第33話 理想的なお嫁さん
少し薄暗い……なんて事はない明るいマイコン部の部室。
梅雨の時期は特に部屋の中で遊ぶのには最適だ。
とはいっても今は部員で仲の良い連中で集まってお昼を食べているのだが。
「
購買の焼きそばパンをむしゃむしゃしながら友人の
隣には
自然と顔が渋くなってしまう。
「参考までに聞くんだけどさ。中条の目から見て百合はどう見える?」
今のこいつはどう見ても擬態だ。
昔からの付き合いだからよくわかる……というか家ではこんなのじゃない。
「まあ……落ち着いてて、上品で、物静かっていうか、そんな感じ?」
なんとまあべた誉めである。
確かに今の百合は静かにゆっくりとお手製弁当を食べている。
お茶を飲む様子にも上品さがうかがえる。
「まあ、そうか……」
言っても通じまい。そう思ってあきらめたのをどう取ったのか、
「修二さあ。こんだけいい嫁さんもらっといてまだ物足りないとかじゃねえだろな」
じろりと見据えられる。
「さすがにそれは無いって。本当によく出来た嫁だって思うぞ」
ちらっと横を見ると、笑いを嚙みこらえている。
相変わらず百合は悪戯好きなんだから。
「そうよねー。女子の目から見ても百合さんうらやましいもん」
同じく部員の
ちなみに、八杉も結構美人だと思うし、むしろ百合よりも上品だと思う。
姿勢一つとっても背筋がピンと伸びているし、所作にも上品さが漂う。
その彼女を騙しとおせるのだから百合の擬態も大したものだ。
「彼女居ない俺がいうのもなんだが、愛想尽かされないようにしろよ?」
「そうそう。修二君とか、家では百合さんにお世話されてそうだし」
散々な言いようである。
「大丈夫ですよ。修ちゃんは少しだらしないですけど、誰よりも優しいから」
慈愛に満ちた微笑みをサークル友達に向ける様子もごく自然だ。
全く百合も役者なことで。
「ああ。百合さんみたいな嫁さん……以前に彼女欲しいなあ」
百合がいい奴なのは保証するが、たぶん中条が想像するのとは違うぞ。
「私も百合さんお嫁に欲しいくらいっ」
別にいいんだが、百合の嫁スキルは意外に低いからな。
「まあ、弁当が美味しいのは確かだな。うん」
自堕落モードに戻った百合だけど、こういう日はお弁当を作ってくれる。
「お嫁さんって感じがして良くない?」
とのことだけど、遊んでいるようにすら見える。
「修二君、たまには百合さんの家事手伝ってあげなさいよ」
「そうそう。今時、妻だけが家事するとか時代遅れだからな」
家事、7割くらいは俺がやってるんだけどな。
や、百合も気分が乗ったら家事してくれるんだけど。
それと結局朝起こすのも俺のことが多いし。
ともあれ、二人の言いたいことをまとめると、百合はすごくできたお嫁さんなので大切にしてやって、家事もきちんと手助けしてあげなさいということだ。
◇◇◇◇
部室でお昼を食べた後のこと。
次の講義までラウンジで少しの間休憩だ。
「百合さあ。お前のせいで俺の評価がさんざんなんだけどな」
怒っているわけではないけど、この悪戯娘が、という視線を向ける。
「ごめんごめん。でも、「お嫁さん」って感じの姿見せたいし?」
わからんでもない。
自堕落なのを諦めつつも、時折「理想のお嫁さん」を夢見るこいつだ。
少し見栄を張ってみたくもなるんだろう。
「部室とかでの清楚なお前、滅茶苦茶違和感あるぞ」
活発でもっとぐいぐい絡んでくるのが本来のこいつだ。
それが、物静かに旦那を立てるとか実にらしくない。
「でも……ちょっとグッと来なかった?」
う。それを言われると。
「まあ……悪くはなかったけどさ」
ある種の演技だとわかっていても、少しはときめいた。
「修ちゃん次第では、夜もあんな感じにしてあげるけど?」
こいつ。
「だから、そのなんでもプレイに結び付けるのやめい!」
トンと頭をはたく。
「えー。でもやっぱり夫婦の営みは重要だと思う!」
もうちょっと慎みを持ってくれませんかね。
ラウンジには誰もいないからいいけどさ。
「まあいいや。で、いつまであの演技続けるんだ?」
サークルに入ってからもう三か月。
百合自身楽しんでいる節があるから放置してるけど。
いつまでも演技を見せているのもどうなんだ。
「でも、あれも完全な演技っていうわけじゃないよ?」
ん?
「いやでも、家であんな感じになったことないだろ」
珍しく百合の言いたいことがわからなかった。
「うーん。私も、自堕落なのとか朝が弱いのとか。色々諦めてるけど、ああいう風なお嫁さんで居たいっていう願望があるの!」
なるほど……?
言いたいことはわからなくもないけど。
「でも、無理したら本末転倒だからな」
一応言っておかないと。
「無理はしてないよ。それに、ちゃんと本音も言ってるよ?」
本音って……。
「まさか……」
「「誰よりも優しいから」っていうところ」
く。悪戯めいた笑みではなくて、心から言ってるのがわかるから恥ずかしい。
「ま、まあ。百合にはいつも優しくしてやりたいと思ってるけどさ」
「じゃあ、いいでしょ?」
「でも、「ちょっとだらしないですけど」は嘘だろ」
「それくらい旦那様なら許して欲しいな?」
「可愛く言っても駄目だ」
こいつもこういうところは性質が悪い。
「じゃあ、今度、修ちゃんのお願いを一つ聞いてあげるから」
「……制限は?」
「ないよ。コスプレして欲しいでも、膝枕して欲しいでも。エッチなことでも」
もう、すっかり毒気を抜かれてしまった。
「言っとくけど」
「修ちゃんはエッチな方向のお願いはしないよね。わかってるよ?」
「わかってて、入れるのが悪質なんだけどな」
大体、そういうのは場の雰囲気だからこそいいんだ。
お願いしてやってもらうのは本末転倒。
「とにかく。次の講義行こっ」
「次は解析学か~色々憂鬱だ」
百合に教えてもらっているからなんとかついてけてるけど。
「ファイト!旦那様!」
「はあ。まあ、頑張るか」
「そうそう。千里の道も一歩から」
こうして、三限の数学の講義に仲良く向かった俺たちだった。
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