第81話 下見デートではなくて(後編)
さて、いよいよ本日のある意味本丸でもある観覧車だ。県内一の遊園地でも特に評判のアトラクションらしく、行列に並びつつ
「やっぱり皆、夕方の観覧車ってのは行きたがるんだな。昼間より人が増えてる」
「ここは観覧車からの夕日が綺麗って評判みたいだからね。仕方ないよ」
行列に並びながらそんな世間話。
「でも、だいぶ列がはけてきたね。いよいよ……って思うと少しドキドキしてきた」
目を爛々と輝かせている様はドキドキっていうより……。
「どっちかというと百合の場合はワクワクじゃないのか?憧れだったんだろ」
「意地悪」
「なんでだよ」
「
微妙に膨れっ面である。こういうときは本気で怒っているんじゃなくて、まあ要するに構ってという合図だ。
「そりゃ前も言った通り、俺もロマンだったし憧れはあるけどな。百合の反応が予想以上だから言ってみただけ」
「ふーんだ。私もちょっとテンション上げてるだけだもん」
「や、悪かったって」
「観覧車でキス」
こないだも言われた奴だ。
「おっけ。約束するから」
「忘れないでね?」
「ほいほい」
言いながらそういえば手を繋いでなかったと気づく。
そっと手を取って指を絡めると。
「もう。修ちゃんは気が効くんだから♪」
こうしてすぐ機嫌を治すのはわかりやすい。
「百合は意外とチョロいところがあるからな」
「私は攻略難度Sのヒロインだと思うんだけど」
自分で言うか。ただ、確かに。
振り返れば百合の本質を理解できる相手じゃないと攻略以前の話だったろう。
好奇心の強さとそれ故の気まぐれさ。彼女なりの倫理観念が強いところもか。
百合は決して内気な女の子じゃないけど初見の相手は冷静に観察している。
仲良くなろうとしてきても、性格的に合わないと判断するやすぐに距離を取る。
以前にあった男子を利用する女子なんかが典型例だろうか。
おしゃべりにしても人間関係の話題中心の、女子によくあるコミュニケーションはあわせられないでもないけど、どっちかというと物事の話題中心。
そういう意味で百合が気にしている「女子っぽくない」は少し当たっているのだ。
ただ、それ故にというか、一度懐に入れた相手には結構情を入れ込む。
昔からの付き合いの優や宗吾とか。あとは、付き合いは浅いけど、自分を重ねているのだろう。花守さんにも思い入れがあるようにも見える。
「ま、ある意味で難易度が高いのかもな。俺にとっては別だけど」
「もちろん修ちゃんは特別枠だよ。私は私。それを教えてくれた人だから」
本当に昔のことなんだけど、あの時に凹んでいた百合をなんとかしてやりたくて。
女の子らしくないのかも、と考えている彼女に下手な言葉が届く気がしなくて。
家に置いてあった哲学の本でちらっと見たことがある言葉をアレンジして。
「百合は百合」そんな言葉を送ったのだった。
「そんな百合が、自分から女の子らしくなろうとするってのも変わったもんだよな」
「そだね。変わろうと思ったのもあるし、修ちゃんのおかげかな」
「そっか。なら光栄」
「本気だよ?」
「わかってる」
順番が近づくに連れて、途中までのキャッキャしていた様子は鳴りを潜めて。
少しずつ言葉が短くなっている。彼女が物思いに浸るときの癖だ。
そして、順番が来て、いよいよ念願の観覧車。
なんだけど、最初はキャッキャするつもりだったであろう百合はといえば。
ただ、じっと窓から外の景色、つまりは夕日を眺めていた。
まるでずっと記憶に留めておこうとするように。
実際、百合の特性である恐ろしいほどの記憶力の高さ。
それがあれば出来てしまうんだろう。
「そういう風な姿も魅力的だよな」
ガラにもない。そう思うけど、ある意味では彼女の地でもある。
ほっとかれてる。
そう感じる彼氏もいるだろうけど、そんな姿を見ているのも好きだ。
「そう言ってくれるのは修ちゃんだからだね」
すっとこちらを向いたかと思うとただ穏やかな表情で見つめてくる。
