第62話 「愛してる」と寝る前に言ってもらった

 アルバイトについて話し合ったその日の深夜のこと。


「修ちゃん。家庭教師のバイトって、登録サイトいっぱいあるんだけど、どこにすればいいと思う?」


 寝っ転がりながらノートPCを膝に乗っけて、家庭教師派遣サイトを色々見ているのだけど、時給は安いものなら1500円、高いものだと3000円以上とホントに色々。


「時給は高い方がいいんだけど、その分なんだかきつそうな気もする……」


 教えるのは嫌いじゃないけど、バイトはバイト。

 やっぱり時給が良い方が良いに決まってる。

 でも、時給が高いということは教える方だって色々大変に違いない。


 しかも、家庭教師をやってる友達もいないから、どれがいいとかもわからない。


「ちょっと待ってくれ。今、聞いてみてるから」


 同じく寝っ転がりながらスマホに向かってポチポチとしている修ちゃん。

 こういうところもなんだかカッコいいかもしれない。

 仕事の出来る旦那様、みたいな?


「聞いてみてる?」

「人づての方が時給もいいし融通も効くんだってさ」

「そうかも……」


 間に会社が入るのだと、その会社が手数料を取るのだと思うし。


「お。ゆうのいとこが家庭教師探してるらしいぞ」

「そういえば、優ちゃんはいとこさん居たような気がする」


 幼馴染で同じ大学にも通っている春日かすがゆうちゃん。

 修ちゃんは何やら友達伝手に聞いてくれていたらしい。

 なんだか大事にされてる感じがして嬉しい。

 こんな些細なところにもときめいたり、どんどん好きになっちゃってる。


「ほい。これで百合ゆりがOKならそのまま頼んでみるぞ」


 ぽんとLINEが表示されたスマホを手渡される。

 えーと……。


【家庭教師ねえ。いとこが今高二で、来年受験生だから塾か家庭教師探してたけど】

【助かる。ちょっと聞いてみてもらえるか?】

【あの子の頭なら問題なさそうだし、うん。ちょっと待ってて】


 十分前くらいの履歴だ。

 優ちゃんも色々言うけど、私の成績面はきちんと評価してくれてるらしい。

 なんだか少し誇らしくなる。


【返事来たわよ。週1に2時間でスタート。月謝は5万円までなら出せるそうよ】

【つーことは、時給5000円以上か。滅茶苦茶割がいいな】

【いとこのところ結構お金あるし、大学もいいところ行かせたいみたい】

【でも、逆に気が引ける感じあるな】

【大丈夫でしょ。あの子、受験当日にデート気分だったくらいだもの】


 う。受験当日のあの日のことかー。※29話参照

 確かに、普通に大丈夫だろうとなんとなく思ってたのは確かだけど。

 受験当日にちょっと羽目を外しすぎたかもと今となっては思う。


【ま、そうだな。良さそうか百合に聞いてみるから】

【お願いね】


 ずいぶんと優ちゃんにも修ちゃんにも信頼されているらしい。

 私が成績優秀というのはそうなんだろうけど、未だに少し実感が湧かない。

 昔から調べ物も新しいことを知るのも好きだったから、本当になんとなくだし。


「なんだか、私すっごい信頼されてる?」

「お前の頭の良さは本当、折り紙つきだって。特に優とか痛いほどわかってるだろ」

「そういうものなのかな」

「そういうものだって」

「よし!じゃあ、やってみようかな」


 と、よく見るとLINEには続きがあるみたい。

 画面をスワイプしてみると。


【そういえば、一応聞いとくけど、優のいとこって男子か?】

【女子だけど。どうしたの、急に?】

【いや、なんとなく。同性の方が百合も気が楽だろ】

【そういうことね。納得】


 あれ。このやり取りって。


「ねえねえ。優ちゃんに相手が男の子か聞いてるのって、ひょっとして……」


 夕食のときを思い出す。

 もし相手が男の子だったらと少し不機嫌そうだった旦那様。


「そこまで見るなよ」

