第80話 下見デートではなくて(中編)

 メリーゴーランドでたっぷり修ちゃんとイチャイチャした私は、次の目的地、お化け屋敷の前に来ていた。


「本格派お化け屋敷、か。大人でも怖いって煽り文句だけど」


 廃墟をイメージした荒涼とした印象を受ける看板を見ながら旦那様がつぶやく。


「きっと怖がりな人なら、てレベルだよ。大人でも怖がりな人はいるし」


 そんな煽り文句を見ながら私は内心余裕だった。

 きゃーきゃー言いながら彼氏に抱きつく彼女の図。

 実は私的にちょっと憧れだった。今は夫婦だけど、高校のときには結局機会がなかった憧れが実現できるとあって私としてはワクワクものだ。


「その言い方でお前がやりたいことはわかるんだけどさー。怖がったフリだろ?さっきのはその……良かったけどさ」


 どこかもにょもにょとした口調だ。

 

「むぅ……」


 あからさまに旦那様に目論見を白状してしまったのはちょっと失敗だったかもしれない。仕方ないけど私のことだから付き合ってやるか、みたいなノリになりそう。


「ま、本丸は観覧車だろ。行こうぜ」

「そうだね。うんうん」


 そんなことで機嫌を損ねる私じゃない。わかってて付き合ってくれるのでもお嫁さんとしては嬉しかったりするのだ。


(どういう風にイチャつこうかなー)


 なんて思っていた私だったけど、その予測は完全に甘かったことを思い知ることになる。


「な、なんていうか……思ってたのと違うね」


 三階建ての廃ビルを模したそのお化け屋敷はまず、再現度が凄い。打ち捨てられた作業機材や木材。床や壁は不自然に変色していて、あからさまに血みどろじゃないけど、何か事件性がある現場……もちろん行ったことがあるわけじゃないけど……を想像させて、ゾクっと身震いがする。


「たしかにな。本格的っていうのも頷けるというか。前に廃ビルを訪ねてみたことがあるんだけど、再現度もなかなかだ」


 なのに、修ちゃんと言えば至極落ち着いた様子。

 え?え?

 確かに修ちゃんもまた怖がりじゃない。

 私みたいにやんちゃはしなかったけど子どもの頃、お化け屋敷を訪れたときも平然としていたものだった。


「そ、そうだね。うん。結構、再現できてるのかも」


 修ちゃんはいつの間に廃ビルなんて訪れたのだろうなんてツッコミをいれる心の余裕もなかった。本当にここで殺人事件でも起きたのかもしれない。そう思わせられる程本格的で、本当に怖くなってきていた。


「修ちゃんは別に怖く、ない……?」


 まさか私だけが怖いわけがない。そう思って尋ねてみたのだけど、


「うん?こういうので俺が怖がらないことは百合も知ってるだろ」


 何を言ってるんだろうと不思議そうだ。


「う、うん。そうだね」


 まずい。考えてみればお化け屋敷は口実だった。なのに、私が本気で怖がってしまっているのはとても恥ずかしい。


「うん?別に遠慮しないでいいんだぞ?二人ずつだから他に人もいないしさ」


 そうか。修ちゃんは入る前の会話で、私がいちゃつくのを遠慮してると思っているんだ。遠慮しているというか単純に怖いんだけども。でも、私にだってプライドがある。本気で怖がっていると思われるのは恥ずかしい。こんなところはむしろ女の子らしくないのかもしれないけど。


「うん。あ、ありがと。ちょっと怖くなってきたかも……」


 ぎゅっと修ちゃんの腕にしがみつく私。これは恥ずかしい。


「そうだな。ま、守ってやるからさ」


 仕方ない奴だなと言いたげないつもの笑顔。私の演技につきあってくれてるつもりなんだろう。私は実は本気なんだけどね!


「うん。頼りにしてる」


 人の温もりっていうのは不思議で、こうやってぎゅってしがみついているだけで幾分怖さが和らぐ。なんとなく、カップルでお化け屋敷に行く人たちの気持ちがわかる気がする。


 一階分の順路をたどり終えた私たちは次に二階へ。


(本当に事件が起きてそう!)


