第56話 馴れ初め

「そういえば前から二人に聞いてみたかったんだけど」

「ん?」


 夏休みもそろそろ折り返しになろうかという8月下旬のある日。

 集まったサークル仲間でネットワーク対戦のボードゲームをプレイし終えて、

 今は6畳程の畳の上でお菓子を食べて休憩タイムだ。


 マイコン部は8畳程のフローリングの間と6畳程の和室からなるちょっと変則的な構成だ。和室の真ん中にはちゃぶ台が置いてあって、お菓子を食べながらおしゃべりをするために使われている。


 今は俺と百合、よくつるんでいる同期の中条悠馬なかじょうゆうま、それに八杉智子やすぎともこの四人でちゃぶ台を囲んで麦茶をすすりながらお茶菓子をバクバクと食べている。


「お前と百合さんって幼馴染だろ?馴れ初めっていうか、どういう経緯で出会ったんだろうって前から疑問に思ってたんだよ」

「私もすっごい興味ある。百合さんの子どもの頃ってどんな感じだったの?」


 中条も八杉も興味津々という様子だ。

 しかし、子どもの頃か……。


「そうだなあ……ただ、期待に応えられなくて悪いんだけど、言うほどドラマチックなことはないぞ。元々、家同士は歩いて三分くらいで近かったんだけど、会ったのは小学校に入ってからだし」

「そうそう。小一で同じクラスになったんだよね」


 二人で目を見合わせて、その時のことを思い出す。

 あの時の百合はやんちゃというか……変わった奴だった。


「へー。それだけ近所なのに、幼稚園一緒じゃなかったんだな」


 言われてみれば中条の疑問ももっともか。


「近所に二つ幼稚園がたまたまあってな。近所だから百合のことはたまに見かけたような気がするけど、その頃は「時々見かける近所の子」って感じだったな」

「私はその頃から修ちゃんのこと気になってたけど?」

「嘘つけ。たまに目があってもスルーだっただろ」

「バレた?」


 そう。ほんとに幼稚園の頃は、俺たちはたまに見かける他人同士。

 ただそれだけの関係だった。


「それでそれで?小一で出会った修二君と百合さんはどうなったの?」

「八杉も食いついてくるなあ。正直、初めて会ったときのことは覚えてないんだけど、妙に気が合って百合の家に遊びに行くことになったんだよ。あれ、いつだったっけ?」

「確か、5月頃だったかな」

「そうそう。確かまだ春頃だったよな。で、こいつの家に行ったらシムシティの何作目だったっけ。親父さんのパソコンにそれが入っててさー」

「修ちゃんもドはまりしたんだよね」

「小学生のガキにとってはそれだけ新鮮だったんだよ」


 当時、もちろんゲームをプレイしたことはあった。ただ、それまでに知っていたのは妙に子どもだましなゲームばっかりだった。ガキの心理というのはなんとも不思議なもので「露骨に子どもっぽい」と感じたものはかえってつまらなく感じることがあったりする。


 そんな時に出会った都市計画シミュレーションゲームは当時の俺にとって、とっても大人っぽいゲームにうつったのだった。


「名前は聞いたことあるけど、小学校低学年がプレイするゲームだったか?」

「いや、たぶん普通は違うだろうな」

「百合さんのイメージだと少し意外だけど……ううん、意外でもない?」

「どっちなんですか、智ちゃん」


 百合はいつの間にか八杉のことを智ちゃん呼びだ。

 

「百合さんって落ち着いてるでしょ?案外合ってるのかもって」

「落ち着いてる、ねえ……昔から結構やんちゃだったんだぜ」

「へー。たとえば、たとえば?」

「たとえばさ。シムシティって街が発展していくと作業ゲーになるんだよな。で、だんだん退屈になってくるんだけど……」

「それでそれで?」

「街をぶっ壊すコマンド色々あるんだよ。ゴジラが襲来するとか地震が起きるとか。で、街をぶっ壊したがるのはだいたい百合だったんだよ。な?」


 ノリノリで街をぶち壊して大喜びだった大昔の彼女の笑顔は今でも思い出せる。


「そうそう。そろそろゴジラ来襲にしようよーってね」

「しかも、続けざまに台風とか地震とかも起こすから街は壊滅状態」

「もう。そこから街を復興させるのも楽しかったでしょ?」

「インフラからズタズタだから、大変だったけどな」


 今でも二人してなんであんなことで大はしゃぎだったんだか。


「へー。結構意外。百合さんがそういう風にはしゃぐなんて」

「でも、子どもの頃って案外そういうもんじゃないか?」

「それもそうかも」


 あれ?


