第58話 ビニールプール

 気が付いたら目がぱっちり開いていて、窓から朝日が差し込んでくる。


「ふわぁーあ。いい天気」


 修ちゃんを起こさないように窓を少し開けて外を見ると東の空から太陽が昇っている最中だった。


「いつの間にか、修ちゃんより早起きするのが普通になっちゃったなあ」


 新婚旅行から帰ってきたときに、もうちょっとしっかりしないとと思って始めた習慣だったけど、こうやって朝しっかり起きて日の光を浴びるのも悪くない。


「あづーい……」


 布団から漏れるうめき声に振り返ってみると、眉根を寄せた修ちゃんの少ししんどそうな顔。


 どちらかといえば暑がりな修ちゃんは私に合わせてエアコンの温度を設定すると、こういう風に寝苦しそうになることが多い。


 でも彼は変なところで頑固なものだから、設定温度下げてもいいと言っても譲らないところがあるのが困りものだ。寝るときに私がちょっと厚着すればいいだけなんだけど。


(今夜から設定温度下げといてあげようかな)


 こうやって朝起きて、彼あるいは旦那様のことを考えるのもちょっと楽しい。

 そういえば、まだ今年はプール行けてない。

 修ちゃんは言えば連れてってくれるだろうけど、私はよく知っている。

 人混みと暑さが人一倍苦手だということを。


(よく知っているから言いづらいことがあるなんてね)


 以前の私ならあんまり考えなかったことだけど、これもお嫁さんになって変わったことかもしれない。でも、私たちの仲で変に我慢するのも違うし……と考えて、ひとつ思いついた案があった。


「ビニールプール!」


 昔使ったのが物置に確かしまってあったはず。

 うん。これなら暑い中を連れまわさずに済むし、私も楽しめてwin-win。


(朝ごはんが終わったら準備しよう)


 心が浮き立つのを感じながら朝ごはんの支度に降りた私だった。


◇◇◇◇


「ビニールプールぅ?」


 予想通り、修ちゃんは訝し気な顔だった。


「そう。久しぶりに童心にかえって、ていうのもよくない?」


 言いながら、十年近く前の光景を少し思い返す。

 うちに修ちゃんが遊びに来たときに、一緒に入った記憶がよみがえる。


「まあいいけどさ」

「不満ならやめとく?」

「いや、不満っていうか……ちょっと子どもっぽいだろ」


 頭のてっぺんをぽりぽりとかくのは照れ隠し。


「わかってないなー。だからいいの!」

「わかったって。もう、やっぱり百合は百合だな」


 私は私か。昔、周りと違うことに悩んでいたときにかけてくれた言葉。


「ちょっと懐かしいね」

「あのときはガラにもなく凹んでたからな」


 こういうとき、ちょっと不思議に思う。

 懐かしいねってそれだけでいつのことか一言も言っていないのに。

 でも、あのとき・・・・のことだってわかってくれている。


「色々あったからね。でも、こういうのが以心伝心なのかな」

「それはなんか照れるんだけどな」

「いいじゃない。長年連れ添った夫婦って感じがして」

「まだ結婚して一年経ってないんだけどな」

「無粋なツッコミをしない!」

「はいはい」

「はいは一回」


 そんなどうでもいいやり取りを経て、二人でビニールプールを庭に引っ張り出す。空気を入れて膨らませて、ホースから水を注いでと一時間もせずに即席プールが完成。


「予想以上に狭いな」

「うん……」


 子どものころに使っていたものだから小さいのは当たり前。

 お互い向かい合わせになるだけでギュウギュウでお風呂の方が広い。


「で、やけに色気のある水着着てるのが……」


 少し目のやり場に困っている修ちゃんがかわいらしい。

 二人っきりならありかなと少し布面積が小さいのを新調してみたのだ。


「どう?似合う?」

「悔しいけど似合う。髪飾りもいい感じだし」

「昔、修ちゃんに縁日でもらったのつけてみたんだ」

「物持ちがいいんだな」

「捨てるのがもったいなかっただけだよ」


 こうして向かい合っていると、少し気恥ずかしい。

 道路からは見えないはずだけど、庭でビニールプールのせい?


「なんでビニールプールなのか考えてたんだけど」

「それがどうしたの?」

「百合なりに気遣ってくれたんだろ」

「そういわれると照れるよ。でも、どういたしまして」


 まだまだ残暑が厳しい9月初旬だけど。

 こうして涼を取りながら二人でのんびりするのも悪くない。


 なんて思っていたら、急にぐっと抱きしめられて……あ。


「ダメか?」

「いいよ」


 こういう風に迫られたら断れるわけがない。

 ちょっとの間、お互いについばんだりのキスを楽しんだのだった。

 でも。


「えーと、百合。そのさ……」

「言わなくてもわかってる」


 お互いに密着してるものだから妙に雰囲気ができてしまった。

 こうなるとのんびり会話を楽しむでもない。

 プールは途中で中止。

 涼しい部屋に戻って色々・・してしまった私たちだった。


 ただ、楽しんだのは確かなのだけど。

 最近の私には少し心配なことがあった。


(マンネリにならないよね?)


 疑っているわけじゃない。

 ただ、ああいうことはどうしても修ちゃんに任せがちになる。

 私の方も少し工夫してみたい。

 コスプレ衣装とかレンタルしてるらしいし。

 あと、イメージプレイっていうのもあるらしい。


(あとで詳しく調べてみよう)


 部屋で色々した後、ひそかに決心した私だった。

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