第36話 喫茶店と食べさせ合い
学食というものは大学生になっても重宝する。
いや、大学生だからこそ重宝すると言えるかもしれない。
何故なら、高校の時とは比較にならない程バリエーションがあるからだ。
俺たちが主に講義を受ける学部棟A棟ですら、
・「粉はクリーム」(喫茶店&パン屋)
・「ラーメンは飲み物」(ラーメン屋)
・「蕎麦も飲み物」(蕎麦屋)
など数多くの学食がひしめいている。店の名前がややおかしいが気にしたら負けだ。多くの店で300円~400円台という学食らしい値段設定に見合った「それなり」の味だけど、「粉はクリーム」内には持ち帰り可能な焼きたてパンコーナー(一つ100円台)が併設されているのと、焼きたてパンのクオリティが高いのでなかなかに人気がある。「粉クリ」と親しみを込めて呼ばれていて、時には卒業生でも買いに来る人がいるくらいで、お昼休みにはかなり混み合うことも多い。
そんな講釈はともかくとして、俺と百合は晴れた7月上旬の朝、粉クリを訪れていた。定番の焼きたてパンを買うためだ。学食と侮るなかれ。焼きたてパンの種類とクオリティは街中のパン屋さんになんら劣らない。
「あー、お腹空いた」
「空腹は最高の調味料っていうよ?」
なんて話しながらガラス張りの店内に入った俺たちだけど、店内の一番奥にひっそりと向かい合って座っているのは……
「おはよう、二人とも―」
そう挨拶しようとしたのだが、
真剣な瞳をした
急にどうしたんだ?
(
指を唇に当てて「しー」のポーズ。
ところでうちの嫁はこういうポーズも可愛い。
(ん?あの二人に何かあったのか?)
仕方なく店の外に出て、小声で話す。
(よく見て。お見合い状態になってるよね?)
(確かに)
言われて店内を観察すると、パスタを注文した二人が対面に座っている。
遠目だけど、和気藹々ではなくぎこちない。
(お互い寝不足で、じゃないよな?)
(うん。優ちゃんが「食べさせ合い」をしてみたいけど恥ずかしいんだって)
マジ顔なので冗談じゃないことはわかるけど、なんで百合が。
(優から直接聞いたのか?)
(うん。あんたにそういう相談は恥ずかしいけど……とか言われた)
優ちゃんもちょっと失礼だよね、と少しぷんすかな百合だが、わかる。
百合に相談してもずれた答えが返って来る可能性もあるし。
優としては色々恥ずかしいんだろう。
(しかし、あの二人も交際歴一年以上だろうに……)
そこまで抵抗があることだろうか?
(優ちゃん、恋愛相談とかもよくされてたのにね)
(恋愛経験が偏ってる百合さんとしてはどう答えたんだ?)
恋愛相談なんて乗るガラじゃないだろうに。
ましてや、お互いの交際経験値は極端だ。
(それ言ったら修ちゃんもすっごく偏ってるよね?)
(まあ、そこはおいといて)
(【粉クリで試しにやってみたら?パスタとかちょうどいいよ】って)
なるほど。
「あーん」に行かないまでも、一部をお互いの皿によそうのもやりやすそうだ。
(というわけで、他人の振りして近くの席へGO!)
目がキラキラとしていて、これは絶対に拝まなければという顔だ。
(OK。俺もちょっと見てみたいしな)
本来はパンの予定だったけど俺たちもパスタに変更。
俺はきのこスープパスタ。百合はたらこスープパスタだ。
券売機で食券を買って空いた席に着席する。
店内で対角線上にある席で、二人からは近すぎず遠すぎず。
(すっごいまどろっこしいな)
さすがに二人も気づいたようだけど、俺たちは気づかない振り。
(頑張れ、頑張れ優ちゃん!)
見ると、時折巻き取ったパスタを宗吾の皿に移そうとしている。
しかし、その直前で躊躇して自分の口に運んでしまっている。
甘酸っぱい。甘酸っぱすぎる。
(宗吾の奴も気づいてるけど、落ち着かない感じだな)
同じようにパスタを優の皿に移そうとしている。
しかし、身体がガチガチで緊張しているのが明らかだ。
「お待たせしました。20番の方、ご注文の料理が出来ました」
店員さんから呼び出しがかかる。
この辺りは学食というか、出来上がった料理はカウンターに取りに行く。
(仕方ない。俺たちも食うか)
(優ちゃんたちうまく行くといいんだけど)
席に戻ってパスタをパクつく俺たちを尻目に二人の様子はそのままだった。
少しずつ食事が進んでいるのだけど、本当に少しずつだ。
大方、食べさせ合いをするまでは食事を終えまいと思っているんだろう。
(心配し過ぎても仕方ないか)
(そうだね。別に喧嘩してるわけじゃないし)
うまく行かなくてもお互い少し凹む程度だろう。
(しかし、宗吾も純情っていうか)
(優ちゃんもね)
ちらちらと見ながら淡々と食事を進める俺たち。
「たらこパスタ一口もらっていいか?」
見ていると百合のものも食べてみたくなって来た。
「はい。どうぞ」
フォークに巻き付けたパスタを口の前に出されるので、
パクっと一口。
「やっぱ、たらこパスタもなかなかいいな。ほれ、百合も」
同じようにフォークに巻き付けたパスタを彼女の口の前に。
同じくパクっと一口。
「こっちの方がスープの味好きかも」
「わかる。きのことよくマッチするんだよな」
ふと視線を感じると、遠くから優たちが俺たちを見ていた。
宗吾なんぞわざわざ後ろまで振り向いている。
と思ったら、視線をすぐに引っ込めてしまった。
(またバカップルめ、とか思ってたのか)
(二人とも同じようなことやろうとしてるのにね)
などと嘆息していると、二人が何やら、
「宗吾君。一口、どうぞ」
「じゃあ、優さんも一口どうぞ」
少しおずおずとお互いの皿にパスタを一口分置いている様子がうかがえた。
(二人とも、やったな!)
(うんうん。お姉さんは嬉しいよ)
(百合は優に面倒見てもらったこと多い癖に)
(恋愛的にはお姉さんなの!)
などと漫才をやっているとようやく二人の空気が弛緩したのが感じられた。
「優さんの美味しいね」
「宗吾君のも美味しい」
微妙にツッコミを入れたくなったが、なんとかミッションを達成したらしい。
結局、後に来た俺たちが先に食事を終えて席を立ったわけだけど。
「優ちゃんからメッセージが来てる」
「うん?」
「【一応、ありがとうね】だって」
「ああ。俺たちのを見てたのか」
道理で、直後に動きがあったわけだ。
「こうなると後でからかってやりたくなるな」
「うんうん。昼食の時に聞いてみよっ」
二人がどんな感じで交際しているのか。
あえて突っ込んで聞いたことは少なかったけど。
友人の恋愛事に首を突っ込むのも結構楽しいかもしれない。
ちなみに、
「感謝はしてるけど。時々観察してたでしょ」
というツッコミを優からいただいたのだった。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
今回の二人はイチャイチャではなく野次馬枠でした。
バカ夫婦を応援したい方々は、応援コメントやレビューいただけると嬉しいです。
次章からは初夏の話がメインの予定。
☆☆☆☆☆☆☆☆
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