第13章 少し変わった関係

第52話 自堕落が治った!?

「ふわぁーあ」


 朝日を浴びて目を覚ますと自宅のダブルベッドに白い天井。百合ゆりは……居ないな。もう起きたのか。


百合ゆりの奴、本当にどうしたんだか)


 元々、百合は朝にとても弱い。結婚したての一時期だけ頑張ったけど一か月も保たなかったくらいだ。そんな一面もわかった上で結婚したんだから不満はないんだけど、新婚旅行から帰って来てからちょっとした異変が起きていた。


 いつも俺より先に起きてしかも朝食を作って待っているのだ。最初はまた三日坊主かと思ったけど、そういうつもりもないらしい。しかも……何故だかわからないけど、少し変わった気がするのだ。


(まあいいか)


 悪い方向の変化じゃないし。身支度をして二階に降りると、


「おはよう、修ちゃん」


 笑顔の百合が配膳をしている。見れば食卓にはマーマイトを塗ったトースト。非常に見た目が微妙なんだけど、食べてみると案外イケる。納豆とはまた違った癖になる味だ。


「おはよう、百合。今日も早起きだな。朝食ありがとな」


 以前ならここで「ふっふーん。頑張ってみたけど、どう?どう?」と調子に乗ってくるのだけど……。


「どういたしまして」


 微笑んでそれだけを言ってくるのだ。とてもとても嬉しそうな顔で。

 

「マーマイトって見た目アレだけど意外とイケるよな」


 二人きりでの朝食。例によっておじさんおばさんは先に朝食をとったらしい。トーストをかじりながら、話しかけてみると。


「結構いいよね。でも、修ちゃんはそろそろ飽きてこない?」


 こんな言い草も少し変わった部分だ。以前は「飽きてこない?」なんて聞いてこなかった。


「大丈夫だって。ズボラな百合がこうして食事の準備してくれるだけで大助かり」


 ちょっとした軽口を叩いてみる。以前なら、「ズボラなのはわかってるけど、ちょっとひどい」だの何だの言い返してきたものだけど。


「確かに前はちょっとズボラだったよね」


 反省、反省と頭を叩く百合の様子は演技でもない感じで調子が狂う。態度の違いもだけど俺が百合に甘やかされてるようで妙な気分だ。


(食後に少し聞いてみるか)


 ひょっとしたらまた一念発起してみたというだけの話かもしれないし。というわけで、食後にクーラーの効いた部屋のベッドでごろごろしつつ。ちなみに夏が相変わらず暑いせいだ。


「なあ。ちょっと聞きたいことがあったんだけどさ」

「どしたの?」

「旅行から帰って来てから早起きして色々するようになっただろ?」

「うん」

「なんか心境の変化でもあったのか?」


 と言いつつどんな返事が返ってくるやらと思ってみると。


「……修ちゃんに尽くしたいなって」


 恥ずかしそうに言った言葉は予想外のものだった。


「ん?ん?尽くしたいって。えーとその」


 百合にそういう一面があることは前から知っている。ただ、普段のこいつはあえて甘えているところがあって、尽くしたいなんて言葉が出てきたのは初めてだ。


「新婚旅行で思ったの。修ちゃん、私のためにすっごく色々してくれてるなって」


 じっと見つめて来た百合の表情は恥ずかしいだけじゃなくて、愛情が籠っているように見えた。


「お、おう。急に言われると照れるけど」


 だから、そんな様子に戸惑って少し目を逸らしてしまう。


「それが嬉しかったから私も色々してあげたくなったの。それだけ」

「それだけ、という割に妙に恥ずかしそうなんだが」

「それは……私もちょっと戸惑い気味だし」


 なるほど。心境の変化の理由はわかった。しかし、結婚してからしばらくだけど……かわいい。ギャップ萌えという奴かもしれないけど、可愛らしいのだ。


 気が付いたら反射的に百合を抱きしめていた。


「しゅ、修ちゃん?」

「なんとなくしたくなって。いいか?」

「そ、それはもちろん……」


 少し戸惑いつつも目を閉じた彼女と顔を近づけてしばし唇を合わせたのだった。


「なんだか、恥ずかしくなってきたんだけど」


 珍しく視線を逸らしている。ほんと、なんていうか妙な雰囲気だ。


「……別にキスは何度もしてるだろ」


 そんな俺もいつもと違う雰囲気にドギマギしているのは確か。普段の奔放な百合が猫だとすれば今は少し犬っぽいと言えばいいんだろうか。


「それでも。これも新婚旅行のせいなのかな」

「別にそこまでのことしてあげた覚えはないんだけどな」


 そりゃまあ楽しい数日間だったのは確かだし、思い出に残る旅行だったけど。


「修ちゃんは昔からそうだったよね」

「昔からって言われてもな……わからんでもないけど」


 好きという以上に百合が俺に恩義を感じてくれているのは理解している。にしても、こういう場面で言われるのは妙に照れ臭い。


「とにかく!色々してもらってばかりだから、私もしてあげたくなったの」

「……了解」


 その言い草に少し笑ってしまった。尽くしたくなったから尽くさせろなんて言い分は、やっぱり百合らしいものだったから。


「家事も出来るだけ私が担当するから。ちゃんと駄目だししてね?」

「駄目だしはしないと思うけどな。ま、しばらくは頼むな」

「よろしい」


 こんなとことはやっぱりいつも通りだった。果てさて、今回の変化は三日坊主になるのかそうでないのか。


(でも……)


 あくまで直感だけど、どうにも本気のようにも思えるんだよな。それならそれでいいんだけど少しだけ気後れするかもしれない。

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