第63話 夏休みの終わりに
「今日で夏休みも終わりか……」
二階のリビングでお風呂上がりに涼みながら、ぼんやりとこの二ヶ月を振り返る。
「ほんと色々あったなあ」
新婚旅行から始まって……と。
「修ちゃーん。ちょっとベランダ来てー」
窓の外からパジャマに着替えた百合が呼びかけてくる。
お風呂上がりの彼女は相変わらずちょっと色っぽい。
「ほらほら。綺麗な下弦の月だよー」
彼女が目を向けた先には確かに綺麗な半月。
「半月じゃなくて下弦の月とか言ってみたくなる辺りが百合だよな」
「ちょっとした冗談だよ。でも、きれいな半月じゃない?」
「そうだな……あ、スマホで撮れるか?」
胸ポケットから取り出して、夜空に向かって構えてパシャリ。
「あー、駄目だな。ボケボケだ」
目で見た美しさの1/10も再現できていない。
「一眼レフの望遠レンズだと綺麗に撮れるんだって」
「どこから聞いたんだよ」
「
「へー。そりゃ意外だな」
同じマイコン部の友達にして、育ちが良さそうな女子だ。
もっと優雅な趣味かと思ってたけど。
「いや、意外でもないか。マイコン部なんて入ってるくらいだし」
「それは智ちゃんにちょっと失礼だよー」
「しっかし、智ちゃんとかすっかり仲良くなったよな」
俺なんか百合の旦那って認識なのに。
「そこはやっぱり同性同士だし?」
「ちょっと嫉妬するな」
「む。浮気?」
「違うって」
「わかってる」
夏休み最後の一日だけどいい雰囲気だな。
隣の百合を見ると微笑み返してくる。
そういえば、やっぱり雰囲気が少し変わったよな。
「百合も夏休みで少し変わったよな」
「新婚旅行のおかげかも。もっと修ちゃんのこと好きになってる」
「嬉しいけど、あんまり肉食系にならないでくれよ?」
先日は急に凄く積極的になったから驚いたもんだ。
「旦那様が嬉しすぎること言ってくれるのが悪い」
「嬉しいけど、愛情表現はまあ人並みじゃないか?」
「全然違うよー。すっごく好きが伝わってくるの」
ああ、もう。
こんなにもはっきり言われたら俺も増々好きになるじゃないか。
「夏休み、ほんとに色々あったよな」
少し思い返してみる。
「私的にはやっぱり新婚旅行が一番大きかったな」
「そこは同感。飛行機は疲れたけど」
「うんうん。あれは私も本当に疲れた。でも、ロンドン楽しかったなー」
「またお金貯めて行こうぜ」
夫婦としての時間はまだまだたっぷりある。
「だね。後期からバイトも始まるし」
結局、優から紹介されたいとこさんの家庭教師に決定。
先日顔合わせをしてきたけど「良い子そう」らしい。
なら心配もないだろう。
「時間とかけじめだけは気をつけろよ」
「もう。修ちゃんは私のことなんだと思ってるの?」
「マイペースでちょっと変だけど大好きな嫁さん」
ちょっとクサ過ぎたか?
