第57話 ランチデート

 9月上旬。高校ならもう新学期。

 しかし、大学の夏休みはようやく折り返し地点だ。

 それはともかくとして。


「暑い……」


 見上げればかんかん照りの太陽。身体にまとわりつくような湿気。

 そして、風もろくに吹かない。典型的な盆地気候である俺たちが住む地方土地にありがちな風景だ。


しゅうちゃん、はい」


 ふと、隣の百合がさしている日傘に俺を入れてくれる。


「助かる。少しはましになったよ」


 とはいっても湿気はやっぱり辛いけど。


「どういたしまして」


 そう微笑む百合はなんだかとても嬉しそうで。

 こういう気遣いにますます惚れてしまいそうだ。


「しかし、百合は普段日傘使わないだろ。どうしたんだ?」


 さすがに今年は例年より暑いからだろうか。

 などと思っていると、


「修ちゃんとデートするときに、これがあれば少しは楽でしょ?」

「まったく、完敗だよ」


 百合は結構夏が好きな方だ。

 ただ、俺が暑さに弱いのもよくわかっているから、夏にデートするときの負担を和らげられないかと彼女なりに考えた結果がこれだろう。


「よしよし」


 日傘の下で少し密着した距離から髪の毛をわさわさと撫でられる。

 百合にこうされるのが嫌じゃないのがさらに困り者だ。


「よし、じゃあこうしよう」


 何がよしなのかわからないけど。

 彼女が持っていた日傘を奪い取って、もう片方の手でぎゅっと嫁さんの手を握りしめる。


「なんかちょっとくすぐったいね」


 ちらっとこちらを見てから目線を逸らす仕草。

 結婚してからますます可愛くなってる。


「なんかさー。そういう仕草が板についてきたよな」

「そういう仕草?」

「んー。清楚系女子みたいな……」


 俺も馬鹿なこと言ってるなあ。


「だったら、ちょっと嬉しいかも。色々練習したから」

「あー、もう嬉し過ぎて辛い」

「何言ってるの?」


 暑さでいつもより馬鹿になってるような気がする。

 ちなみに、いつもよりバカップルなことをしている気がするけど。

 今日はランチでスパイスカレーの店に行く予定なのだ。


 我が家から徒歩15分のところにあるスパイスカレー店「398(サンキュッパ)」。

 一年前に出来たんだけど、出汁が効いた独特のカレーが大人気で行列ができる店になっている。


「でも、サンキュッパは初めてだから楽しみだね」

「胃に優しいとか出汁が効いてるとか口コミにあったよな」


 なお、本日はサンキュッパ一周年記念らしい。

 行列が予想されるので開店より15分前に着くように出発した俺たちだ。


 そんなこんなでいちゃつきながら歩くことしばらく。

 雑居ビルの一階に、音楽関係の店かと見まがうような外装の店があった。


「通りがかった時にも思ったけど、カレー店とは思えないよな」

「店主さんがロックやってたって書いてあった気がするけど」

「そこからカレー始めるとか凄いよな」


 開店15分前なのに既に店外には10人くらいの人が並んでいた。


「あー、これだと開店してからもちょっと待たないといけないな」


 日傘のおかげで少しはましだけどやはり暑い。


「ん。水分補給」

「サンキュ」


 渡された水筒から一口分を注いでごくり。


「あー、水が美味しい」

「こういうのも夏の醍醐味だよねー」

「百合にとってはそうなんだろうなー」


 俺はもう早く店に入って涼みたくてたまらない。

 でも、まあ。

 嫁さんが楽しそうにしてるからそれはそれでいいか。


◇◇◇◇


 開店からさらに30分程待ってようやく俺たちも店内に案内。

 今日は一周年記念特製カレーとドリンクのみらしい。


「一周年記念カレーとラッシーお願いしますー」

「私もそれでお願いしますー」


 サンキュッパは店主さんが一人で切り盛りしているらしい。

 その分、出すのに時間がかかるらしく、さらに待つこと15分。


「はい。一周年記念カレーお待ちどうさんです」

「おお。美味そう!」

「うんうん。香りが食欲をそそるよね!」


 配膳された特製カレーの上にはチーズがたっぷり。

 説明によるとパルミジャーノ・レッジャーノというチーズらしい。


「パルメザンチーズとかとは違うのか?」

「全然違うよ。イタリアで作られてちゃんと認証を通ったのだけがパルミジャーノ・レッジャーノを名乗れるの」

「じゃあ、パルメザンチーズはパチモンみたいなもんか?」

「パチモン……というわけじゃないけど」

「ま、いいか。食べようぜ」


 いただきます、と二人して手を合わせてカレーに手を付ける。

 最初にスプーンでチーズとルー、ご飯をすくって一口。


「お、美味しい。チーズがめちゃくちゃ合ってるな」


 しかも、ルーもカレールーというよりスープのような軽さ。

 うまい言葉がないけど、スープとご飯を一緒に食べてる気分だ。

 チーズが相乗効果を醸し出して、うまみ倍増という感じ。


「うん。おいしー。幸せ―」


 百合も頬を緩めて、パクパクとカレーを口に運ぶ。

 本当に美味しいものを食べたときの百合は、口数が極端に少なくなって、ひたすら黙々と食べるのが特徴だ。

 だから、今の百合は本当に特製カレーを楽しんでるんだろう。


「暑いけど来て良かったよ」


 店内を見渡すと皆、一様に幸せそうな顔をして、ある人は美味しさを口に出して表現して。またある人は、俺たちと同じように黙々とカレーを食べていて。人気店の凄さを垣間見た気分だった。


 店の外を見るとまだまだ列が出来ているので、俺たちはさっさと会計をして退散だ。


「ほんとに美味しかったですよ。また来ます」

「こんなに美味しいカレー初めてです。旦那を連れてまた来ますね」


 旦那、という言葉を口にした百合はなんだかやけにニヤニヤしていた。


「旦那ですか。まだお若いですけど、お二人はご夫婦なんですか?」


 まだ30台後半といったところだろうか。精悍な顔つきをした、いかにも音楽をやっている人的な人相の店主が聞いてきた。


「ええ。学生結婚ってやつなんですよ」

「幸せそうで何よりです。また、是非お立ち寄りくださいね」


 笑顔で会釈した店主さんに見送られて、俺たちは店を出ることに。


「美味しかったし、店主さんもいい人だったし。また来たいな」

「うん。次来る時は食べさせ合いしない?」

「いやいや。あの店はそういう雰囲気じゃなかっただろ」


 百合とそういうことをするのはもういい加減慣れてきた。

 とはいえ、カップルがいちゃつく雰囲気の店でなかったのは確かだ。


「そうかも。でも、本当に美味しかったから。また来ようね♪」

「ああ。でも、一食2000円はたまにしか来れない金額だよな」

「そろそろバイトでもしない?」

「今は暑いけど、もうちょい涼しくなってきたら考えてみるか」

「うん。そうしよう?」


 やっぱり日傘で相合傘をしながら。

 そんな何気ない会話を交わしつつお昼のデートをした俺たちだった。


☆☆☆☆後書き☆☆☆☆

ランチをしながらやっぱりいちゃいちゃする二人でした。

次はもうちょっと夏らしいエピソードを入れてみようかと考えています。


応援してくださる方は、応援コメントなどいただけるとうれしーです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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