第31話 大学生で夫婦な俺たち

 窓の外から朝日が差し込んできて目が覚める。


(百合は……もう起きたのか)


 結婚してからはダブルベッドに夫婦二人で寝ている。

 あくびを噛み殺して、起き上がろうとすると階下から、 

 

「修ちゃーん。朝ご飯出来たよー」


 階下から百合の元気な声が響き渡る。


「ああ。ちょっと着替えるから」


 そう言うのだけど。


「うん。まだ寝てるみたいだね?」

「いや、起きてるんだけど」

「本当にしょうがないんだから」


 ツッコミをスルーして三階に上がってくる。


「あなたー?朝ご飯よー」


 あなた、なんて普段言わないくせに。

 こういう小芝居に付き合うのも夫の務めか。


「悪い。もう少し寝かしてくれ」


 プロポーズのあの日。自堕落な生活をやめると誓ったのは本気らしい。

 入学してから一ヶ月。まだ百合は生活リズムを維持出来ている。

 ただ、困った事に俺に世話を焼きたいらしくて。

 俺がすぐ起き出してくるのを不満がる。

 というわけで、時々こんな寸劇が発生する。


「仕方ないなあ。旦那様は……」


 色々ツッコミたいがこらえる。

 ガチャリとドアを開けたかと思えば、すすっと枕元に寄ってくる。

 ちゅっと言う音と冷たい感触がして。キスをされたのだと悟る。

 夫婦になったのだから、毎朝のキス!と百合が主張したのだ。

 ただ、エプロンをした百合が色っぽくて。


 ギュッと抱き寄せて、「していいか?」と囁いてみる。


「したいの?」

「だって、そのエプロン姿反則だろ」

「んふふー。修ちゃんの性癖は完全に掌握したも同然だね」 


 なんて偉そうに言うけど。


「エロサイト巡って、俺の好みをあれこれ聞いたのはどこの誰だったか」

「だって。お嫁さんとしては旦那様の性癖を把握しておくのは当然だもの」

「なんとなく優位に立ちたいのはわかった」


 それまで、多少自重していた俺だけど。

 結婚して、百合の家に同居して。

 素直に手を出すようになって「ああ。毒されてるなあ」と感じる。


「あ、でも。大学あるから1時間以内でね?」


 悪戯めいた笑みで誘ってくる百合。


「時間制限つきとか色々微妙だが……」

「だいじょうぶ!やればできるよ!」

「萎えさせること言わないでくれ」

 

 ともあれ、朝の一時を楽しんでしまったのだった。


◇◇◇◇


「なんていうか、こうして二人で朝食も慣れてきたな」

「うん。いい朝だよね」


 あれから大学生になった俺達は即日籍を入れた。

 だから、今の百合の姓は池波いけなみだ。

 少しだけ問題だったのが夫婦でどこに住むか問題。

 別居婚は微妙だよねということで一番に却下。

 やっぱりアパート借りようという案もあったけど。

 学生が借りられるアパートでペット可の物件がなかった。

 あとは池波家か堀川家のどちらかになるわけだけど。

 与助はもう堀川家に慣れてしまったので、俺が移り住むことに決定。


「ときどきは帰ってきなさいよ」


 などと両親は言っていたが、実際すぐ近くなのでちょくちょく帰っている。

 というか、普通に道端で顔を合わせる事も。


 大学生になって、生活リズムが少し後ろ倒しになった俺たち。

 おばさんたちは先に朝食を済ませて俺たちは俺たちで朝食をとるのが日課だ。


「納豆トーストに舌が慣らされたのが悲しいな」


 百合の主食である納豆トースト。

 結局俺も一緒に食べることになって、すっかり慣れてしまった。


「元々は修ちゃんのせいだからね?」

「しかし、やっぱり納豆ご飯の方がいい気がするんだよ」

「じゃあ、週三日は納豆ご飯でどう?」

「仕方ない。それで妥協するか」


 しかし、元々両家とも朝に納豆を使うせいか。

 納豆消費量が非常に多い。


 ふなー。足元に与助がすり寄って来ていた。

 同居してから与助がこうして来ることも増えた。


「なんで修ちゃんに懐き始めたんだろ?」

「さあ。メスだから?」

「は!浮気?」

「俺は動物に欲情する性癖はないからな」


 こうやってどうでもいい会話を楽しむのも乙なもの。


◇◇◇◇


「もうすぐゴールデンウィークだよね」

「どこか行くか?」


 大学への道すがら、朝日を浴びて気持ちよさそうだ。

 