「だって、気になるでしょ?でも……やっぱり修ちゃん、気になってたんだ?」

「なんとでも言え」


 気がつけば私に背を向けて、不機嫌を装ったような……恥ずかしそうな声。


「もう……そういうところも大好き!」


 思わず背中からぎゅっとしてしまう。

 ああ、幸せ。

 そうして、思う存分背中からのハグを堪能した後のこと。


「ね。そういえば、今夜からだよね。「愛している」っていうの」


 頭が少しぼんやりして来たけど、せっかくだから聞いてみたい。

 

「やっぱ言わなきゃ駄目か?」


 少しそっぽを向いて、なんだかもにょもにょとした様子の修ちゃん。

 照れてる、照れてる。こういうときは、ほんとに可愛い。


「約束したと思うんだけど?」


 きっと今の私の顔を鏡で見るとニヤけ切ってるに違いない。

 だって、約束をきっちり守ってくれるのはわかりきってるから。

 

「ほら。早くー」


 ゆさゆさと身体を揺さぶって、愛の言葉をおねだりしてみる。

 こういう感じの、なんだか女の子らしいかも?


「わかった…あー」


 くるんとこちらを向いて、じっと見つめられる。

 なんだかちょっとドキドキして来た。


「百合。ずっと愛してる」


 愛してる、愛してる。

 しかも、ずっとって。

 これはたしかに嬉しい。

 好きっていう言葉もいいけど、愛してるだともっと重い気がする。

 ああ、これ、なんか駄目だ。

 

「ちょ、ちょっと。百合?」

「うん!私もずっと愛してる!」


 勢いのまま思いっきり身体中で抱きついて、唇を押し付ける。

 

「んぅ……」

「はぁ……」


 このまま寝るのが惜しい。

 さっとリモコンに手を伸ばして常夜灯に切り替える。


「なんか目がギラついてるんだけど」

「なんか食べちゃいたい」

「最近、変な知識仕入れ過ぎ。以前はそんなこと言わなかっただろ」

「そういう気分だから。修ちゃんも照れてるだけで乗り気みたいだけど?」

「俺的にはそこまで積極的だと複雑なんだよ」


 そういうもの?


「細かい事気にしない!」

「俺的には気にするんだけど」


 というわけで。


◇◇◇◇


 私から先に仕掛けたそんな夜の数時間。

 

「はぁ。なんだか今日はすっごく良かった……」


 なんだかわからないけど、とにかく良かった。


「まあ、俺も良かったけど」

「修ちゃんも途中から完全にノッてたくせに」


 睦事を終えると、不思議と修ちゃんはこういう風になることが多い。

 嘘のように落ち着いた声になるし、少しそっけなくなる。

 あ、なるほど。これが例の雑誌とかにあった……。


「こういうのが賢者タイムっていうのかな?」

「男としては恥ずかしいから言わないでくれ」

「恥ずかしいの?」

「色々とな。女性はそういうの無いのかよ」

「んー。ある人はあるみたいだけど、私はあんまりない、かな?」


 今も薄っすら余韻が続いているくらい。


「でも、愛してるとかその一言がそこまで嬉しいもんか?」

「それは嬉しいよ。って、私もさっき初めて知ったんだけど」

「百合がなんかどんどん変わっていく気がする……」

「それは修ちゃんのせいだよ」

「いやいや。お前が妙な知識仕入れてくるから」

「妙な知識って……。でも、これからも毎日期待してるからね?」

「なんか色々負けた気分だ」

「なんで?Win-Winじゃない?」

「男のプライド的な意味で」

「変なの」


 こういうのはやっぱり男女の違いなんだろうか。

 長年の付き合いでも、こういうことはまだまだわからない。


(でも、他にも色々出来そう)


 愛してる、だけでこれだ。

 もっと知識を仕入れて色々試してみよう。

 そう決意した私だった。

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