 KEEP OUTというテープが貼られた空間の中心にはドス黒い何か……きっとペンキなんだろうけど、変色した血の固まりのようにも見える。


「さすがにここまでやるとは凄いな……」


 ほう、と感嘆した風な修ちゃんだけど、私はもう一階の比じゃないほど怖くなってきていた。もう変なプライドにこだわってる場合じゃない。


「あの。修ちゃん、笑わない……?」

「別に笑うつもりはないけど。さっきから様子が変な理由か?」


 さすがに気づいていたらしい。


「うん。ちょっと恥ずかしいんだけど……本格的過ぎて、ちょっと怖い。出るまでぎゅっとしてていいかな?」


 目をそらしながら言う。

 余裕だと思っていたちょっと前の私を叱ってやりたい。


「ああ、そっか。昔、近くの廃ビルで行方不明事件が起こったことあったよな」

 

 言われて、そうか、と思い出す。

 当時、まだ小学生だった私は、本当に今考えれば危険極まりないのだけど、封鎖された事件現場の廃ビルに独り忍び込んだのだった。

 さすがに怖くなって奥に行くまでもなく退散したのだけど、その日は夜遅くまで眠れなかったのを覚えている。


「うん。実は誰にも言ってなかったけど、子どもの頃、あのビルに忍び込んだことがあってね。すっごく怖かったの」


 あまりに怖かったので記憶から封印していたんだけど、ようやくこのビルが私にとってとても怖い理由に思い当たる。


「お前も昔からやんちゃしてたもんなあ。ほら」


 ぎゅうっと肩を抱き寄せられる。肩ががっしりしてるなあ、とか、温かいなあとか、そんなことを唐突に感じてしまう。


「ごめんね。余裕ぶっておいて……」


 少ししょぼんとしてしまうと同時に、こんなに怖い本格的なお化け屋敷でも動じない修ちゃんは頼りがいがあるなあって。そんなことを感じてしまう。


「て、本気で頼られるとちょっと照れるな」


 やっぱり修ちゃんも男の子なわけで、頼られて満更でもないらしい。


「私も一応女の子だったんだね……」


 もうちょっと女の子らしくできたら、というのは時折顔を出す私のコンプレックスだ。もちろん修ちゃんが気にしていないのは百も承知。でも、もっと可愛げのある甘え方が出来たらとひっそりと気にしていた。


「お前がコンプレックスあるの知ってるけどさ。紛れもなく女の子だって」

「そこはわかってるの。言うと変な気持ちなんだけど、私にもちゃんと女の子らしいところがあったんだなって安心してるのかな」


 彼氏彼女。今は新婚夫婦だけど、それはどっちでもいい。とにかく、妙な話だけど少しコンプレックスが払拭された気がしていた。


「別に気にしている以上に普通に女の子だと思うぞ」

「たとえば?」

「こうやって肩抱いてると身体つきとか違うなって思うし」

「そ、それは……うん。そう」


 私は決して女子としては小柄で華奢な方じゃない。

 身長は平均的だし、胸もたぶんそれなり。

 太らないように運動や食事には気を遣っているけど、それはともかく。

 出不精な修ちゃんでもやっぱり私より背が高いし、がっしりとした肩。

 腕もどこかゴツゴツしている。


「本当に、ドキドキするなんて思わなかった……」


 肩を抱き寄せられている今は怖いという感情はなりを潜めていて、どこかほっとしている。それでいて、頼りになるな、なんて思っちゃってるんだからミイラ取りがミイラっていうこと?


「俺も、結構恥ずかしいんだけどな……」

「ホント?」

「そりゃそうだろ。演技だと思ってたからこっちも余裕だったわけでさ。本気で頼られたら、いつもよりなんか可愛く思えるし」

「そっか。なら良かったのかも。大好き」


 修ちゃんはずるいなあ、なんて心の中で思いながら、そんなことを自然と口にしていた。


「俺も、ま、大好きだぞ」

「照れてる?」

「そりゃな」


 こうして、第二の目的地、お化け屋敷は予想外の効果を私達に与えてしまったのだった。


「このお化け屋敷、本格的過ぎるから花守さんには伝えた方がいいかも」


 数十分してようやく全部を回り終えた私たちは、外に出てベンチでくつろいでいた。


「なんせ、あの百合が本気で怖がるくらいだもんな」

「意地悪」

 

 なんだか憎たらしくなってきて、お腹をぎゅっとつねってみる。


「ちょっと、痛いっての」

「色々恥ずかしかったんだから」


 もちろん、本気で怒ってはいない。きっと、後々まで変な意味で思い出に残っちゃいそうだけど。


「俺は嬉しかったけどな」

「頼りになったなとは思ったけどね」


 よし。気を切り替えよう。

 気がつけば時刻は午後4時近く。


「本日の締め!観覧車へGO!」

「そこのところはいつもの百合だな」


 さっきのどこかムードのある雰囲気は雲散霧消。

 でも、最後の観覧車は本気で憧れだ。

 大好きな人と一緒に観覧車から下界を見下ろす。


 物語ではよくあるし、実際のカップルだって多いだろう。

 そんな憧れがようやく実現できるあった心が浮き立った私だった。


(ごめんね、花守さん)


 あんまり参考にならないかもしれない。

 心の中で友達にひっそりと謝ったのだった。

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