「二人だけで……新婚旅行ぽいの行きたいかも」

「よし。じゃあ、近場で探すか」

「うん!温泉宿でゆっくりとか希望」

「アリだな」

「そうそう。貸し切り露天風呂とかも試したいし」

「個人的に、それは微妙に照れそうなんだけどな」


 もちろんお互いの裸は既に幾度も見ている。

 しかし、お風呂でとなるとまた少し違ってくる。


「エッチする時に何度も見てるのに?」

「それはそれ、これはこれなんだよ」

「変な修ちゃん」

「とにかく。大学のPC室で調べよう」

「スマホだと一緒に調べるのに向かないもんね」

「ああ。なんだかんだ言って、PCが強いところあるよな」


 大学生全員が個別に大学のPCを使えるようになっている。

 そういうのも高校までと違うところだろうか。

 主にレポート課題提出に使うけど、趣味の調べ物に使うこともある。


「ところでさ。線形代数、少しついてくのが辛くなって来たんだよな」


 大学に入って一番驚いたのが講義の難しさ。

 俺も高校では上位成績者だったが、理系共通の数学系科目の難しさは段違いだ。


「じゃあ、一緒に勉強する?」

「夫としては少し情けないんだけど。頼む」


 相変わらず百合は講義に苦労することもないようで。

 徐々に情けない姿をさらす場面が増えそうだ。

 なのに。


「やけに嬉しそうだな?」

「それはやっぱり旦那様をお世話してあげられるし?」

「百合。意外と尽くすタイプだったんだな」

「そう。私は尽くすタイプだったんだよ?知らなかった?」

「高校の時もたまに感じたけどな」


 結婚してから、俺のために何かしてあげる事がとにかく嬉しいらしい。

 あの自堕落な百合が……などと思うけど、それもまた彼女の一面。


「おばさんが「孫はまだ?」とか時折聞いてくるの、なんとかならないか?」


 確かに結婚した今、出来ても不思議じゃないんだけど。


「ああ、それ。お母さんってば元々学生の頃に、出来ちゃった結婚だったんだって」

「へえ。それ初めて聞いたな」


 だから、俺達の結婚に対しても寛容だったんだろうか。


「続きがあるの。元々、お父さんは学生結婚渋ってたんだって」

「まあ、気持ちはよくわかるな。俺も最初はそう思ってたし」

「でも、早く結婚したいお母さん。どんな手段に出たと思う?」


 どんな手段。

 結婚を渋るお父さん。出来ちゃった結婚。


「まさか。既成事実作る方向に?」


 あの温和なおばさんにそんな面があったとは不思議だけど。


「そう。コンドームにこっそり切り込み入れたんだって」

「……おばさん、ヤバいな」

「でしょ?私も聞いたとき、少しだけ引いちゃったもん」


 なるほど。あの親にしてこの娘ありというわけか。


「一応、確認だけど百合はそんなことしないよな」

「どうかな?赤ちゃんが欲しくてしちゃうかも」

「ちょ。それは勘弁してくれ。不可抗力なら当然いいけど」


 出来たら仕方ないと思うけど。

 やはり、社会人になってからというのが個人的な希望だ。


「うそうそ。本当に欲しくなったら素直に言うから」

「その時は要交渉な。おばさんたちに迷惑かけたくないし」


 それも大きな理由だった。

 養育費にしろ面倒をみるにしろ、学生の俺たちだと限度があるだろう。


「お母さんなら、むしろ。私が子育てしてもいいから、って言ってたよ?」

「おじさんは?」

「まあ。どっちとも言えないから、好きにしなさい、だって」

「両親の理解があり過ぎるのも困りものだな」

「お母さん、割と暇を持て余してるから。育児したいのかも」


 うーむ。そんな背景が。


「とにかく。赤ちゃんについては、そのうちな」

「そだね。それより重要なのは新婚旅行!」

「温泉もいいけど。他にも盛り込みたいところだな」

「んー。たとえば、神社とかお寺とか?」

「ああ。そういうのもいいな」


