第50話 新婚旅行(7)~お土産は何がいい?~

 これは夢だ。唐突に実感した。だって、目の前にいるのは今よりいくらか背丈が低い修ちゃんで私も何やら背が縮んでいる。そして、修ちゃんが着ているのは確か中学校指定の学ランだ。


修二しゅうじは志望校どうするの?」


 ああ、中学校三年生の頃かな。下校するときにそんなことを話した気がする。今はまた幼い頃のあだ名に戻ったけど、この時は名前を呼び捨てしてたっけ。


「考えたことなかったけど、最寄りのあそこでいいんじゃないか?百合は?」


 実感が湧かないという顔で普段よく見かける公立の高校でいいんじゃないかと告げる修ちゃん。あの頃の修ちゃんはどういう気持ちで言ったんだろうか。


「そっか。私も深く考えたことなかったけど、あそこでいいかも」


 何気ないそぶりで言ったけど実のところ修ちゃんと違う高校に行くのが寂しかった。あの頃、彼への恋心があったのかなかったのかわからないけど、それは覚えている。


「じゃあ……これからは一緒に受験勉強するか?」


 確か季節は夏だっただろうか。夢だけに寒暖の感覚がないし、なんだか照れくさそうな顔に見えるのも夢補正かもしれない。


「仕方ないなー。私がしっかり勉強見てあげるから」


 修ちゃんは別に勉強出来ないわけでもないのに偉そうな言いようだ。


「はいはい。頼りにしてるから」


 その顔は苦笑いだったように見えた。


◇◇◇◇


 窓から日光が入ってきて、気がついたら目がぱっちりと開いていた。


(あの頃の夢見るのなんて珍しいかも)


 あの頃の修ちゃんと離れたくないという気持ちはひょっとしたら恋だったんだろうか。今でもわからないけど、不思議と胸の内が暖かくなる思い出だ。


 布団からまだ出たくないなと思いながら隣を見つめると安らかな顔で眠る旦那様。いつも修ちゃんは私より早起きだからこういう風に寝顔を見られるのは幸せなひとときだ。


(おはようのキスとかいいかも)


 ふと何故かわからないけどそんなことを思いついた。物語で見たことがあるけど何がいいのか以前はよくわからなかった。でも、あどけない寝顔を見ると唐突にしたくなってくる。


 起こさないように少しずつ顔を近づけて、ちゅっと唇をそっと合わせて少し舌を入れてみる。普段と違って一方的なキスだから少しドキドキする。少し無理やりにしているような気持ちっていうか。


