第11章 夏のはじまり

第37話 夏の講義とこれからの私たち

 夏は好きだ。

 げんなりするような暑さなこともあるけど、夏の思い出はたくさんある。

 二人で夏祭りに行ったり、エアコンの効いた部屋で二人でゲームをしたり。

 といっても、それを言い出したらどの季節も好きということになるのだけど。


 しかし、修ちゃんに聞けば「夏は暑いだけだろ」とでも言いそうだ。

 なんせ、彼は昔から人一倍暑さに弱かったし今もそうだ。

 あんまり空調が効いていない小教室となればなおさら。


 でも、なんでだろう。

 私の旦那様と思うだけで、なんだか心がウキウキするのは。

 新婚さんだから?


「ここ、空調効いてない気がするんだけど……」


 高校の時と変わらないような小教室の最後列で修ちゃんはぐったり。

 机を枕にして顔を突っ伏している。


「ノートはあとで見せてあげるからね」

「助かる」


 怠惰な私だけど、こういう時こそ旦那様を助けてあげないと。

 私の得意分野でもあるし。


 私は結構暑さに強いけど、修ちゃんは大変だなあなんて思いながら、

 最近は横顔を見てたりする。


 修ちゃんは昔からいざという時に頼れるカッコいい面も多いけど、

 こうして暑さでへばってる様子はちょっと可愛い。


 結婚して初めての夏。

 暑さでじんわりと汗滲む事も多いけど。

 こうして一緒に居られることがそれだけでとっても嬉しい。


 私たちが今受講してるのは比較文化概論ひかくぶんかがいろん

 理系学部の私たちにはあんまり関係ないけど、

 教養科目というやつだ。


 しかし、文化と言えば。

 私たちは一度も日本を出たことがない。

 でも、いつかアメリカとかヨーロッパとか行ってみたい。

 アメリカのメガ盛り文化がどんなものかを体験してみたい。

 メシマズの国らしいイギリスのご飯の不味さにも興味がある。

 ニシンがパイから顔を出す画像で有名なスターゲイジーパイ。

 それと、微妙な味らしいウナギのゼリー寄せとかも食べたい。


 なんてことを考えるから私は変わってるとよく言われるんだろう。


 キーンコーンカーンコーン。二限続いた講義もようやく終わったみたい。


「来週は休講なので宜しくお願いします」


 この講義を担当している準教授の先生は国際学会に出張とのこと。

 先生都合で時々休講になるのは、高校と違って最初驚いた。

 でも、大学の先生は研究者でもあるので、当然の事らしい。


「よーやく蒸し焼きから解放される」


 修ちゃんだけじゃなくて大勢の学生さんがやれやれと疲れた表情だ。

 私はぐーたらだとばっかり思っていたけど、意外に我慢強いのかもしれない。


「お昼どうする?」


 たまに私が気分でお弁当を作ることもあるし、修ちゃんが作ってくれることもたびたびだけど、学食で済ませることも多い。


「冷やし中華食べたい……」


 やっぱりぐったりした顔で元気の無い声がかえってくる。

 本当に暑さにやられてるなあ。


「じゃあ、「ラーメンは飲み物」?」


 不思議な店名だけど深く考えたら負け。


 冷やし中華がメニューに並ぶと、夏だなあという事を感じる。

 高校の頃の学食にも冷やし中華があったっけ。


 ともかく、ラーメン屋さんにそそくさと移動する私たち。

 既に店内は同じく冷やし中華目当ての学生たちでガヤガヤと混み合っている。

 なんとか席を確保して、一息をついた後。


 冷やし中華を食べ始めるとようやく彼の顔にも生気が戻ってきた。

 今度、修ちゃんに特製冷やし中華作ってあげようかな。

 夏の暑さも乗り切れるような、そんな栄養たっぷりの奴を。


「新婚旅行どうする?GWは行けなかったけど、夏休みなら時間取れるだろ」


 少し生き返った修ちゃんがけだるそうに発した一言。

 その響きに一瞬ドキっとしてしまう。

 GWの新婚旅行の話はお流れになったけど。

 覚えててくれたんだ。

 それだけで、なんだか胸の奥がむずむずしてくる。

 愛されてるなあ、私。


「アメリカ行ってみたい。ニューヨークとか」


 冗談半分で口にしてみる。

 アメリカは旅費かかりそうだから、国内が無難だろうけど。

 なんせ、私たちはまだアルバイトもしていない。

 お小遣いだけだとたぶん足りない。

 確か往復の交通費だけで10万円は超えたはず。


「ニューヨークか。有名観光地だしありかもな」


 真剣に考え込み始めてしまった。

 冗談半分だったんだけどちょっと嬉しい。


「別に国内で十分だよ。冗談、冗談」


 そう流そうとしたら、


「行ってみたいのは本音だろ?前にメシマズ体験したいとか言ってたし」


 そんなところまで覚えてるんだから、もう。

 ただ、普段甘え倒している分、こういうところでまで負担はかけたくない。


「アルバイトしないと旅費きついよ。きっと」


 修ちゃんは時々私のために妙に頑張ってくれちゃうところがある。

 でも、あまり無理はして欲しくない。

 一緒に居られるだけでとっても幸せだから。


「こういう時のために多少貯金はしてるから。今更遠慮するな」


 わざわざカッコつけたような一言。

 でも、不覚にもカッコいいと咄嗟に思ってしまった。

 見栄とかじゃなくて、本当に新婚旅行を見据えて貯金してくれてるんだろう。

 そんな事くらいわかってしまうだけにじわっと少し嬉し涙がこぼれてしまう。


「どうしたんだ?」


 恥ずかしくて目を背けたのに気づかれてしまった。

 付き合いが長いとこういうところは厄介だ。


「カッコいい……って思っちゃったの」

「お、おお。それはありがとう」


 新婚さんやってるなあ、私たち。


「その。じゃあ、ほんとに海外でいい?」


 修ちゃんがそうしてくれてるなら妙な遠慮は逆に良くない。


「ニューヨークでもロンドンでもパリでも」


 そんな言葉に、ヨーロッパもありかもしれないなんて思う。


「ありがとう。後で色々決めようね」


 初めての海外旅行で新婚旅行。

 二人でどんな体験が出来るのか、色々楽しみになってきた。


 高校英語がどこまで通じるんだろうとか色々不安はあるけど、期待の方が大きい。


 ああ。一ヶ月先の夏休みが待ち遠しい。


(そういえば)


 籍だけ先にいれた私は、まだウェディングドレスも着ていない。

 その内式をやる予定だけど、早く着てみたい。

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