第75話 その夜

 花守はなもりさんの衝撃的な事実を知ったその夜。


「ねえねえ、しゅうちゃん。この選択肢どっちがいいと思う?」


 夫婦の部屋でプレイしているのはいわゆるギャルゲー。

 百合が「男の子的な気持ちを理解したい」などと言い出したせいだ。

 待てないと言うので即日ダウンロード販売で購入したのだ。

 幸い、2000円とお安かったのでいいけど。


 購入したのは7セブンというタイトル。主人公やヒロインを含めた主要キャラがふとした事から特殊能力を発現する「レリック」を手に入れたことから始まる物語だ。能力者の数が7だからセブンらしい。


 今は最初のヒロインらしき、優等生で優しいと評判なお嬢様からの相談に乗るかどうかの選択肢が出ている。選択肢は


1.親身に相談に乗る

2.保留にする

3.断る


 の3つだ。


「これってフラグって奴だろ。1だとこの子のルート?に行きそうだけど」


 この手のゲームはほとんどやったことがないけど、話にはよく聞く。


「それはわかってる。修ちゃんはこの子を攻略したい?」

「また返答に困る質問だな……」


 横目でちらちらと伺う百合はといえば純粋にワクワクしている。

 大体、なんで夫婦で二人してギャルゲーをプレイしてるんだよ。


「別にそんなことで嫉妬したりしないから」

「それはわかってるんだけどな。うーん……」


 最初のヒロインたえは確かに設定通り、誰に対しても人当たりがよくて、責任感も強い。美人かと言われるとゲームのヒロイン全員美人じゃと思うけど。


 ともかく、百合にそういう性癖の部分を知られるのは恥ずかしいのだ。


「良い子だと思うけど、なーんかちょっと裏がありそうなんだよな」

「それでもあえて言うなら?」

「まあ、可愛いとは思うかな。いい子過ぎるのは逆に苦手だな」


 いわゆる完璧ヒロインという奴なんだろうけど、どうにも苦手だ。


「美人で優しくて気立てもいいのに、それでも?」

「やー。リアルで会ったら表面上の付き合いになりそう」

「そっか。私もちょっと本音を隠してる気がして苦手かな」


 というわけで、3.を選択。

 ヒロインはといえば

 「無理を言ってすいませんでした」と殊勝な態度だった。

 これでこの子のフラグは折れたのだろうか。


「やっぱ、百合くらいに色々打ち明けられる方がいいな」

「も、もう。こんなところで褒めても何も出ないよ?」


 この嫁さんはといえばほわーと何やら身悶えている。


「とりあえず今日はこのくらいにしないか?もう遅いし」


 時計をみればもう23時。そろそろ眠くなってきた。


「まだ寝るにはちょっと早くない?」

「それはそうだけど。なんかやりたいことでもあるのか?」

「うーん……イチャイチャしたい」


 というわけで、寝る前に何をするかと言えば。

 百合にぎゅうっと抱きしめられている。

 

「うーん。暖かい。癒やされるよ―」

「今日はちょっと疲れたしな」

「そうそう。というわけで、しばらくぼーっとしたい」


 ま、そういうことなら。

 同じく彼女の身体をぎゅうっと抱きしめる。


「心臓の音が聞こえるね」

「どんな感じだ?自分ではよくわからんけど」

「うーん……リラックスしてる感じ」


 なんていいつつもどこか不満そうだ。


「それが何か不満なのか?」

「せっかくお嫁さんに抱きつかれてるのに……」

「いやまあ、嬉しいんだけど。ちょっと慣れたというか」

「慣れた……」

「悪い意味じゃないぞ?安心するんだよ」


 夫婦として慣れてきたせいなわけだし。


「というか百合も落ち着いてるだろ」


 人のこと言えるのか?と見据える。


「だって、私も安心するんだもん」

「ならお似合いってことでいいだろ」

「私達まだ新婚さんなのに」

「ドキドキするときもいっぱいあるだろ」

「むー」


 何が納得行かないのか。


「なら、明日はエッチしようね」


 また唐突なことを。


「いいけど、今から宣言するのはどうなんだよ」

「言っておかないと先に寝そうだから」


 否定はできないけど。


「そろそろ寝ようぜ。もう眠い」

「そだね。私も実はちょっと眠いし」


 ふわぁーと夫婦揃ってあくびをする俺たち。

 リモコンで常夜灯に切り替えると、とろんとしてくる。


「……花守さん、大丈夫かな」


 眠いからなのか、いつもよりふわっとした声だ。


「高田君は喜んでくれるとは思うけど、恋愛的にはなんとも」

「高田君は花守さんのこと好きになりそう?」

「男って案外単純だしなんとかなる気もするな」

「うまく、行ってくれる、といいな」


 もう目を開けてるのが辛くなってきたらしい。

 声もどこか途切れ途切れだ。


「入れ込む気持ちはわかるけど、まあなんとかなるって」


 言いながら優しく背中を撫でる。


「うん。きっとうまくいくよね」

「……あのさ。ひょっとして俺たちと重ねてるのか?」


 かつてのことを黒歴史と言っていた百合。

 だからこそだろうか。


「だって、今まで仲良くできたのはホントに修ちゃんのおかげだから」

「それはお互い様だって」


 でも。

 百合のことはだいぶわかってたつもりだけど。

 あの頃のことを今も気にしてるなんて。

 まだまだわかってないことはいっぱいあるんだろうな。


「……」

「おい。百合?」

「……」

「寝ちゃったか」


 寝顔が可愛らしくて、頬に触れてぷにぷにといじってみた。


「そんなことされたら起きるんだけど」

「悪い。今度こそ寝るか」

「むー。じゃあ、私がほっぺたぷにぷにするから」

「ちょ、ちょっと待て。眠いんじゃなかったのか」

「ほっぺたぷにぷにしたくなったの」


 というわけで寝る前のさらに一時間。

 お互いのほっぺたをひたすらぷにぷにしあった俺たちだった。

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