第34話 雨の日の登校といつもと違う彼女

 梅雨つゆと言えば雨。

 雨が続くとジメジメするし、多少は憂鬱な気分にもなる。

 はずなんだけど。


しゅうちゃん、大学行こう?」


 百合ゆりの様子が少しおかしい気がする。

 でも、まあいいか。


「今行くー」


 玄関に向かって歩いて行くと、ふと違和感を感じる。

 傘立てに傘が一つしかないのだ。

 おじさんやおばさんが出かけたにしても、百合の分がなんでない?

 ふと、目の前の百合を見ると何やらわくわくとしていて。


(ああ、そういうことか)


 ひょいと黒くて大きな傘を取って、


「じゃあ、行くぞ」

「う、うん」


 予想外に先手を取られたせいか百合が戸惑っていた。


◇◇◇◇


「で、百合はなんで柄にもなくしおらしいんだ?」


 家を出て相合傘をしている俺たち二人。

 ちなみに、俺が傘を持ってもう片方で手を繋いでいる。


「ずるい」


 微妙に不満そうに、でも、少しだけ嬉しそうにそんな事を言ってくる。


「何がずるいんだ?」


 言いたいことはわかるけどすっとぼけてみる。


「私が相合傘提案するの読んで、先にこうして来たから」


 やっぱりそうだったか。


「お前の様子が変だからなんか企んでるなーとはわかるぞ?」


 長年の付き合いゆえの勘だ。


「相合傘で修ちゃんが動揺するかと思ったのに……」


 確かに、以前はそんなこともあったっけ。


「同じ手は二度は食わないってことだ。それに、こういうのもいいもんだろ?」


 雨の日に嫁と手を繋いで相合傘なんてのもなかなかいいもんだ。


「それは……嬉しいけど。その内リベンジするから」


 妙な対抗意識に笑ってしまう。

 とはいえ、百合が本気を出したらまた何をやらかすかわからない。


「お手柔らかに頼むな」


 ほどほどの悪戯にしてくれという意図を込めて目配せをする。


「ふーんだ。修ちゃんがうろたえるくらいのを準備するから」


 割と本気で次の作戦を練り始めたらしい。

 そういう悪戯好きなのも一緒に居て楽しいところだし仕方ないか。


「でも、小学校の頃は、百合は雨降るとはしゃいでたよな」


 相合傘をしながらふと懐かしくなった。


「だって。なんか特別な感じがして楽しかったから」


 そういえば、そうだったかもしれない。


「それに、修ちゃんもなんだかんだ言って雨、楽しんでたでしょ?」

「言われてみるとそんな気も……」


 おぼろげに雨の日に傘も差さずに外で遊んでいた光景が蘇る。

 しばらく歩いていると、ちょくちょく俺たちの方を見る通行人たち。


「やっぱバカップルに見えてるだろうな」

「夫婦だよ」

「バカ夫婦はゴロが悪いな」

「そんなのどうでもいいから」


 なんていいつつ、腕を絡めて来る。

 傘差しながらだと少し歩きづらいけど、ちょっと幸せを感じる。

 通行人さんの目が余計厳しくなった気がするけど。


「でもさ、悪戯はともかく今朝はいつもより甘えて来てないか?」


 くっつき度合いが高い。


「なんだかわからないけど、そうしたい気分なの」


 ぽーっとした顔で言う百合はなんだか少し不思議な雰囲気だ。


「低気圧だと気分が変わるとかいうけど……」

「そうかもしれないけど、どっちでもいい」


 普段のイチャイチャとまた少し違う、しっとりとした雰囲気というか。

 そんな甘え方をされて嬉しくなりながら大学への道を歩いたのだった。


◇◇◇◇


 校門からキャンパスに入る間際、さすがに腕をほどいてくれた。

 ほどいてくれない事もあるけど、今日はそのくらいの理性はあるらしい。


 と思ったら、A棟の隅っこをなんだかじいっと見つめている。

 キャンパスからは死角になっていて、道行く学生からは見えない場所だ。

 そして、俺と視線を合わせるのと、その隅っこを見るのを繰り返す。

 つまり、あっちの方に行きたい?

 なーんか妙な予感がするんだが、ま、いいか。


 A棟の隅っこにある、柱の裏側に回り込むと、


「ん……」


 いきなりキスされた。

 顔が赤かったからそんなこともあるかなと思っていたけど。

 俺も口づけを返すこと約数分。


「ぷはっ……急にどうしたんだ?」


 そういうのも悪くないけど、と付け足す。


「なんとなくキスしたくなっただけ」


 普段の明るくて奔放な様子と違う事はたまにあるけど、何故なんだろうな。

 こんな様子も可愛かったりするけど。


「雨が関係あったりするのか?」

「わからないけど。雨の日は素直にこうしたくなるのかも」


 雨の日は憂鬱になるというけど、それが関係してたりするんだろうか。

 未だに百合のこういう面はよくわからない。


「あんたたちは……せめて、私たちが見てないところでして欲しいんだけど」


 気が付いたらゆうがすぐ近くに居た。


「そうそう。目の前でキスシーン見せられる身にもなってくれよ」


 宗吾そうごまで。


「この辺あんまり人通らないのに、なんでお前らがいるんだよ」


 別に見せたくて見せたわけじゃないと主張したい。


「そこの階段、二階の教室への近道なんだよ」


 あー、そういえば、そうだったか。うかつだった。

 人目につかないのは確かだけど、ショートカットする道があるのだ。


「悪い。ちょい失念してた」

「ごめんね。優ちゃん、宗吾君」


 やっぱり百合が少ししおらしい。


「いいわよ。ちょっと興味があったのも事実だし」

「そこで正直に言われてもな……」

「とにかく。なんか百合の様子が変だけど、フォローしてあげなさいよ?」

「また後でなー」


 というわけで二人は去って行った。


「なんか心配されちゃったね」

「お前の様子が露骨に違うからなあ」

「そうかも。雨の日は素直な気持ちになるのかな?」


 いつもよりぼーっとして、いつもより大人しくて素直な彼女。

 今日は少し違う一日が過ごせそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る