「ん?ちょ、顔近いんだけどどうしたんだ?」


 さすがに目が覚めたらしい。あわあわと後ずさる修ちゃんが可愛らしい。


「さて、どうしたと思う?」


 少し意地悪がしたくなって問いかけてみる。


「口の中になんか入って来た感覚が……まさか」


 もう気づいたんだろう。少し顔が赤くなっている。


「正解。ちょっとお目覚めのキスっていうのやってみたくなったの」


 ニンマリ笑って答えを告げる私。


「お前なー。別にキスは嫌じゃないけどせめて起こしてくれよ」


 少し恥ずかしがりながら抗議をしてくれるのが嬉しい。

 本当に怒っていないのがわかるから。


「じゃあ、今は起きてるからもう一回」


 上から覆いかぶさって再び唇を合わせる。

 舌と舌を絡め合うこんなキスももう日常だなあ、なんてキスしながら考える。


 小一時間程イチャイチャした後の事。


「じゃあ、今日はお土産を物色するってことでいいか?」

「うん。思い出に残るもの買おうね♪」


 何年、何十年経っても思い出せるそんなものがいいな。

 あ、それでも一つ外せないものがあった。


「マーマイト?また百合は」


 ホテルの近くにあるスーパーにて。

 イギリスの発酵食品として有名なマーマイトを指差したところ修ちゃんは渋い顔。


「こういうのはチャレンジしてみたいよ!」

「ウナギのゼリー寄せみたいに激マズだったらどうする気だ?」


 う。でも、調べた限りでは調味料の類とも言えるし、納豆が行ける人なら問題がないとも聞く。


「大丈夫、大丈夫。たぶん」

「なんか不安だけど。ちなみにマーマイト塗ったトースト作るつもりだろ?」

「よくわかったね」


 その通り。もともと、マーマイトはパンに塗るのが主な使い方らしいし。


「付き合いもいい加減長いからな。なんとなくわかるよ」

「理解がある旦那様で良かった♪」

「はいはい」


 というわけで、家でのお土産の一つとしてマーマイトを購入。

 そして、次は定番だけど紅茶とお菓子。


「紅茶は確かに定番だけど、何選べばいいんだろうな」


 百貨店のコーナーの一角で頭を悩ませる私たち。

 確かにイギリスの紅茶といってもあまりにも種類が多すぎて迷ってしまう。


「修ちゃんとしてはどういう紅茶がいいの?」

「別に強い希望はないけど、落ち着けるのがいいな」

「リラックスできる奴だね。ちょっと調べてみる」


 確かに、私も強い好みはないけどリラックス出来るハーブティーなんかいいかもしれない。結果、特にネットでリラックス効果に定評があるブランドのハーブティーを購入。


「帰ったら午後のおやつと一緒に飲もうね」

「優雅にアフタヌーンティとか……」

「なに。似合わないとかいうつもり?」

「いや。案外似合うかもしれないな」


 ぽんと急に頭に手を置いてなでなでしてくれる。

 修ちゃんのこれは好きなのだけど、してくる時は大体生暖かい目で見ているので、私が幼くなったような気がして少し恥ずかしい。


 お茶菓子はそこまでこだわりがないので適当に買うとして、後は心に残るお土産はなんだろう。


「修ちゃん。後々まで思い出に残るお土産考えてるんだけど」


 いいアイデアはないかと聞いてみる。


「思い出かあ。となると普段遣いのとか長持ちするのがいいよな」


 色々候補は思い浮かぶけど逆に決定打が無くて困る。

 と、眺めてて一つ目に付いたものがあった。


「ね、ね。ハリー・ポッターのグッズが置いてる店があるみたいだけど」

「ん?百合、ハリポタ特に好きじゃなかったと思うけど」


 訝しがっている修ちゃん。確かに私はそこまでハリポタが好きなわけではない。一応、最後まで読んだことがあるくらいには好きだけど、心に残る作品という程でもない。


「でもね。後で思い返した時にわかりやすくない?ティーセットも悪くないけど、イギリス!てわかりやすいものの方がいいかなって」


 言ってて両方買えばいいのではと思ってしまったけど。


「じゃあさ、ティーセットとハリポタのグッズ、両方買えばいいんじゃないか?」


 まさに言おうと思っていたことを言われて噴いてしまった。

 同じことを考えているなんて夫婦だなあと思って嬉しくなってしまう。


「なんで笑ってるんだよ」

「修ちゃんも笑ってるでしょ。同じこと考えてたんだなって思っただけ」

「夫婦は似るっていうけど、こういうことなのかね」

「だったら嬉しいよね」


 こんなちょっとした事でも嬉しくなってしまうなんて本当に現金だ。ともあれ、ハリポタのグッズと、これまたイギリスらしく、ピーターラビットの食器セットを買うことになったのだった。


 その後は、友達へ買うお土産の物色。限定チョコやキットカット、ショートブレッドなどお菓子類が中心だ。やっぱりお菓子が一番ハズレがないし。


 ロンドンの中心街をあちこち歩いた私たちが買い物を終えたのは午後6時過ぎ。


「トランクもそろそろ限界だな」

「うん。ちょっと買い込み過ぎたかも」


 せっかく一生に一度の新婚旅行。その他にもちょっとしたアクセサリーとか色々なものを買ってしまった。


「でも、楽しかった新婚旅行だけど、明日は帰国だね」


 ホテルへ向かうバスに乗りながら隣の修ちゃんに溢す。

 飛行機はともかくロンドンについてからは本当に楽しかった。

 ウナギのゼリー寄せもなんだかんだ言って楽しかったし、フォトウェディングも「お嫁さん」ていう実感が湧いて良かった。

 ホテルでは普段と違うロケーションもあって存分にいちゃいちゃ出来た。

 だから、もう明日で帰国なんだと思うと寂しくなる。


「俺も少し寂しいな」


 修ちゃんもこの時間が終わるのを寂しく思ってくれたんだ。

 やっぱり最高の旦那様だ。


「あの……今夜はすっごいイチャイチャしたいんだけど」


 こういうのはなんていうんだろう。

 もちろん、帰国しても修ちゃんとは夫婦のままだ。

 でも、この時間が今日で終わると思うと今日の夜は色々したい気持ちが凄く強くなって来ているのがわかる。

 窓の外に見える夕日もそれを後押ししているのかもしれない。


「俺も。今朝したばかりだけど、その……百合と同じ気分」


 その言葉に急に心臓がドクンとする。

 気持ちがシンクロしたっていうのかな。

 どんどん好きっていう気持ちが溢れてきて困る。


(早くホテルに着かないかなあ)


 そんな爛れた気持ちを考えながらぼーっと夕日を眺めていたのだった。


 帰るなりお互いシャワーで汗を流して、そして、今はお互いベッドの中。

 なんだかはしたないという気持ちがあるけど、気持ちには逆らえない。


 早速、手始めにキスを交わす。

 今朝はそうでもなかったのに、これだけでどんどん気分が高まっていく。


「なあ、百合。今すっごい積極的じゃないか?」

「それ言うなら修ちゃんもでしょ。エッチ」


 だって会話する間にも身体をまさぐってくるし。


「それ言うなら百合もエッチだろ」

「修ちゃんの触り方の方がエッチいよ」


 凄くくだらない言い合い。

 そんな話をしながらお互い身体に触れあっていく。


 興奮してるはずなのに手順は身体が覚えている。

 

「今夜はすごく想い出に残るかも」

「こういう方向で想い出に残るのはどうなんだよ」


 こうしてたっぷり数時間イチャイチャした私たちだった。


「旅行の魔力ってやつかね」

「そうかも……」


 一通り色々してようやく落ち着いた私たち。

 今は瞼が下りてきてだいぶ眠くなって来た頃あいだ。

 修ちゃんもどこか眠そうだ。


「ねえ、新婚旅行楽しかったよね」

「ああ」

「またいつか来られるかな」

「行けるだろ。バイトはしないとだけど」

「なんだか幸せ過ぎて怖いくらい」


 ひょっとしたら、次の瞬間には何かこんな瞬間が壊れちゃうんじゃないか。そんな根拠もない不安が一瞬だけ湧いてくる。


「そんだけ喜んでくれたのなら本当に良かったよ」

「うん……帰ってからも……よろしくね」


 だいぶ眠くなってきて声もとぎれとぎれだ。

 どんどん物事を考えられなくなっていくけど、こんな瞬間も幸せかもしれない。


「百合も色々変わったよな」


 どういう意味だろう?頭が働かないのでわからない。

 ただ、髪を漉きながらだから悪い意味じゃないのはわかる。


「明日……意味、教えて」


 とうとう睡魔に耐え切れなくなった私は修ちゃんに抱き着きながら眠りに落ちて行ったのだった。あ、こうやって抱き合いながらっていうのはあんまりなかったかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る