したことなのに、庇ってくれてるのは少し嬉しい。
【別に悪い気はしてないさ。どっちかというと感謝かな。俺も男だし、陽毬のこと、全く異性と意識しないでつるむなんてことはないわけで。でも、自分から距離を縮めるのもなんか違う気がしててどうしようかとたまに考えてたんだよ。だから、今日は色々嬉しかったよ。今後ともよろしく】
「やっぱり男は男ってことだな」
苦笑いしながらの旦那様。
「でも、なんでバレたのかな?尾行に気がついたのかなとは思ったけど」
「言われてみると不思議だな。普段と違う様子で何か気づいたのかもしれないけど」
首を捻った私達だけど、原因は簡単なことだった。
その夜、旦那様から見せられたメッセージは。
【そういえば、
【ああ。それの理由は単純だよ。途中からそっちが二人でついてきてたのはわかったんだけど、なんでかな?とは思ってたんだよ。それと、陽毬の様子もなんだかいつもと違ったし。で、恋人になったあとに陽毬に聞いてみたってオチ。今度、ちゃんとした形でお礼をしないととかなんか張り切ってたぞ】
そんな涼介君からのネタバレだった。
「恋のキュービッド作戦、成功だな」
「結局、最後は陽毬ちゃんが自力で色々やっちゃったけどね」
「きっかけ作ったのでも十分だろ」
「そうだね。今日はいい夢見れそう」
布団の中で語り合った私たちはいつものように電気を消して眠りについたのだった。恋のキューピッドも意外と悪くない。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
出会った二人を見守りながら、新婚夫婦がイチャイチャしてるだけの章でした。
時折百合の過去なんかも挟んでみましたがどうだったでしょうか。
次は時期的に秋が深まって冬の足音が近づいてくる時期のお話の予定です。
バイトのお話や、最近あんまり出てこなかった高校時代の友達のお話などなど。
大学生らしい生活感のあるお話も交えてゆったりと進めていければと思います。
新婚夫婦の先を読んでみたい方は、応援コメントや
もっと先読みたい!:★★★
まあまあかな:★★
この先に期待:★
くらいの温度感で応援してくださるととっても嬉しいです。
☆☆☆☆☆☆☆☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます