第14章 大学一年生の秋

第64話 ちょっと変わった子との出会い

 後期最初の必修講義は、Cプログラミング入門。

 私達の学部ではプログラミングが必修になっていて言語にはCを使うみたい。


 小学校のプログラミング教育も必修になったって聞いたことがあるし、そういう世の中なのかな。


 私は前期から独学でやっていて、多少はプログラムを組めるようになった方なのでさすがに少し退屈。隣の修ちゃんはどうかといえば、同じように簡単なプログラムくらいは苦もなく組めるようになったタイプなので、やっぱりノートPCで何やら遊んでいた。


「えー。C言語での関数呼び出しは、値渡しと参照渡しの二種類があります。前者は、add(int x, int y)のような形で、後者はvoid swap(int* a, int *b)のような形になります」


 二限目でいきなり関数呼び出しまで説明しまっているけど早くない?周りついてこられているんだろうか……と心配になったのだけど、説明に少し気になる点があった。うーん。でも、便宜的に先生が言ってるだけかもしれないし、ま、いっか。


 少し引っかかる説明を流そうと思っていると、私より一列前に座っている小柄でポニーテールの女の子が、何やらガタンと音を立てて立ち上がって、挙手をしていた。


花守はなもりさん。何か質問ですか?」


 まだ年若い講師の先生が挙手を目に留めたみたい。


「はい!swap関数は参照渡しではないと思うのですが」

「いや?swapは参照渡しの典型的な例だと思いますが?」


 先生はといえば何を言われたのかわからないと言った様子。


「いいえ。そもそもC言語には値渡ししかありません」

「いやいや。何を言ってるんですか。C言語にはポインタがありますよね……何と説明したものか」


 間違った指摘をしたことに気が付かない学生にどう説明しようか迷っている教員の先生……だけど、この構図はまずい。なぜなら、間違っているのは先生の方だから。


「先生。本当に間違いに気づいておられないんですか?」

「いや、君が何を言っているのか……」

「まずは参照渡しの定義から始めないといけないですね。参照渡し、つまりcall by referenceの初期の用法は1965のSome proposals for ALGOL Xに見えますが、この論文における参照渡しは、swap(x, y)とした時にxとyが交換されているような物を想定しています。それ以後の用法も基本的に同じです。一方、先生の言う参照渡しは、ポインタによって参照渡しをシミュレートしただけのものです。先生、失礼ながら出典については調べられましたか?」


 興奮した様子でまくしたてる女の子-花守さん。私が読んだ本にも確かにその誤解が書いてあったけど、初期の出典なんかはさすがに知らなかった。というのはともかく、ヒートアップし過ぎてるような?


「って、落ち着けよ花守はなもり。そんなの授業の後でやればいいだろ?」


 ふと、隣にいた男の子が止めに入る。

 長身の細マッチョという感じだけど、童顔で少しあどけない感じの顔だ。


高田たかだ君。でも……」


 男の子は高田君というらしい。


「先生、すいません。授業再開してください」

「いえ。間違いかどうかについてはこちらでも調べ直しておきます」


 どうも指摘が正しそうだとなれば、先生も訂正しなければいけないんだろう。

 ということでお開きとなった。


「あの花守さんって子だけど、肝が冷えたな」

「昔の黒歴史思い出しちゃったかも」


 講義の後、皆が去った大教室で二人しゃべる私達。

 そう。

 あの子-花守さん-の物言いは私にとっても忘れたい大昔の黒歴史。


「小学校高学年の頃だっけ。お前、学校の授業完全に追い越してたもんな」


 思い出したのが苦笑いする修ちゃん。


「もう……ほんとうに忘れて」


 小学校の頃の思い出は大切だけど、あれだけは本当に消去してしまいたい。


 当時、授業をとっくに追い越していた私。

 先生が言ってることの中で間違っていることがわかるようになった私は、

 調子に乗って授業を遮って言ってしまったのだ。


 「先生!そこ間違ってます!」と。

 今なら授業時間後にこっそり伝えることも流すことも出来る。

 でも知性だけは成長した私は、そういう行為を良いことだと思っていた。

 結果、先生と喧々諤々の言い合いになって。

 他の先生に仲裁してもらうまであったのだ。


「良かったんじゃないか?中学以降で繰り返さなくてさ」

「だから、あの子が先生と言い争ってるの見たら他人事と思えなくて」


 あれをきっかけにいじめられるということはなかったけど。

 私=ちょっと変な子、という風評を確定させるに十分な事件だった。

 

「まあ、隣の男子が宥めてたし、花守さんも繰り返さないんじゃないか?」

「そ、そうだよね」


 きっとそうだ。そういうことにしよう。


「いやー、悪い。友達が迷惑かけたみたいでさ」


 謝罪して来た声の方を向けば、先程、花守さんを宥めていた男の子-高田君-だった。

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