第61話 バイトについて考えてみた

「えー、今週いっぱいは真夏日が続く予定で……」


 家族四人で夕食を囲む席で、テレビから天気に関するニュースが流れてくる。

 ちなみに暑すぎるから、さっぱりと今夜は冷やし中華だ。


「9月中旬なのに、また35℃超えとか勘弁して欲しいな」

「だよね。修ちゃんじゃなくてもぐったりだよ」


 ちゅるちゅると冷やし中華をすすりながら夫婦二人して愚痴る。


「そうだな……俺たちが学生の頃はもう少しマシだったものだけど」

「そうよね。やっぱり地球温暖化の影響かしら」


 お義父さんたちから見てもやはりこの暑さは異常らしい。

 幸い、我が家は二階のダイニングにもエアコン設置。

 家にいる限り暑さで死ぬなんてことはない。


「そういえば、私達もそろそろバイトしようと思うんだけど、どうかな?」

「いいんじゃないか?大学生にもなればバイトなんて普通だしな」

「そうそう。バイトもいい人生経験よ」

「でも百合って、バイトするにしても場所選びそうじゃないですか。お義父さんたちはどう思います?」


 そう。それが問題だ。百合ははっきり言って頭がいい。

 ただ、ここ最近は改善されたとはいえ本質的には気まぐれだ。

 だから接客系のバイトは極力避けた方がいいと思うんだけど……。


「そうねえ。百合は家庭教師みたいなマンツーマンで出来るバイトなんかいいと思うわよ」


 さすがに娘の性質を熟知しているお義母さんならではの意見だ。


「いや。あえて飲食店で接客の練習をするのもいいんじゃないか?」


 と、ここでお義父さんの意外な意見。


「でも、百合だと時間に遅れたりとかしそうで俺としては心配ですよ」

「最近はきっちり朝早く起きてると思うんだけど?」


 少しムッとした様子の俺のお嫁さん。


「それは助かってるんだけど、時間にルーズなところは変わってないだろ」


 そう。たしかに新婚旅行から帰ってきた百合は変わった。

 ただ、あくまで対俺限定のことであって、基本的なところは変わっていない。


「じゃあ、修ちゃんは何が向いてると思うの?」

「そうだな……。データ入力系のバイトとか向いてるんじゃないか」


 最近はExcelを使ったデータ入力をメインにするようなバイトがあると聞く。

 マイペースな百合にはあっているはず。


「向いてるとは思うけど……退屈そう」


 うーん。他には何かあるかな。


「あとはそうだな。やっぱり頭の良さを活かすのが……」


 と考えて、


「やっぱり家庭教師いいんじゃないか?一対一なら合わせやすいだろ」

「うーん。教えるのは嫌いじゃないし。修ちゃんがそうまで言うのなら……」


 お。百合の奴もようやく少し乗り気になって来たみたいだ。


「だろ?うちの大学、レベル高いから大学生の家庭教師バイト需要あるらしいぞ」

「じゃあ、とりあえずちょっと探してみようかな。でも……いいの?」


 瞬間、悪戯を思いついたときのような表情になった。


「いいのって、そりゃ別に悪いことなんてないだろ」


 一体、何を言いたいんだか。


「家庭教師だから、ひょっとしたら高校生の男の子担当するかもしれないよ?」


 む。家庭教師になった百合。真面目で向上心のある男子高校生。

 生徒に教えている内にいつしか情がうつっていく百合に、

 茶目っ気のある先生にいつしか惹かれていく男子高校生。

 想像して、悔しいけど嫌な気持ちが湧いてきてしまう。


「ま、まあ。マンツーマンって言ったって妙なことにはならないだろ。普通」


 そうだよ、そう。変な寝取られものの漫画じゃあるまいし。


「実はちょっと想像して嫉妬してる?」


 く。なんで今日に限って百合がやけに小悪魔めいた仕草を。


「まあ少しは。でも、担当するのが男子とは限らないだろ」

「ふふっ。なんか嬉しい」

「なんで喜ぶんだよ」


 何故かニタニタしてる百合を睨む。


「だって……修ちゃんがそれだけ私のこと大好きだってことだよね?ね?」


 いつの間に百合はこういう小悪魔めいな仕草を覚えたんだ。


「そりゃまあ、そうだけど。なんかお前、変なネット知識でも仕入れたか?」


 というかそうに違いない。

 百合は基本的には照れることはあっても、奔放で素直な女の子だ。

 最近はそれに加えて健気な面が増えてきたけどそれはともかく。

 こういう類のからかいは滅多にしない。


「うん。ちょっと色々、ね」

「頼むから、これ以上変な方向で引き出し増やさないでくれよ」

「寝る前に、毎日「愛してる」て言ってくれたら考えてもいいかも」


 これもまたネット知識ってやつか。

 確かに、前に「いつも愛の言葉をささやくのがいい彼氏や夫」みたいなのをこいつが見てたような記憶があるけど。変な方向に影響受けるのがまた百合らしい。


「わかった。今夜から毎日言うから」

「やったー。早速、今夜から期待してるからね?」


 喜んでる百合を見て悪い気はしないけど、このままネット知識に汚染されていったら、そのうち駆け引きするような小悪魔系になるのでは。


「本当に二人は仲がいいわねー。やっぱりもうすぐ孫を期待してもいいかしら?」

「俺達の若い頃を思い出すな」


 なんて思っていたら、二人から何やら生暖かい目線を向けられているのに気づいて、しまったと気づく。今日は家族四人での食卓なのに……。


(その……ちょっと調子乗っちゃったかも)

(ぷ。まあ、そんなにすぐには変わらないか)

(どういうこと?)


 さすがに恥ずかしいらしく縮こまった百合を見て。

 百合が小悪魔系女子になるのは当分先かと安心した俺だった。

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