 しゃべりながら歩いていると気がつけば大学の校門前。

 わらわらと学生が門に吸い込まれていく。

 

「高校の時と違って、なんか大学生って自由だよなー」

「そだね。クラスメイトとかほとんど意味がないもんね」


 話に聞いてはいたけど、履修する講義も違えば。

 サークルだって違う。

 同じ学部だからという連帯感はまるでない。


「一応、サークル入っといて良かったかもな」

「二人っきりもいいけど、たしかにね」


 結局、俺達は大学のマイコン部に入った。

 どうにもコンピュータとゲームは相性がいいらしく。

 ゲーム好きな部員が多くて結構楽しい。


「そういえば。結婚式の資金も貯めないとな」

「そうそう。バイトとかもそろそろ決めないとね」


 まだ籍を入れただけの俺たちは式を挙げていない。

 やはり式はしたいよねと両家の意思は一致している。

 ただ、結婚式の資金は出すからと言ってくれるものの。

 出来るだけ、自分たちで貯めたいのが本音。


「百合は接客系バイト向いてなさそうだな」

「ええ?愛想の良さには自信があるんだけど」

「時間にだらしないから、怒られそう」

「そ、そんなことは……ないと思う」


 一応、自覚はあるらしい。


「百合はデスクワーク系のバイトいいんじゃないか?」


 頭の良さは折り紙付きだ。

 それを生かしたバイトがいいだろう。


「家庭教師のバイトとかいいかも?」

「教えるの上手いしな。でも……」


 一瞬言うのを躊躇してしまう。


「でも?」

「いや。男子が相手だったらと思っただけ」


 我ながらつまらない独占欲だ。


「ふーん。修ちゃん独占欲強いね?」

「俺も意外だったよ」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。浮気とかしないから」

「わかってるよ」


 気がつけば二限の講義が行われる校舎。


【もうすぐ二限の線形代数始まるわよ?】

【それと。今日、なんか教室変更らしい。いつものと隣の教室な】


 同じ学部に合格した優と宗吾。

 サークルこそ違うけど必修講義は同じなのでこうした助け合いもよくある。


【助かる。行ってみたら、誰もいなくてポカーンとか避けたいしな】


 大学の講義というのは自由なので、たまにそういうことだってある。


「もう一ヶ月くらい経つけど……大学生活、楽しいな」

「うん。修ちゃんとも一緒だし」

「俺も、百合が一緒だし」


 続けて、大好きだぞ。と言おうとしたけど。

 どうしても照れが出てしまう。

 日本男性は愛情表現が苦手というけど俺もそうなんだろうか。


「修ちゃん、大好きだよ」

「俺も大好きだぞ」


 先に言われてしまったのが嬉しくもあり悔しくもあり。


 この奔放で、変わり者でなお嫁さんと。

 俺はこれからもずっと生きていくんだろう。


【完】


 なわけはなくて、


「まだまだ私達の生活は続いてくよ?修ちゃん?」

「結婚はスタートってよく言うもんな」


 これからも俺たちの物語は続いていく。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

9章終了です。

後半バカップルぷりが加速していましたが、いかがだったでしょうか?


レビューの基準:

★★★:良い!もっと先読ませて!

★★:まあまあかな

★:今後に期待


くらいの温度感でお願いします。

応援コメントいただけると燃料になります!よろしくお願いします。

10章以降もバカ夫婦の生活模様をお楽しみくださいませ。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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