第66話 実習中のちょっとした出来事

 今日の三、四限は昨日あったプログラミング入門の実習。

 昨日は座学で今日は実際に課題のCプログラムを作るというもの。

 なんだけど。


(大きな声では言えないけど、かなり簡単なんだよね)


 もちろん初回の実習だからというのもあると思う。

 でも、今回で一番難易度の高い課題でも


1.nの絶対値を計算する関数int abs(int n)を実装せよ

2.nの階乗を計算するint fact(int n)を実装せよ

3.n番目のフィボナッチ数を計算するfib(n)を実装せよ


 というのはちょっと物足りない。


int abs(int n) {

 return n < 0 ? -n : n;

}


int fact(int n) {

 int result = 1;

 for(int i = 1; i <= n; i++) {

   result *= i;

 }

 return result;

}


int fib(int n) {

 int current = 0;

 int next = 1;

 for (int i = 0; i < n; i++) {

  int tmp = current;

  current = next;

  next += tmp;

 }

 return current;

}


 書き上げるまで約10分。それまでのもっと簡単なものを入れても30分足らず。


「修ちゃんはどう?」


 実習中なので小声で隣にいる彼に問いかける。


「まあ出来たかな。fibを再帰にするか悩んだけど」

「私はループで書いちゃったけど。再帰だと効率悪い気がしたから」

「だよなあ。俺もループに書き換えようかな」


 なんてことを言い合っていたところ、私達の席の背中側にある机の方から何やら声が聞こえてくる。


「えー。難しくてわかんなーい」


 なんだかちょっと媚びたような声。

 ちらっと見ると、課題が出来ないのをなんだか少し大げさに言っているみたい。


「ああ、それなら俺が教えてあげるよ」


 それを見かねたのか声をかける隣の男の子。

 かと思えば、反対側に座っている男の子も。


「良かったら僕が教えてあげるよ」


 同じように、その女の子-とても綺麗で可愛らしい-に駆け寄って行った。


「それで、何がわからないんだい?」

「えーとね。全部!」


 驚いた。

 まったく恥ずかしいという感じも見せずにあっけらかんとする女の子。

 男の子二人は微妙な表情をするかと思いきや、


城山しろやまさんは仕方ないな。俺が代わりに解いてやるよ」

「それは良くないって。ちゃんと一から解けるようにならないと」

「今日だけ。今日だけでいいから代わりに解いてくれると嬉しいんだけど」


 拝み倒すポーズで男の子二人にお願いする城山さん。


「それなら。でも、今日だけだよ?」

「お前はちょっと堅すぎるぞ。要は単位が取れればいいんだよ」

「さすがにそれは良くないと思うけどね」


 城山さんに絆されたのか途端に激甘になる男の子二人。

 それを見て確信した。この女の子-城山さん-は男子二人を利用していると。

 可愛い自覚がある女の子はときどきこういう振る舞いをすることがある。

 高校の時にも見かけたけど、大学でもおんなじことはあるんだね。


「百合。なんか渋い顔してるけど、どうしたんだ?」


 気がつけば修ちゃんも手を止めて様子を見てたみたい。


(あの女の子、男の子二人を利用して課題やってもらおうとしてるなって)

(ああ。ここまで露骨なのに気がつかないもんなのかな)

(修ちゃんもわかると思うけど、利用されててもお近づきになれるならって奴だよ)

(別に悪いという気はないけど、やっぱ微妙な光景だよな)


 中学でも高校でも容姿の良さやある種の可愛さを武器にしてこういうことをしてくる子は時々いた。私はあんまりそういうことが好きじゃないから距離を置いてたけど。


(百合だと、そもそも「難しくてわかんなーい」とか言いそうにないよな)

(なにそれ。私があんまり可愛くないってこと?)

(違う違う。そもそも他の奴より出来るし……それに)

(それに?)

(質問するにしても「ここがこうわからない」って言うだろ)


 さすがに修ちゃんはよくわかってる。


(だね。ああやって男の子利用して課題解いても後で困るだけじゃない?)

(そりゃそうだけど、言っても仕方ないと思うぞ。男の悲しいサガって奴だ)

(ということは修ちゃんも「わかんなーい」て言われたら教えてくれちゃう?)

(まあ、百合限定なら、な)


 また旦那様は嬉しいことを言ってくれてしまう。

 私はああいう言い方は趣味じゃないけど、それなら。


(修ちゃん、修ちゃん)


 ゆさゆさと肩を揺さぶる。


(どした?)

(あのね。難しく、て、わかん……なーい)


 媚びたような言い方をするのに抵抗があって、噛んでしまった。


(ほら。言い慣れないのを無理するから)


 笑いを噛みこらえているのがわかるから悔しい。


(ちょっとやってみたかったの!)


 もうちょっとああいうの器用に出来るといいんだけど。


(じゃあ、二人でもうちょっと難しめの課題やるか)


 というわけで、先行して第二回分の課題を仲良く解いていた私達。

 後から噂で聞いたところによれば。


(あの二人、付き合ってるのかな?)

(きっとそうだって。仲良すぎるし)

(苗字同じなのて変わってない?)

(ひょっとしたら兄妹?どっちかが留年とか)

(双子かも)

(でも、似てなくない?)


 そんな言葉が飛び交っていたらしい。


(今後は実習であんまり仲良くするのを控えよう)


 心に誓った私だった。

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