第79話 下見デートではなくて(前編)
週末の土曜日。俺と
下見という名目のデートだ。
「
いつものように腕を組んできて喜色満面のお嫁さん。
「雨だったら勘弁。そういえばいつもと服違うな」
まじまじと隣の嫁さんを観察してみる。
ロングスカートにベージュのセーターといった装いで秋によく合ってる。
以前に送ったネックレスをつけてくれるのも心憎い。
「ちょっとだけ大人っぽさ意識してみたけど、どう?」
感想は?と目で尋ねてくるところが可愛い。
「いつもとイメージ違うけど、似合ってる」
「可愛い?」
「言わせるのかよ」
「言って欲しい」
「わかったよ。可愛いし少し大人ぽいのもいい。ネックレスもな」
ますます百合は俺のツボを心得て来てる。
「んふふ。ありがと♪」
機嫌がさらに良くなった百合はもっとぎゅうっとしてくる。今更そこで意識するほど付き合いは浅くないけど、少し照れくさい。
「まずはどこ行く?最後は観覧車としてさ」
「メリーゴーランド!」
「うぇぇ。お子さんが多くないか?」
「たまには童心にかえってみようよー」
「わかった……」
大学生がメリーゴーランドとか変に思われないだろうか。
ま、隣の百合が楽しそうだからいいんだけどさ。
というわけでまずはお望み通りメリーゴーランドへ。
「ちょっとお姫さま気分?」
俺たちが乗ってるのは馬車を模した乗り物。
そんな中、窓から晴れた空を見上げてぽわわんとしている百合だ。
「お姫さまって柄じゃないだろ」
好奇心と悪戯心の固まりの百合はどうにもお姫様といったイメージじゃない。
「お転婆なお姫様っているでしょ?」
「自分でお転婆なんて言うかよ」
「事実だから仕方ないよ」
相変わらずあっけらかんとしているなあ。
「そう言われればお転婆なお姫様かもな」
「でも、修ちゃんは王子様って柄じゃないね」
「そりゃそうだ。百合的にはどういうイメージなんだ?」
どういう風に見ているのか。
気になってなんとなく聞いてみた。
「うーん……側仕えの従者?」
その言い様はあたっていて自然と笑ってしまう。
「お姫様が従者と結婚してていいのか?」
「駆け落ちって便利な言葉があるでしょ」
「うーん。やっぱりお姫様じゃないなあ」
あっけらかんと駆け落ちするお姫様ってのはどうなんだ。
秋晴れの少し涼しい中、軽口をお互い叩き合っていると、ふと少しの間、
無言の間が出来る。
「キス、しよ?」
隣の百合がしなだれかかって目をつむって見上げてくる。
(ああ、可愛いなあ)
思わず流れに任せてそのまま口づけを交わしていたのだった。
「あのー……お客様」
係員の声で我に返るも時既に遅し。
順番待ちの人たちがなにやらひそひそと話していたのだった。
「あー、もう。百合があんなところでキス迫るから」
「でも、今日は修ちゃんも乗り気だったよね?」
悔しいけど見抜かれている。
キスをねだる流れが自然で心の中ですらツッコミを入れられなかった。
「百合が勉強し過ぎてちょっと怖いんだけど」
男を落とすための仕草というのだろうか。
百合がしばらく前からそういうのを勉強していたのは知っていた。
ただ、自然にキスしていた今日は完敗もいいところだ。
「もっと好きになって欲しいっていうのは嫌?」
「嫌じゃないから困るんだよ」
しかし、そういえばさっきの香りは何だったんだろう。
キャラメルみたいな甘い香り。
そっと距離を近づけて、注意深く香りを嗅いでみると、
やっぱり甘い香りがしてくる。
「ひょっとして、なんか甘い感じのは香水か?」
「ようやく気づいてくれた?」
「さっきキス迫ってきたときになんとなくな」
「良かった?」
「なんていうか、百合らしい香りだったよ」
「今度からデートのときはつけてこようかな♪」
「……つけてくれると嬉しいかもな」
歩きながら周りを見渡せばカップルに家族連れ。
女子グループなどなど。
その中には、どこかぎこちない男女の一組も。
手を繋ぐかどうか迷っているようにも見える。
カップルというより、付き合う前の男女だろうか。
って、今日の本来の目的は。
「……遊園地を侮ってた。花守さんが誘うにもここはいいんじゃないか?」
すっかり普通にデートしていた自分自身に愕然としてしまう。
「修ちゃん完璧に忘れてたよね?」
「百合もそこは同じだろ」
「否定しないけどね」
でも、半分以上口実なのはわかっていたことだ。
次はどこに行こうかと思案していると。
「次はお化け屋敷に行こ?ちょっとやってみたかったことがあるんだー」
百合がやってみたかったことがあるという時は大体ロクでもないことだ。
「アリだけどお化け怖いってガラじゃないだろ」
ホラー系ガンシューティングゲームもなんのその。
ゾンビもの映画では「この人、死亡フラグ立ったよね」
なんて平然と言ってくるのが百合なのだ。
子どもの頃でもお化け屋敷の裏側を調べようとしていたくらいだ。
と、今日の百合のノリを考えて目的がわかった気がした。
「なるほど。つまり、イチャイチャしたいと」
嫌でもわかってしまう。
「もちろん、二人がいい雰囲気になれそうかチェックも兼ねてだよ?」
絶対そっちはついでだろ。
そう言いたくなる笑顔で、
「よし。まあ行くか!」
で、そんな笑顔に改めて魅了されてる俺も俺。
「そうそう。楽しむのが大事!」
でも百合はきっと変なことを企んでそうだよなあ。
(降参するしかないんだけど)
心の中で落とされてるなあと自嘲しつつも。
お化け屋敷に向かった俺たち二人だった。
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