「なんか二人とも思ったより普通の反応だな」

「ね?」


 一瞬意外がったけど、そんなものかと納得されてしまった。

 百合も反応が楽しみだっただろうに困惑気味だ。


「いやー、だってな。俺だってその年頃とかわけわからないことではしゃいでたし」

「今だと恥ずかしいこともいっぱいだよ……」


 そう言われれば確かに……。

 いや、でも……当時、同年代の女子は百合を変わった子扱いしてた気が。


「まあいいや。それ以外にも百合とは気が合って、結構一緒にゲームしたり、外で二人して遊んだり。そんな感じでなんとなく仲良くしてきた感じだな」

「通学路にある階段でよく一緒に座っておしゃべりしたよね」


 高校卒業前にプロポーズをしたあの階段。

 百合もあそこを思い出しているんだろうか。


「一緒に座っておしゃべりとか。俺も一度体験してみたかった……!」

「私も。仲良い男の子がいたらちょっとやってみたかったー」


(なんか照れるな)

(う、うん)


 時には二人で買い食いをしたり。

 ゲームのことについて二人で語り合ったり。

 そんな思い出の階段だったけど、そんな関係の延長線上に今があると思うと……。


「ま、そんな感じで同じ中高に進学したんだよな」

「うんうん。それで、高二になって付き合おうってことになって」


 恥ずかしくなって高速スキップすることにした俺たち。


「間がすっぽり抜けてるだろ。中学とかちょうど男女を意識する頃だろ?」

「そうそう。きっと意識しあって、とか、そういうエピソードあるんでしょ?」


 二人ともノリノリである。

 しかし、しかしだ。

 確かに百合とは仲が良かった。

 じゃあ、男女の甘酸っぱいエピソードがあったかというと。

 

「そりゃまあ、さすがに小六くらいになると意識はするようになったけど」

「それよりも一緒にゲームするゲーム友達って感じだった……かも」


 記憶をさかのぼってみれば、少し恥ずかしくなって距離を取ったことはあった。

 ただ、一緒にゲームを楽しみたいという誘惑には勝てず。

 気が付けばそんな距離感は消え失せていたというのが本音。


「えー?さすがにそれは照れ隠しだよね。普通、恥ずかしくなるとか、意識しちゃって少し距離取るとかあるでしょ」

「そうそう。で、しゃべりづらくなってそのまま卒業までが定番パターンな」


 そう言われるととても困ってしまうんだが。


「中学までは同小の連中がそのまま進学だったし。そりゃ、確かに相手によってはしゃべりづらくなって距離取ったりとかあったけど、百合とはまあ……普通?」

「中学になっても、よく一緒に遊んでたよね」


 もちろん、同小の連中も含めて三人以上で遊んだことだって多かった。

 ただ、他に遊べる奴がいないときとか、百合としか楽しめそうにないゲームとか。

 そういう時は大体二人で遊んでた。


「なあ。まさかと思うけど、そのままの距離感で、高校まで?」

「ああ。そのまさかだよ」


 さすがに高校ともなれば近所に複数の進学先があった。

 ただ、俺と百合の二人とも新しい人間関係を一から構築するよりも、今までのぬるま湯のように仲が良い関係を継続するという消極的な選択から同じ高校を選んだのだった。


「でも、それなら逆に高校に入ってから付き合おうってなったのが不思議。ねえねえ。アプローチはどっちから?修二君?百合さん?」

「いやー、どっちかと言われても……」


 お互い、自分のクラスで煽られた結果。

 付き合ってみるのも楽しそうだと思った。

 そんな経緯をどう話せというのか。


「その先は……秘密!」


 意外なことにストップをかけたのは百合。

 何故か、顔中が真っ赤だった。


「えー。せっかくいいところだったのに。それに、百合さん顔真っ赤だし、何かあったんでしょ?」

「そうそう。反応からすると、修二からコクったとみた。どうだ?」

「……うーん、ノーコメントで」

「「えー?」」

「とにかく、二人とも解散。ほら。しっしっ」


 結構しつこい二人だったけど。

 本気で恥ずかしがっている百合。

 何を言われてもノーコメントを貫く俺。

 それを見て、暖簾に腕押しだと悟ったらしい。


◇◇◇◇


「なあ、付き合う直前のところで急に反応変わらなかったか?」


 二人で大学からの帰り道。

 百合の反応が不思議だった俺は理由を聞いてみることにした。


「だって。あの頃って、一言で言うと「好きと言えば好きだけど、別に付き合わなくてもいい」なんて割と本気で思ってたんだよ?思い出すと恥ずかしくて、恥ずかしくて」

「う……確かに。思い出すと俺まで恥ずかしくなってきた」


 あの時の気分としては確かに「無理に付き合いたいと思うほどではない」そんな風に思っていた。でも、夫婦になった今から振り返ると、「好きだけど、別にそこまででもないし!?」と澄ましていたように見えなくもない。


「でしょ?だから、あれ以上思い出すと色々身もだえしちゃいそうだよ」

「確かに、あのあたり、思い出すと何やってんだって感じだな……」

「し、しかも。その場でキスまでしちゃったわけだし」

「そ、そうだな。なんか俺たちほんと何やってたんだ……」


 言われて、俺まであの日のキスを思い返してしまいそうだ。

 きっと、俯いている隣の百合も同じだろう。


(ああ、暑いなあ……)


 高二のあの頃を思い出して、二人して羞恥にもだえた俺たちだった。

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