第48話 新婚旅行(5)~ロンドン観光とウナギのゼリー寄せ~

「ふわーぁ」


 気が付いたらお昼を過ぎていた。外もすっかり明るくなっているけど修ちゃんは珍しくまだ眠りこけている。人の事は言えないけど海外旅行って結構疲れる。


 さすがに午後1時まで寝たおかげで体力は回復!

 お昼からだから遠出は無理だけどロンドンを見て回りたいな。


「おはよう百合」


 寝ぼけ眼をこすってベッドから起き上がった修ちゃんが可愛い。


「おはよう修ちゃん。もうお昼だけど支度したらロンドン観光に行かない?」

「そうだな。ロンドンまで来てホテルに引きこもるのも勿体ないし」


 午後からはいよいよロンドン観光だ。

 Uberアプリがあるから外国でも車をすぐ呼べるのは本当に助かる。


「ビッグベンは一度見てみたかったんだよねー」


 せっかくだから一度記念に見ておきたかった有名観光地。


「百合にしては無難なチョイスだな」


 修ちゃんは意地悪を言う。


「私にしてはとかどうかと思うよ」

 

 いっつも変な事にばっかり興味を持つ子だったから仕方ないけどね。 

 こんなおしゃべりも新婚旅行っぽいなあなんて感じる。


【お客さん日本人のようですが、観光客ですか?】


 恰幅の良い陽気そうな運転手さんが英語で話しかけてきたのでビックリ。

 

「観光客か?って聞いてるんだよな」

「うん。そう……だと思う」


 学校と違って英語をしゃべる速度が皆早い。


【はい。新婚旅行……ハネムーンで来たんです】


 新婚旅行は確か英語だとハネムーンだったよね。


【そりゃいいですね。ロンドンには見どころがいっぱいありますよ】

【一つ聞いてもいいですか?】

【うん?なんでしょうか】

【ウナギのゼリー寄せを食べてみたいんですが……】


 隣の修ちゃんが渋い顔をしてるけど気にしない。


【お客さん変わってるねえ。あんなものを食べに行くなんて】


 美味しくないんだ。やっぱり食べないと。


【俺の嫁さんが一度体験してみたい!って聞かないんですよ】


 そういう修ちゃんの言葉に頬が緩みそうになる。

 だってお嫁さんだよ、お嫁さん!


【なにそれ。私が我儘言ったみたいじゃない】


 無理やり不機嫌を装って修ちゃんに文句を言ってみるも。


【そういうことにしといてやるよ】


 憎たらしい返事を返して来たのだった。

 今夜は目にものを言わせてあげるんだから。


 運転手さんが笑って、


【仲がいいのはいいことですね】

【【……】】

【ウナギのゼリー寄せはイーストエンド方面に行けば扱ってますよ】


 イーストエンド。ロンドンの東側だろうか。


【ありがとうございます。運転手さん】


 日本人らしく感謝の意を込めて深くお辞儀をする。


【日本人観光客だけあって礼儀正しいですねえ】


 そういえば、日本人観光客は礼儀正しいイメージがあるらしい。


【いえ。ところで……】


 拙い英語を駆使して運転手さんとちょっとした会話を楽しんだのだった。

 英語は疲れるけど、こういうのも旅の醍醐味。


◇◇◇◇◇


 しばらく車を走らせているとあの有名な時計塔が見えて来た。


「わー!これが憧れのビッグベン!】


 テレビで初めて見た時にいつか行ってみたいと思っていたんだ。

 見上げるとさすがに実物は違う。

 歴史を感じさせる建物の色合いや汚れ。

 忘れまいと夢中であれこれ観察していると、


「百合がビッグベンに憧れてたとか初耳だな」

「私だって観光地には興味あるんだけど?」


 修ちゃんには言ってないけどロンドンに憧れもあるのだ。


「悪かった。あとで屋台のお菓子奢るから」


 ポンポンと頭を叩かれる。

 こういうのでご機嫌取りしようとするんだから。

 そう思いつつも機嫌がよくなってしまっている私がチョロい。


「飴と鞭作戦はずるい」


 嬉しいけど、なんか修ちゃんに負けた気がして納得が行かない。


「しかしそうか。後で鞭が必要だな」


 修ちゃんがなんだか邪悪な笑みを浮かべてる。


「今日の夜にあんまり変なことしないでね?」


 今夜は私のターンのつもりなんだから。


「それは百合次第だな」


 修ちゃんはすっかり勝ったつもりでいるらしい。

 今晩は思いっきり悪戯してあげるんだから。


 しばらくビッグベンを眺めた私たちは市内をぷらぷらと歩きながら

 イーストエンド方面に移動。


「店の雰囲気が日本と全然違うよね」


 手を繋ぎながら周囲をキョロキョロと見渡す私たち。

 完全にお上りさんだ。


「ちゃんと古い街並みが残ってるのが凄いよな」


 なんだか感心した様子の修ちゃん。

 確かに日本だとあんまり見られない光景だ。


「うん。やっぱり来てよかった」


 修ちゃんと手を繋いでロンドンの街中を歩けることも。

 修ちゃんがやっぱり旦那様なんだなあと意識させられることも。

 非日常の場だからこそ感じられる新鮮さという気がする。


「ウナギのゼリー寄せは本当に食べるのか?」

「疑ってるの?」

「疑ってはいないけど色物メニュー間違いなしだろ」


 色物メニューはそうかもしれない。でも。


「だからだよ。美味しいものは日本でもいっぱいあるわけだし」


 あえて現地ならではのものに挑戦するのこそ旅行の醍醐味。

 美味しいものは別に食べればいいし。


「つってもマズいものを求めるのはどうかと思うけどな。別にいいけど」

「細かいこと気にしない」


 しばらく歩いて行くとイーストエンド方面に到着。

 ゼリー寄せは大衆食堂で出していると言っていたっけ。

 近くに『パイ&マッシュ』という食堂があったので入ってみることに。

 レストランというよりも日本でいうと町の食堂という感じ。


 メニューは3種類だけ。


・ウナギのシチュー&マッシュポテト(stewed eels and mash)」、

・「ウナギのゼリー寄せ(jellied eels)」


 それに、


・「ミートパイ(pie)」と付け合せの「マッシュポテト(mash)」


 の組み合わせだけ。そんなに自信があるのかな?


