第65話 昔の百合と今の百合
「いやー、悪い。友達が迷惑かけたみたいでさ」
長身でそれでいて鍛えられた身体の男子-
「別に迷惑ってことのほどは……なあ、
言って目配せをする。
「そうそう。ちょっとだけ冷やっとしたけど」
なんていいつつ少しだけ苦笑いの百合。
「って、俺は
「私は
とりあえず簡単な自己紹介くらいはと、頭を下げる。
「俺は
「私は……
それを聞いて納得が行った。
花守の……あの恐ろしいまでの知識量の出処が。
「私からもごめんなさい。先生の間違いを見つけるとヒートアップしちゃって」
先程の剣幕はどこへやら。すっかりとシュンとした花守さんだった。
「大丈夫だって。大昔のこいつも似たようなことやらかしたことあるくらいだしさ」
「ちょっと修ちゃん。さっき黒歴史だって言ったばかりだよね?」
「逆に大昔の話ならいいだろ?」
「まあ……いいけど」
なんてちょっとした掛け合いをしていた俺たちだけど。
「その……二人は兄妹か何かなのか?苗字も同じだけど」
「それ、私も気になってた」
あ。そういえば、仲が良さそうにしてる男女の苗字が同じだと気にはなるか。
「言っちゃっていい?」
この嫁さんは何嬉しそうにしてるんだか。
OKを意味するアイコンタクトを送ると、
「ここにいる修ちゃ……修二君は、私の旦那様なの」
「まあ、そういうこと。一年で学生結婚ってのもちょっと早いけどな」
考えてみれば大学という場所は高校までとは結構違う。
こうして同じ講義を履修してもロクに絡まないのがむしろ普通。
「へー。学生結婚って聞いたことはあるけど、一年生でいるとは」
「意外にあっさりしてるな?」
もっと驚かれると思っていたのだけど。
「日本も広いし、探せばそういう奴もいるだろうってな」
「高田君、なにげに大物だな」
「うんうん」
夫婦揃ってうなずく。
さっき花守さんを宥めていたときもだったけど、年齢以上にしっかりしている。
「そうかね……年相応だと思うんだけど」
「悔しいけど高田君は大人だよ。高校のときもいっぱいフォローしてもらったし」
ピンと来てない様子の高田君に、やっぱり縮こまった様子の花守さん。
「ということは二人は高校からの付き合い?恋人?」
「別に付き合っていはいないんだけど、志望がどっちも情報系だったからな」
「……そうだね」
さらっとした高田君に、どこか含みがありそうな花守さん。
この二人、なんかすれ違いがありそうだけど、今深入りしても仕方がない。
「そうそう。池波……って同じ苗字だな。百合さんも黒歴史がとか言ってたけど」
「小学校の時だけどな。先生に似たような感じで食ってかかったことがあるんだよ」
「だから、そういうのは黒歴史だって言ってるのに」
「だそうだけど、現在進行形で黒歴史を作ってる花守はどうなんだ?」
意地悪そうな笑みを向ける高田君に頬をふくらませる花守さん。
いいコンビだなと二人して微笑ましい視線を送る。
「私だって、大学生になったんだから、言い方があるってのはわかってるよ」
「わかってるのにスイッチが入ると止まらないのが困りもんだよな」
「スイッチが入らない方法があるのなら教えて欲しいー……思い出して来ちゃった」
凹んだのか花守さんが机にべたっと張り付いてしまった。
「まあ、言い方はともかく花守さん色々詳しそうだし、高田君もたぶん情報系は俺たちより詳しいだろ?色々教えてもらえると助かる」
「俺は花守ほどじゃないけどな。二人も退屈そうに内職してただろ」
「C入門の最初くらいなら前期に独学でやったし。なあ」
「うんうん」
というわけで、ちょっとしたきっかけで知り合った俺たち。
LINEの連絡先を交換して、また次の講義でと解散。
お昼休み、大学の学食の安い蕎麦をすすりながらのおしゃべり。
なのだけど、百合の表情が妙に暗い。
「なあ。一、二限のあとから妙に凹んでないか?百合」
対面で憂鬱そうに蕎麦をすするお嫁さんに聞いてみる。
「忘れたと思っていた黒歴史を突きつけられる身にもなって欲しいんだけど」
「今となってはあれも成長のいい機会じゃないか?」
「そうだけどー、そうだけどー」
遠い昔のいい思い出だと思ってたけど百合にとってはそうじゃないらしい。
頬を膨らませたり、頬杖をついたりと何やら表情がコロコロ変わって面白い。
「思い出すな。あの後、納得が行ってない百合をなだめるために苦労したっけ」
そう。「先生!間違ってます!」のせいで、小学校の頃に担任と揉めた百合は落ち込む……どころか「私は間違ってることを言っただけなのに」とご立腹の様子だった。
「覚えてるよ。「先生だって万能じゃないんだから」なんて言われたよね」
「百合は「そんなのわかってるけど……」って感じだったよな」
先生が何でも知っているわけじゃない。
当時の百合は既にそのくらいがわかるくらいには賢かった。
でも、自分たちを教える立場の先生が間違ってるのが許せなかったのだ。
「思えば、あの頃の私はちょっと早い反抗期だったのかも」
「反抗期か。言われてみればそうかもな」
その件に限らず、色々物知りになってきた百合。
だからこそ、色々言いたくもなったんだろう。
「逆にそういうのもなかった修ちゃんが凄いよ」
「俺は単に日和ってただけだし」
いたずらに学校での立場を悪くしても仕方がない。
だから、こいつのやり方に肝を冷やしていたけど。
でも、毅然といえる百合のあり方は少し憧れだった。
「花守さん……大丈夫かな?」
「もう一人の高田君が宥めてくれるだろ」
彼の方は常識人という感じだった。
だから大丈夫だろう。
「そういえば、今日は午後は何もないでしょ。遊びに行こ?」
「いいな。どこにする?」
「実は大学の近くに美味しいスイーツの店が出来たんだって。ほらほら」
こうして、午後の一時をゆったりと過ごした俺たち。
あの二人がどんな関係なのか少し気になるけど。
(ま、これからおいおい聞いてけばいいだろう)
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