第15章 恋のキューピッド
第74話 自覚のない天才と変わり者
秋の麗らかな日差しが差し込む理学部F棟ラウンジ。
普段は滅多に使う人もいないこの場所。
私と修ちゃんは
「
俯いて申し訳なさそうな花守さん。
「でも。これ以上高田君に迷惑はかけたくないから。よろしくお願いします」
「別にいいんだけどそこまで深刻にならなくても」
大きく頭を下げられた修ちゃんは少し困惑気味だ。
それも当然かもしれない。
「私もあの頃は黒歴史だから、花守さんの気持ちは凄くよくわかるけどね」
「でも、百合さんは克服できたんだよね?」
「大したことじゃないけどね。先生もただの人だって、納得できただけだから」
小学校高学年になって、クラスメイトよりもだいぶ勉強が出来た私は正直言って、
少し調子に乗っていたと思う。
「先生!そこはおかしいと思います!」
そう得意げになっていたのが今となっては恥ずかしい。
担任の先生は
「そうね。
なんて力なく笑ってたっけ。
あの時の先生の寂しそうな顔を思い出すと胸が締め付けられる。
きっと、担任の先生は自分の不甲斐なさに自己嫌悪してたんだろう。
当時の私はそんなことも理解できなかったけど。
「私も理屈ではわかってるつもり。でも、大学の先生って高校までと違って、その道の専門家でしょ?素人の私に間違いを指摘されるのはどうなの?って心の中で思っちゃう自分がいて……」
自嘲する花守さん。きっと彼女は凄く頭がいいんだろう。
私もいつしか流す術を覚えたけど彼女の苦悩はよくわかる。
きっと、聞いてるだけで間違いに気づいてしまうんだから。
「あのさ。ちょっと気になってたんだけど、花守さんは自分のことを素人っていうけど、俺にしてみれば花守さんの方が専門家で先生のほうが素人って気がしたぞ」
修ちゃんの意見には完全に同感だった。
あの時の彼女には「先生が間違っている」という揺るぎない確信があった。
とても付け焼き刃の知識で出来ることじゃない。
「うーん。そうかな?確かに人よりちょっと得意かもしれないと思うけど……」
そうは言っても彼女も納得が行ってないらしい。
「ひょっとして高校生の時にコンクールに出たり、賞を取ったりしてない?」
大学に入ってからプログラミングについてネットで検索したときだったっけ。
彼女らしき名前を見かけた気がしたのだ。
「うーん。高校生プログラミングコンテストで最優秀賞をとったことはあるけど」
え。今、花守さんは一体何を?
隣の修ちゃんもマジかという顔をしている。
道理で名前を見かけた覚えがあるはずだ。
スマホで「高校生プログラミングコンテスト 最優秀賞」と検索すると、
確かに一昨年の最優秀賞受賞者に彼女の名前がある。
「あのさ。それって十分大したことだと思うんだけどさ」
修ちゃんも顔が引きつっている。
彼女が誇らしげな顔をしていたら自慢のつもりかと疑っていただろう。
受賞理由を見ると「オリジナルの高性能プログラミング言語Fastyの設計と実装」とある。なんでも、C言語と同じくらいの性能を叩き出して、Rustという最近注目されている言語と同等の安全性も両立しているとか。
私は彼女みたいにプログラミングで突出した技能を持っているわけじゃない。でも、C言語を多少なりともかじった身としては高校生でそんなものを設計できることがどれだけ規格外かはよくわかるつもり。
完全に私は勘違いしていた。
彼女はあまりにも頭が良すぎる。
それがちょっと出来る程度だと思っているから。
だから、先生の間違いがあまりにも初歩的に見えたんだ。
「あのね。花守さん。今の話を聞いて思ったんだけど、あなたはたぶんだけど、本物の天才だよ。あの先生じゃなくてもついていくのは難しいよ」
私だって努力せずとも勉強は出来る方だと思う。
でも、当然のように高校生で凄い実績をあげている彼女には遥かに及ばない。
単に勉強が出来るだけの私と、既に遥か先にいる花守さん。
似ているようでその違いはあまりにも大きい。
「たしかに人より少し出来るとは思うけど、天才だなんてないよー」
知らない人が聞けばきっと謙遜だと思うだろう。
でも彼女は本気で言っていることがわかる。
高田君が頭を痛める理由がよくわかった。
「俺も百合と同意見。下手したら講義も出来るレベルなんじゃないか?」
修ちゃんも彼女の実績を見たんだろう。
高校生の時に論文を書き上げて学会で表彰すらされてるとか。
「ええと。からかってるわけじゃない、ですよね」
「うん。本気だよ」
「自覚してないのが不思議なくらいだ」
修ちゃんの言う通り。
自覚しないで来れたことが不思議極まりない。
「学会で表彰されたときは、若いのに大したものだとか言われましたけど」
「けど?」
「てっきりお世辞かと思ってました」
お、お世辞……。
私も人とはちょっと変わっている自覚はある。
でも、彼女にはもうぜんっぜん及ばない。
「ということは、高校の時のあれこれは……」
あああと髪をかきむしる花守さん。
高校の時も圧倒的な知識量と理解力で先生を圧倒してたんだろう。
なら先生には怖がられるし、クラスメートも怖くなるに違いない。
癖だの何だのの次元じゃない。
これはあれだ。
最近アプリで連載されている漫画でみた
「私、何かやっちゃいました?」
ってやつと同じ話だ。
そんな人、現実にいるわけがないよね。
漫画を読んだときはそう思っていたけど。
「でも、ほら。原因がわかったならなんとかなるんじゃないかな?」
「高校の時、高田君に「花守はもうちょっと頭の良さを自覚しろよ」って言われてたのを思い出しました。私と仲良くしてくれるから贔屓目だと思ってたんだけど」
「掛け値なしの本音だったと思うよ」
「ですよねー」
がくんと俯いてしょぼんとした様子の花守さん。
「自分が情けないです。無自覚に先生を嬲るような真似をして……」
「そこまで責めなくてもいいんじゃないか?これから気をつければさ」
「高田君もこんなだから振り向いてくれないんですよね」
そうだと思う。
一瞬言ってしまいそうになったけど、かろうじてこらえる。
「とにかく、高田君に気づいたこと話してみたらどうかな?」
彼女のことをとても心配していた高田君だ。
打ち明けたらきっと安心してくれるに違いない。
「ようやく気づいたのかなんて言われそうで憂鬱」
「さ、さすがに言わないんじゃないかな?」
「そ、そうそう。高田君もわかってくれるって」
まさかこんな理由だったなんて誰が予想できただろう。
「明日、ちゃんと話してみる。でも、大丈夫かなあ……」
ひどく落ち込んだ花守さんにいい慰めの言葉が思い浮かばない。
でも……。
「ファイトだよ、花守さん!見直してもらうチャンスはまだまだあるよ!」
らしくもない、ちょっと熱い言葉で励ましてみる。
彼女は私以上に変だけど、とても純粋だ。
そういう意味ではやっぱり似た者同士でもある。
だから、彼女の想いが届きますようにと願わずにいられない。
もちろん、彼女にはほんっとうに及ばないと思うけどね。
心の中でちょっと苦笑いをしていたことは秘密だ。
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