第59話 マンネリ解消?

 うんしょ。うんしょ。

 うつ伏せになっている俺の肩に、優しく、それでいてしっかりとした指圧がかかる。


「あー、気持ちいい」


 夕ご飯を食べて、お風呂に入って。

 そして、お嫁さんにマッサージをしてもらう。

 これを幸せと言わずして何と言おうか。


「ほんっと肩が凝ってるんだから」


 仕方ないんだからと言いたげだけど声色は柔らかい。

 そう言っている間にも背中に手のひらを押し込まれて、

 さらに身体の力が抜けていく。


 そんな至福の一時に、ひとつ思いついた言葉があった。


「こんなできたお嫁さんをもらって俺は幸せ者だな」


 面と向かうと絶対に照れてしまいそうな言葉だ。

 でも、たまにはいいだろう。


「そ、その。凄く照れるんだけど……」


 きっと、百合の顔はにやけてるんだろうな。

 そう確信できる声だった。


「お嫁さんって言葉に弱いよな、百合」


 結婚してから知ったことだけど、褒めるときにこの言葉を添えるとさらに機嫌がよくなる。


「それはちょっと憧れだったもん」

「お嫁さんが?」

「そう。わかってて言うんだから意地悪だよね」

「日頃のお礼だって」

「どうなんだか」


 軽口を叩きあう俺たちだけど、わかった上でのじゃれあいだ。


「……ちょっと相談したいことがあるんだけど、いい?」

「別にいいぞ。今か?」

「うん。面と向かうとちょっと恥ずかしい話だから」


 恥ずかしい話?

 一体なんだろうか。

 百合が恥ずかしいポイントは未だにちょっとわからない。


「修ちゃん、私とのエッチ、マンネリになってない?」

「ブホォッ」


 ごほごほと咳き込む。

 あまりに予想外過ぎた。


「だ、大丈夫?」


 慌てて背中をさすってくれるけど問題はそこじゃなくて。


「大丈夫だけど。なんでまた急にマンネリとか」


 どっちかというと俺の方が心配してたくらいなのに。

 まさか、百合がそんなことを考えていたなんて。


「だって。いつも同じ体位でしょ?飽きないかなって……」


 最後の方はとてもか細い声で聴きとるのにも一苦労だ。

 それだけ、恥ずかしいってことだろうけど。

 しかし、俺もそんな話題を振られても少し困る。


「飽きたことはないぞ。むしろ俺の方こそ飽きさせてないか心配なくらいで」

「そ、そうなんだ……」

「もちろん、ちょっとはあれこれ試してみたいって気持ちもある、けど」

「やっぱり。どういうことしてみたい?」


 それを急に聞かれても思い浮かばない。


「うーん……すぐに思い浮かばないけど。逆に百合は何かないのか?」

「ちょっとしてみたいことはある、けど……」

「けど?」

「その。引かない?」

「今更、そんじょそこらで引かないって」

「いつも優しくしてくれるけど、時々もうちょっと強引にされてみたい、かも」


 まさか百合にそんな願望があったとは。

 しかし、アブノーマルな話じゃなくて良かった。


「強引にって、ちょっと無理やりにとかいうやつだよな」

「うん。言ってて凄く、恥ずかしくなってくるけど」

「でも、無理やりといってもどうすればいいんだか」


 ちょっと強引にくらいはこれまで時々あった。

 でも、百合が言っているのはそういうことじゃないだろう。


「手枷つけてみたくならない?」

「……そういう風なのをつけて欲しいと」

「願望があるわけじゃないよ?試してみるのもいいかなって」

「言い訳せんでも。俺も別にやじゃないし」


 内心ちょっとびっくりしているのは秘密だ。


「じゃ、じゃあ。通販で買っておくから。修ちゃんは何かない?」

「えーとさ……実はコスプレをして欲しいと少しだけ思ったことが」


 たぶん嫌がらないだろうとは思っている。

 しかし、何だか変態になったようで落ち着かない。


「いいよ。どういう格好して欲しい?」

「どういうのでもいいのか?」

「あんまり変なのはやだけど」


 それなら大丈夫、か?


「百合ってふわっとした感じの服も似合うと思うんだ」


 我ながらまわりくどいな。


「ストレートに言っていいよ」

「メイド服的なのは……ダメか?」


 実は最近の百合を見て思っていたことがあるのだ。

 最近の甲斐甲斐しい百合にはメイド服が似合うのではないかと。


「露出が低いのだよね?」

「読まれてるのがアレだけど、まあ」


 マッサージされながらなんて会話してるんだ。

 

「私もメイド服なら全然ありありだし。後で買っておくね」

「俺たちなんて会話してるんだろうな」


 最愛の嫁さんにマッサージされながら、そーいうことのマンネリ解消にはどうすればいいか話し合う。なんともシュールだ。

 いや、別にマンネリじゃないんだけど。


「そだね。でも、そっか、そっかー」

「なんだよ」

「修ちゃんは私にコスプレして欲しいんだ?」

「なんで嬉しそうなんだよ」


 こっちがお願いする側だってのに。


「だって。そういうリクエストあんまり言ってくれないから」


 少ししょぼんとした声。


「いやだって。今でも十分嬉しいわけでさ」

「それでも。旦那様のためには色々してあげたいの!」

「そういうもんか?」

「そういうもの。修ちゃんも私が我儘言ったら嬉しそうでしょ」

「否定できない」


 百合にちょっとした我儘を言ってもらえるのは旦那としては嬉しい。

 

「だから。これからもして欲しいことあったら言ってね?」

「あんまり言うと性癖さらけだすみたいで嫌なんだけど」

「夫婦でしょ。旦那様の性癖ももっと知りたいの」

「俺のエロ本で色々勉強した百合が何を言うか」

「それはそれ。これはこれ」


 というわけで、夫婦のちょっとした会話は終了。

 しかし、少し眠くなってきたな。


「マッサージが極楽過ぎて、眠くなってきた……」


 睡魔が眠れ眠れと俺を誘い込んでくる。


「そのまま寝てもいいよ?」

「じゃあ、お言葉に甘えて……変なことしないよな?」

「少しだけ悪戯するかも」

「もう好きにしてくれ」

「ふふっ。ほどほどにしておくね」


 というわけで、そのまま俺はバタンキュー。


 なお、翌朝のこと。


(首筋にキスマークとか)


 口紅とかじゃなくて少し痣になってる。

 百合の奴どんだけ強く吸い付いたんだよ。

 起きなかった俺も大概だけど。


(今夜、逆にキスマークつけてやろうか)


 なんて思っていると、首筋に油性マジックで


『だいすき』


 そんな文字が。

 待て待て。嬉しいことは嬉しいんだけど。


「なあ。油性マジックで書くか?」


 ゆさゆさと眠っている百合を起こす。


「ふわ?どしたの?」

「いくらなんでも油性マジックで書くか?」

「修ちゃんは私のものっていうマーキング」

「すぐ落ちないから、首筋隠さなきゃだろ」

「ごめんね。でも、伝えたくなったから」


 うぐ。そう言われると男としては何も言えないじゃないか。


「じゃあ、俺も今度仕返しするからな。油性マジックで」

「それはダメ」

「なんでだよ」

「なんでも!」


 朝からそんなどうでもよい言い合いをしていると、


(やっぱり百合は可愛いなあ)


 なんてことを自然と思ってしまう。


 

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