第49話 新婚旅行(6)~フォトウェディング~

 ロンドンに着いて三日目の朝。ようやく時差ボケも解消されて来て、伸びをするとホテルの窓から日光が差し込んでくる。日本の夏より日差しが弱いせいか、そこまで暑くはない。


「修ちゃん……はむっ」


 ぼんやりと隣の百合が目を開けたかと思えば、いきなり唇に吸い付いて来た。

 ちょっといきなり過ぎだろ。


「ぷはっ。寝起きにいきなりどうしたんだよ」

「新婚旅行だしこれくらいいいでしょ?」


 こういう気まぐれさは時々猫っぽいなって感じる。


「それは嬉しいけど。朝からだとちょっと色々……」


 薄いパジャマでこういう真似をされると我慢できなくなりそうだ。

 一瞬ちらりと下半身を見たかと思えば。


「じゃあ、私から口でしてあげるから」


 言うや否やパジャマのズボンを脱がしにかかってくる。

 

「ちょっと待て」

「して欲しくないの?」

「そりゃして欲しいけど」

「ならいいでしょ?」


 気持ちいいんだけど俺にしてみれば恥ずかしいのだ。

 百合は反応が面白いらしいけど。


◇◇◇◇


 ホテルの朝食を食べた俺たちは一路ロンドン観光に出発。午前中はバッキンガム宮殿をはじめとする有名観光地巡り。


「こういうところで女王様ごっことかしてみたいなあ」

「発想がそれかよ」

「だって面白くない?」


 歴史的建造物なのに風情も何もないところが百合だ。


 続いては、ウエストミンスター寺院。多くの歴史的著名人、たとえばニュートンやダーウィンと言った偉人が多数埋葬されているところでもあるらしい。


「お墓がいっぱいあるとなんだか寂しいよね」

「まあな。気持ちはわかる」


 まだ大学生の俺たちは普段の生活で死を意識することは少ない。でも、こういう場所に来ると人はいずれ死ぬのだという当たり前のことを認識させられて少ししんみりとしてしまう。


 さすがにこういう場所では百合も神妙な顔をして静かに俺と一緒に見て回ったのだった。


 お昼はロンドンの大衆食堂にて。もっと豪華なものでいいと思うのだけど、百合としては現地ならではのものを食べたいのだとか。まあウナギのゼリー寄せ級の代物じゃなければいいか。


 イギリスのソウルフードであるらしいジャケット・ポテトJacket Potato。ベイクド・ビーンズとサラダの付け合わせとともに出て来たそれは少々見た目が微妙だったけどこれは意外に美味しい。


「なんだか、こういうのなら毎日食べても飽きないかも」

「量が少し多い気がするけどな。わかる」


 ベイクド・ビーンズが意外に食べやすいし、ポテトがそれにうまいことマッチしていて自然な味わいだ。


 いわゆる美食ではないけどこういうのも現地での旅行ならではかもしれない。


 昼食を経て午後はいよいよ今回のある意味本命であるフォトウェディングだ。結婚式とは別にせっかくだから新婚旅行でウェディングドレスを着てみたいという百合たっての希望もあり、ドレスをレンタルして撮影してもらうことになった。


 イギリスにもそういうサービスがあるのは意外だったけど、どこの国でも結婚式というのはお金がかかるものなのかもしれない。ともあれ、貸し衣装に着替えた俺たちだけど、着替えた百合を来て思わず見とれてしまった。


 物語やあるいは親戚の結婚式などでは見たことがある純白のウェディングドレス。外で動きやすいように裾はわずかに短めだけど、普段の悪戯っ子な百合が清純な乙女に見えて来る。結婚してしばらく経つのに、心臓がドキドキする。


「修ちゃん、照れてる?」

「……反則だろ。すっごい綺麗だよ」


 あーもう。服装一つでこうも印象が変わるなんて。


「あ、ありがと。修ちゃん」


 腕を組んで来る百合と一緒に街角を歩く。同じようなお客さんだろうか。男女で歩き回っている姿を見かける。


「私、お嫁さんなんだよね」


 ぽわわんとした表情でどこか夢見心地な百合だけど、そんな様も可愛らしい。


「ま、まあ。そりゃお嫁さんだろ」


 ちなみに俺もタキシードに着替えている。しかし、やはり照れる。

 ともあれ、二人で周囲を歩きながら時折ツーショットでの写真を撮ってもらったのだった。


「帰ったら優ちゃんとかに自慢したいなー」

「別に止めないけどさ」


 百合がこんなに喜んでくれて嬉しい限りだ。


「今は本物の式じゃないけど、いずれ本当にやるんだよね」

「なんか色々疲れるって聞くけどな」

「大丈夫。きっとなんとかなるよ」


 ロンドンには珍しく快晴の今日。

 二人でいちゃいちゃしながら過ごした数時間だった。


 夕ご飯はさすがに少し奮発して日本円にして5000円くらいするレストランのディナー。高級料理とまでは言えない価格帯だけど、さすがに値段相応に美味しくて、これには二人して満足したのだった。


 そして、ホテルに帰って来た俺たちはというと。


「こうやってバスタブで向かい合うのいいよね」

「入浴剤で下が見えないのが幸いだな」

「見えても別に大丈夫だよ?」

「そこまで絶倫じゃないからな」

「わかってる。今朝もしてあげちゃったし」

「……」

「照れてる?」

「そりゃな」

「じゃあ、良かった」


 何が良かったというのだろう。

 でも、百合が楽しそうならそれでいいか。


 お風呂上がりの俺たちは再びベッドに寝っ転がってお互い見つめ合う。


「なんだかあっという間だね」

「明後日にはもう帰るんだしな」


 楽しい時間はあっという間だ。


「明日にはお土産買おうね」

「そうだな。何買うかな」

「マーマイトとか」

「また百合は色物を」

「でも、納豆みたいで美味しいって聞くよ?」

「やーどうなんだろうな」


 発酵食品としては似ているのかもしれないけど。


「大好き、修ちゃん」


 ごろんと転がってキスをお見舞いされる。


「俺も大好きだぞ」


 抱き寄せて俺もキスをし返す。


「私たち、ラブラブだよね」

「まあ、ラブラブかもな」

「そこは断言して欲しいなー」

「わかったよ。ラブラブ。ラブラブ」

「心が籠ってなーい」


 眠気が襲ってくるまでやっぱり夜はひたすらいちゃいちゃしたのだった。

 旅の雰囲気といえばいいのか。

 百合が連日ここまで積極的なのも珍しいし。

 俺も雰囲気に流されている気がする。

 

 あとで振り返った時にはいい思い出になっているだろうか。

 なんて考えながら二人で眠りについたのだった。

 

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