気まぐれだけど、こういう風なただ優しげな顔をすることもある。
「何か思い出してたのか?」
きっとそうだろうと当たりをつける。
「わかる?」
「なんとなくな」
今の雰囲気で多くを語るのは何か無粋な気がして。
それだけを端的に返す。
「小学校の頃。一緒に観覧車乗ったことあるよね。それ」
「ああ。あの時な。と言っても俺はうろ覚えだけど」
二人っきりでもないからあの時とは色々違うけど。
子ども心に夕日がどこか切なく感じたのを覚えている。
「あの時ね。なんだか切ないなって思ったんだ」
「切ない、か。それは俺もかな」
一日がもう終わってしまう。
だからだろうか。
「でもね。今はちょっと違うの。ただ良かったな、って」
「憧れの観覧車に乗れたのが?」
「ううん。修ちゃんと一緒なことが」
もう、ほんとに百合ってやつは。
「俺もかな。百合と一緒で良かったよ」
百合と俺は違うところも多い。
でも、似ているところだってある。
子どもの頃の景色を今も心に残しているところ。
懐に入れる相手は結構選んでるところ。
物事や人間関係を冷静に観察してるところ。
懐に入れた相手に深い想いを抱いてしまうところも。
「百合がずっと恩に思ってくれてるのは知ってるけどな」
と少し言葉を探しつつ。
「そこは俺も同じなんだよ。居てくれて良かったって」
あの階段で語り合った日々を思い出す。
次は何をしようか。
あのゲームの攻略法は。
セミの生態は。
ただ、どうでもよいことを語り合っていた時を。
「そっか。なら私も光栄なのかな。隣、いい?」
「もちろん」
「ありがと」
すっと隣に移動してきた百合がどこか感慨深げな声で言う。
「キス、しようか」
キス、しよ?じゃなくて、しようか。
今は
「そうだな」
隣にいる、昔からいてくれた今は最愛の人。
その顎を少し上に向けると、目を閉じてそっと口づける。
唇が触れ合うだけの、最近は意外に機会が減ったキス。
「……私たちの関係も変わったのかな」
どこかしんみりした様子で見つめてくる百合。
「どうだろ。変わったところもあるし、変わってない部分もあるかもな」
そんな曖昧な答え。
今は言葉で色々語ることが少し無粋に思える。
「また来年も一緒に来たいな」
「来月でもいつでも行けるだろ」
「一年に一回の方が記念日感があるでしょ?」
「百合はそういうの好きなんだから」
「知ってるでしょ?」
「知ってる」
こうしてどこか言葉少なに締めの観覧車での会話は終わったのだった。
観覧車を降りた俺たちは手をつないで帰りながら語り合う。
夕日は地平線に沈もうとしていて、もうすぐ夜が来る。
「観覧車、きっとあの二人。特に花守さんにはいいと思う」
「根拠は?」
「なんとなく。私とどこか似てる気がするから」
「ならそうなのかもな。高田君は飄々としてるからわかりにくいけど……」
どうだろう。あの二人だって高校からずっと仲良くしてるんだ。
何かしら大事にしてる思い出だってあるだろう。
なら、それを語り合うのにこういうところはいいかもしれない。
「いや、高田君にとってもいいだろうな。推しといてくれ」
「あの二人、うまく行くといいね」
「そうだな。ま、今日のデートは半分以上口実だったけど」
「わかってる」
いつもと違う雰囲気で、お互いの昔を思い出しながら、
少し静かに帰った俺たちだった。
(きっかけ作ってくれたあの二人には感謝かな)
でもなけりゃここには来てないだろうし、な。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
最初は一話のつもりだったのですが、結局3話に分割になりました。
次は口実にされた二人についてのお話の予定です。
引き続き、新婚夫婦のお話は続きますが、
楽しんでくださったら、応援コメントや★レビューいただけますと励みになります。
☆☆☆☆☆☆☆☆
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