「そんなこと言われたらもっと好きになっちゃうよ」
こてんと身体を預けて甘えてくる。
「甘え方もうまくなったよな」
ぎゅっと肩を抱き寄せてみる。
「えへへー。それほどでも?」
以前までの無邪気な甘え方と違って、
最近の百合は男心をくすぐる絶妙な甘え方をしてくる。
知識を仕入れたらすぐ実践するからなあ。
「……修ちゃんはバイト、大丈夫そう?」
少しだけ憂いを帯びた視線を向けてくる。
でも……。
「研究所でのアシスタントだし、まあ大丈夫だろ」
悩んだ末に選んだのは、大学で募集していた研究所でのアルバイト。
情報科学系の研究室らしいけど、データ入力とか色々やるらしい。
「でも、なんでそこ選んだの?」
「将来食ってくんなら、そういうとこ行っとくのもありだろ。最近はプログラマーって売り手市場らしいし」
といっても人づてに聞いた話らしいけど、少しずつでも将来設計もしてかないと。
「私のためにありがと」
「二人のためだって。もう独り身じゃないしさ」
いずれ子どもを作るだろうし、稼ぎがいいに越したことはない。
「百合は将来の夢ってあるか?まだまだ先だけど」
ふと、このお嫁さんがどう考えてるのか知りたくなった。
「今が幸せだけど、うーん。人の心の研究をしてみたい」
「人の心?」
少し意外だった。
もっと普通に理系っぽい色々、たとえば情報科学。
生物、物理学とかそういうのだろうとばかり。
「最近、少し不思議に思うんだ。なんで私は修ちゃんといるとこんなに居心地がいいんだろうって」
「また俺が照れるようなことを」
「それに、ちょっと変な私だから逆にわかることもあるかもしれないし」
「というと?」
「たとえばね。受験の日のこと覚えてる?」
「あれな。忘れられるわけないって」
微塵も不安がなくて。
デート気分だった百合に優たちも俺も度肝を抜かれたものだった。
「頭ではね。ああいう日にデート気分って常識的じゃないってわかるんだ」
「……」
「でも、その常識ってどこから来たんだろう?前からよくそう思うの」
ああ、さすがに百合は鋭いな。
あの時は俺もなだめつつ、深く考えたことはなかった。
「で、百合
「たぶんね。普通の人は周りの人と違うのが怖いって本能があると思うの」
「本能、か……」
なるほど、言い得て妙だ。
周りが受験当日だと気合いを入れてるのに、非常識。
言い換えれば、周りと同じように振る舞うのが常識。
根本は確かに「怖い」んだろう。
「私はその本能がちょっと壊れてるから。だから、逆に知ってみたい」
「そういうのって心理学の本でも読んだのか?」
でも、こいつのことだから、きっと-
「ううん。なんとなくの直観。でも、たぶん当たってると思う」
昔から「人と少し違う」こと。
それを気にしていたから、ずっと考えていたんだろうか。
にしてもやっぱり頭の出来が違う。
「じゃあ、将来は研究職でも目指すか?」
「別に職業じゃなくてもいいけど、不思議だから色々知ってみたいな」
「まったく、頭のいい嫁さんを持つと大変だ」
「でも、修ちゃんがフォローしてくれたからでもあるからね?」
「どういたしまして」
今日の百合はいつにも増して多弁だ。
夜空の月を見上げる彼女は一体何を考えているんだろうか。
でも、そんな少し不思議な彼女を支えたいと強く思う。
「後期に入ればもう少し涼しくなってくるし、デートスポット開拓するか」
「それだったら、色々おいしい店行きたい」
「お金……といいたいけど、百合のバイト、割がいいからなあ」
「しばらくは私が多めに出してもいいよ?」
「そこは男としてのプライドが……うーん」
俺のバイトも別に時給だとそれなりだ。
しかし、夏休みでずいぶんお金使ったし……と思うと悩ましい。
「そんなこと気にしなくていいのに」
「見栄は張りたいんだよ」
「変な旦那様」
「まあ、今どきちょっと古いかもな」
令和の今だ。
男が女に奢るのが当然なんて昔の価値観っていう人だって多い。
「でも、ちょっと見えっ張りなところも好きだから……こっち向いて?」
蠱惑的な声。反射的に、ああこれスイッチ入ったやつだなと直感。
でも、まあいいか。そう思って百合の方に向き直ると-
「うぅん……」
目を閉じたお嫁さんが唇を押し付けて来ていた。
こいつも結構ロマンチックなシチュ好きだからな。
心の中で少し笑いながら、キスに身を委ねる俺たち。
「はぁ。こういうのちょっとしてみたかったんだー」
「だと思ったよ」
「後期も仲良くしようね。旦那様」
「こちらこそ。俺の嫁さん」
その後も、深夜に入るまで語り明かした俺たちだった。
後期はどういう風になっていくだろうか。
俺と百合の関係もまた少し変わっていくんだろうな。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
夏休みのお話もこれにて終わりです。
次は一年生後期編です。
サークル仲間や、もう一組のカップルのお話。
それとバイトのお話も描いていければと思います。
新婚夫婦の先を読んでみたい方は、応援コメントや
もっと先読みたい:★★★
まあまあかな:★★
この先に期待:★
くらいの温度感で応援してくださるととっても嬉しいです。
☆☆☆☆☆☆☆☆
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