第51話 新婚旅行(8)~帰国、そして日常へ~

「もう帰国か……早いもんだよな」


 ロンドンはヒースロー空港発の飛行機に乗った俺たち。

 今は離陸してから少しで高度が安定したところ。

 窓から眼下に小さく見えるのはロンドンの街並み。

 なんて言っても小さすぎて俺たちが宿泊したホテルだってわからない。


 しかし……。


百合ゆりは窓側じゃなくて良かったのか?」


 どちらかといえば飛行機の中は窓側の方がゆとりがある。

 それに、景色だって窓側の方がよく見える。

 だから行きは百合が窓側だったわけだし。


「もう行きで景色は十分見たから。しゅうちゃんも景色眺めてみたら?」


 落ち着いた笑顔でそう言う百合はいつもと同じようでやっぱり少し違う。

 本当に些細な違和感。


「やっぱりさ。百合、少し変わったよな」


 昨日の夜も感じたことだった。


「昨日も言ったよねそれ。実感湧かないけどどういう意味?」


 本当に意図がわからないと不思議そうだ。

 とはいえ俺も何をと問われると難しい。

 そうだ。


「ほら百合。お手」


 新婚旅行に出発するときにやったお遊びだ。


「ワン」


 ポンと手のひらを合わせてくる。

 前にやったときはもっと勢いよくてはしゃいでる感じだったんだよな。


「なでなで」


 時々やる奴だ。


「もう、何やってるの?」


 うーん、やっぱり何か違う。

 

「いやそうか。なんか前よりも落ち着いた感じなのかもな」


 やり取りを楽しんでないわけじゃない。でも、反応がのんびりとした感じで、余裕もある。


「落ち着いた……かな?」


 百合も実感がないらしい。俺もなんとなくそう思っただけだから当然か。


「別に気にしてるわけじゃないけど、こういうのもいいかもな」


 ひょっとしたら新婚旅行で大はしゃぎだったからその反動なのかもしれないし。


「修ちゃんは私が落ち着いた方がいい?いつもみたいにはしゃいでる方がいい?」


 また答えにくい質問を……。しかもニコニコしてやがるし。


「どっちも違う良さがあるな」

「その回答はちょっと卑怯だよ」

「別に本音だし」

「ずるい」

「ずるくて結構」


 なんてやり取りを小声でぼそぼそとしているわけだけど、それでも飛行機の狭い客室だ。なんか妙なことやってるカップルか夫婦がいるな、という視線を少し感じる。


「寝るか……」

「うん……」


 行きの飛行機で学んだ教訓は一つだ。それは、飛行機では出来る限り寝て過ごした方がいいというもの。というわけで昨夜はあえてあまり眠らずに飛行機の中で睡眠をとるという方針。


 実際、いくら飛行機が寝づらいと言えども寝不足だとだんだん眠くなってくるもので、俺も百合も気が付いたら睡魔に襲われていた。


 しかし、その作戦も帰路の途中に寄るシンガポールの空港まで。シンガポールから日本までは退屈な空の時間を過ごす羽目になったのだった。


 ともあれ、成田空港までたどりついて、色々手続きをして、快速電車に乗って……。


「よーやく帰宅だな!」


 堀川家ほりかわけを出てからまだ一週間も経っていない。なのに、まるで一か月ぶりに帰って来たかのような懐かしい気分。


「うん。早く入ろ♪」


 旅の疲れでくたくたなはずなのに、急に元気が出て俺の手を引き始める百合。でも、きっと部屋に戻ったら「あー、もう限界」とかなんとか言ってそうだけど。


「さて、日常に戻りますか」


 新婚旅行はほんの一時の非日常。

 明日からは普通に大学の夏休みだ。


「日常でも非日常でもどっちでもいいと思うよ」


 あえてそんな区別をしないのが百合の良いところだ。

 なんせ受験のときもいつも通りだった根性の持ち主だ。


「そうかもな。ただいま、百合」


 先に玄関で何かを待ち構えているお嫁さんに、欲しいであろう言葉を告げる。


「おかえりなさい、修ちゃん。あるいは旦那様?」


 百合はといえばそんな茶目っ気の入った挨拶を返してきたのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

新婚旅行編はこれにて終了です。

イギリスのご飯とかお土産とか観光地紹介とか、色々あって

結構長くなってしまいましたがお楽しみいただけたでしょうか。


次の章では再び夏休みに戻って彼らの日常を描いていければと思います。

二人の今後が見たい方は、応援コメントや☆レビューなどいただけるとモチベ高まります!

☆☆☆☆☆☆☆☆

 


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