 周囲の客席に運ばれているそれはいかにも美味しくなさそうな見た目。

 どんな味がするんだろうと今からワクワクだ。 


 修ちゃんは「これ、まともに食べられるんだろうな」と言いたそうな顔をしている。ごめんね。後で埋め合わせはするから。


 結局、ウナギのゼリー寄せとミートパイを頼んでしばらく待つことに。

 20分くらい待つとやっぱり美味しくなさそうなゼリー寄せに。

 普通に美味しそうなミートパイが運ばれて来た。


 食卓に塩や酢など豊富な調味料があるのが日本では見られない光景かも。


「「いただきまーす!」」


 楽しみにしていたウナギのゼリー寄せをまず最初に。


「……ど、独特な味だね」


 さすがに店の中でマズいというのは失礼なので言葉を濁す。

 

「だから言わんこっちゃない」

「こ、これも体験だよ」


 まず感じたのはウナギの生臭さ。

 次にゼリーになっている部分の触感が気持ち悪い。

 生臭さとのコンビネーションでひどいことになっている。

 しかも時折骨が出て来る。泣きそう。


「調味料振りかけようぜ。もともとそういう目的らしい」


 なるほど。胡椒とかはそういう目的なのかな?

 とりあえず塩胡椒を振ってさらにビネガーをかけて生臭さを全力で誤魔化す。

 すると、不思議なことに意外と食べられる味になった。


「これなら食べられるかも」


 最初は好奇心だけでウナギのゼリー寄せを頼んだことを後悔しそうになった。

 でも調味料で誤魔化せるのならなんとかなる。


「これも経験ってやつか」


 調味料で色々誤魔化したので素材の味なんてかけらも残っていない。

 二度と食べるまいと決意てひたすら黙々と料理を口に運んだのだった。


◇◇◇◇


「ゼリー寄せは二度と頼まない」


 本当にあれは二度と食べない。


「だから言わんこっちゃない」

「修ちゃん。付き合わせてごめんね」

「気にするなって。日本に帰ったらネタにもできるしさ」 


 実は想像を絶するマズさに修ちゃんを付き合わせて少々凹んでいた。

 まずいと言っても味が薄いとかそういうくらいじゃない?

 そんな先入観があった。でも予想を上回っていた。

 日本のウナギ料理があんなのだったらウナギを絶滅させたい。


 なんて考えているとぐいと手を握られた。

 見上げるとしょうがないなあという修ちゃんの顔。

 こういう「何もかもわかってます」っていう顔されると恥ずかしい。


 帰りはロンドン中心部の街並みを見ながらゆっくり歩いたのだった。 

 ちなみに今の季節は日没が21時近くらしい。

 日本だと夜のはずなのに夕日の中を歩いたのは不思議な感覚だった。


◇◇◇◇


 中途半端な時刻にウナギのゼリー寄せを食べたので帰る途中でコンビニのような購買のようなお店で軽く食べられるスナック的なものを買ってホテルに持ち込むことにした私たち。


 せっかくのアパートメントホテルだし、滞在中に自炊してみたいなあ。でも、考えてみるとこっちの食材なんて全然知らないから難しいかも。


 そんなことを考えながらシャワーを浴びたのだった。

 

 そして現在。身体はほどほどに疲れているけど夜はこれから。


「修ちゃん……♪」


 頭をこつんと旦那様の肩に預けてみる。

 元々はネット知識で仕入れた仕草だけど甘えている感じが好き。

 修ちゃんもこういう仕草が好きらしくて明らかに反応が変わるのがわかる。

 高校の頃、可愛く甘える仕草をする女の子の気持ちがわからなかったけど、意外とこういうものだったのかも。


 ぐっと顔を近づけてキスを求めるとすぐに応じてくれる。

 エッチなのもいいけどこうして舌を絡めるキスも気持ちよくて大好き。

 くちゅくちゅとする水音が少し恥ずかしいけど。


「百合……」

「ん」


 例によって修ちゃんはまず首筋を責めてくる。

 最初は修ちゃんも冗談半分の軽い悪戯だったのだけど。

 私もされるのが好きになってしまったのだ。

 最初はくすぐったいだけだったのに。


 少しずつ手が下の方に降りてきて、息が荒くなってるのを感じる。

 こうして、二日目の夜は思いっきりイチャイチャしてしまったのだった。

 こういうのも新婚旅行らしいよね。


「あ!」


 行為を終えて修ちゃんと明日の事について話しているときのこと。


「どうしたんだ?」

「今晩は私が色々悪戯するつもりだったのに……!」


 すっかり責められる側だった。不覚。


「別に新婚旅行でそんなの気にするなよ」

「私的には重要なことなの!」


 修ちゃんに掴みかかってなんとかマウントポジションを取ることに成功。


「ちょっと百合。何するつもりだよ」


 半分笑顔、半分は何するんだこいつという顔だ。


「さっき思いっきりいじめられたから。仕返し」

「待てって。百合だって気持ち良さそうだっただろ」

「それはそれ。これはこれ」


 私は負けず嫌いなので一方的にやられっぱなしは気に食わないのだ。

 というわけで、私もさんざんやり返したのだった。


 何をどうやり返したのかは秘密。

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