第53話 尽くしてみるのも結構いい

「ふわぁ……」


 意識が覚醒すると窓を通して日光が入って来ていた。

 同じ布団にいるはずの旦那様……しゅうちゃんをじいっと見てみるとすやすやと寝息を立てていて、彼はまだ眠っているようだった。


「なんだか可愛いなあ」


 なんとなく髪をかきあげてみると、あどけない安らかな寝顔がよく見えて、胸の奥がなんだかくすぐったくなってくる。新婚旅行から帰って来てから感じるようになった気持ち。


「この気持ちってなんなのかな」


 もちろん、修ちゃんのことが大好きで結婚したわけで、彼のために何かしてあげることは好き。でも、ちょっと前までの私はやっぱりズボラでそういうことはあくまで「時々」だった。それが今の私ときたら毎日のようにこうして寝顔を眺めてニヤニヤしてしまっている。


「どっちでもいいよね」


 修ちゃんが起きる前に、身支度をして洗濯機をまわして、それから朝ご飯を作ってとやることは色々ある。というわけで、身だしなみを整えて二階に降りるとお母さんたちが朝ご飯を摂っていた。最近早起きするようになったからよく見るようになった光景。


「おはよう、百合。今日も早いわね」


 トーストに目玉焼き、そしてコーヒーという感じの朝食を食べていたお母さんが振り向いて声をかけてきた。


「もうすっかり慣れちゃった」


 今まで修ちゃんがやっていた分の家事の多くを引き受けるようになって二週間程。身体もすっかり慣れてきた。 


「百合が本当に朝型になるなんてなあ」


 お父さんが何やら遠い目をしている。


「お父さんはそんなに意外?」

「昔から百合はマイペースだったからなあ」

「そうそう。新婚旅行で何かあったのかしら?」


 お母さんはさすがに鋭い。


「少し色々とね」

「ま、無理してないのならいいんじゃない?」

「結構楽しかったりするし、全然大丈夫」


 お母さんたちが食事を食べ終えた後、二人の食器を洗いながら修ちゃんに出す朝食について考えを巡らせる。昨日はパンだったけど、冷蔵庫の中に材料はあるし和食にしてみようかな。


 アジの開き、なめこ、赤だし、お漬物など材料を取り出しながら手早く準備を済ませる。面倒くさがり気質の私だけど元々料理は嫌いじゃない。


 和食の朝食で要になるのはやっぱりお味噌汁。

 出汁の取り方で味の8割以上は決まるといってもいい。


「ちょっと濃いかもだけど、まいっか」


 味見をしてみるとあごだしが強めに効いている感じがするけど、十分合格点。こうやって料理の準備をしながら上で寝ている修ちゃんのことを考えるのも最近のちょっとした楽しみだ。


 以前の私だったら早起きは頑張ってするものだった。それがこうして早起きして旦那様のために朝食を作るのが楽しいんだからちょっと不思議だ。


(こういうのが愛っていうのかな?)


 もちろん、以前から私がしてあげたことで修ちゃんが喜んでくれるのは嬉しかったし、それも「好き」だったんだと思う。でも、今は何はなくても色々してあげたい気持ちが溢れてきてて悪くない気分。


(とにかく、修ちゃんを起こしに行こう)


 三階の部屋に戻ると、修ちゃんは相変わらず寝息を立てて寝ていた。


「修ちゃーん。朝ご飯出来たよ。起きて起きて―」

「んあ。もう朝かー。今日の朝食は?」


 しょぼしょぼした目をこすっている修ちゃんをこうして眺めるのも、なんだかちょっといいなって感じがする。


「んー。アジの開きとなめこのお味噌汁、それとお漬物とご飯ってところ」

「なんか珍しく和食だな」

「たまにはいいでしょ?」

「別に文句言う気はないって。百合も変われば変わるもんだなって」


 伸びをしながら言う修ちゃんだけど、確かに私は少し変わったのかもしれない。

 生活が朝型になったこともだし、前よりも色々してあげられることが嬉しくなったこともだし。


「修ちゃんはいや?」


 ただ、時々そんな私を見てどう思うのか少し不安になって聞いてみる。


「嫌じゃないっていうか……色々新鮮で、その……」

「なに?」

「いや。前よりも好きになったかもしれない」


 言われて急速に顔がかあっとなっていくのを感じる。


「その。いきなり言われると凄く照れるんだけど」

「俺だって照れてるよ。百合に甲斐甲斐しくされてときめくとか予想外なんだよ!」

「私だってなんとなくしてあげたくなっただけだし」


 こんなやり取りを幸せだなんて感じてる私もなんだかダメだなあって思う。

 これも全部新婚旅行のせいだなんて思いながら、朝のひと時を過ごしたのだった。

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