第30話 合格発表とプロポーズ

 あれから瞬く間に日が過ぎて。

 今は合格発表を見るために試験会場の大学に来ている。


 でも、私自身不思議なんだけど、少しだけ緊張している。

 あれだけ自信ありだったのだけど、多少は不安だったのかも。

 あるいは、答案に記入する際にずれたとか。

 無記名とか。

 そんな初歩的なミスがあるかもと少しだけ思っているのかも。


「なんていうか、珍しく少し緊張してるな」


 隣の修ちゃんが意外そうな顔をして見つめてくる。


「少しだけ。少しだけ、不安なのかも」


 掲示板に私の番号があるか順にチェックしていく。

 と思ったらいきなり最初に私の番号があった。


「やった!私の番号あるよ!」


 なんだかんだで喜びが湧き上がってくる。

 はしゃいでるなあ、私。なんて思う。


「んーと……俺は。おお、あったな」


 修ちゃんも無事合格してたようで一安心。

 私だけ合格だったら、滑り止めに行くつもりだったけど。

 やっぱり学費を考えると国立に行けるに越したことはなかったし。


「これで、春からはここの学生さんだね」


 少し気が早いけど楽しみになってきた。


「ああ。俺も楽しみだな。ところで、これから時間あるか?」


 まだ時刻は昼前。

 少し緊張している様子が感じられる。

 プロポーズの場所に案内してくれるのかな?


「うん。全然だいじょうぶ!」


 試験会場を出た私は早速腕を絡める。

 こうして腕を絡めるのは手を繋ぐよりも密着感があって好き。

 

「ところで、どこに案内してくれるの?」


 修ちゃんなりにロケーションは考えてくれるだろう。

 ただ、私も今日はちょっとした悪戯を考えている。

 果たしてどんな反応が返ってくるだろうか。


 修ちゃんの後をトコトコとついていくと、何やら見慣れた光景。


「これって小学校の頃の通学路……」

「そ。この階段によく二人して座ってただろ」


 高校生になった今となっては使わなくなった通学路。

 途中にあった古ぼけた階段は苔むしていて雰囲気がある。


「そっか。結構私達にふさわしい場所かも」


 昔からずっと一緒だった私達だし。

 なんか妙にムードのある場所というのもすこし違うかもしれない。


「それで、だな。百合に言いたいことがあるんだけど。聞いてくれるか?」


 すこし緊張した様子で階段に腰を下ろして私を見つめてくる。

 いよいよ、プロポーズかー。でも、残念。


「その前に、私も少し話があるんだけど。いい?」

「ん?ああ、大丈夫だけど」


 実は今日に備えて私から修ちゃんに送るメッセージも準備してたのだ。

 いつも私を見てくれてる彼だからこの機会にとびっきりのメッセージを届けたい。


「あのね。私はたぶん。生まれつき、ちょっと変な子だったと思うの」


 幼少の頃の自分自身を思い返す。

 幼い頃からシミュレーションゲームとか頭を使うゲームが好きで。

 セミの羽化実験のために大量に幼虫を捕獲してきたり。

 同年代の中でもとりわけフリーダムだった。


「それ言うなら俺もだな。百合と一番趣味合うくらいだったからな」

「だよね。でも、言いたいのはそういうことじゃないの」


 成長するにつれて、私は他の人と自分が違うことに思い悩むようになっていった。

 趣味が女の子らしくないこともそうだし。

 他の子が人目を気にしてできないことも平気で出来た。

 そんな私は「普通じゃない子」じゃないのかなと。

 悩んだのは一度や二度じゃない。


「私はね。普通じゃなかったけど。修ちゃんが「私は私」って言ってくれたから。だから、そのままの私でいいと思えたんだよ?」


 普段は言えない感謝の言葉。

 でも、こういう機会だから言っておきたかった。


「そこまで大層なことはしてないけど」

「私にとっては大層なことだったから、それでいいの!」


 修ちゃんがそう言ってくれたから。

 だから、私はちょっと変な部分も含めて自分を好きになれた。

 昔からの付き合いである以上に修ちゃんは私の恩人なんだ。


「だからね。自堕落な私を笑って許してくれることも。好きなだけ甘えさせてくれることも。私の喜ぶことを考えてくれているのも。全部、全部大好きで。ありがとうだよ」


 不思議と照れはなかった。

 だって、それは口にしづらかっただけでずっと抱えていた想いだったから。


「そこまで想われていたのなら彼氏冥利に尽きるな」

「修ちゃんは、私には勿体ないほど。本当にいい男の人だと思う」


 たぶん、下手をしたらお父さんやお母さんよりも私を理解してくれている。

 だから、そんな素敵な人と付き合えている今がとても幸せ。


「褒め殺しだな」

「本音を言ってるだけだよ。それでね……」


 少し深呼吸をする。

 高揚感を少しの緊張感と。

 

「私はそんな修ちゃんと、ずっと一緒に歩いて行きたい、です」


 言ってやった。せっかくだから、私からの逆プロポーズを。

 プロポーズを期待しつつそんな事を考えていたのだった。


「お前なー。さんざんプロポーズ期待しといて、逆プロポーズかよ」

「それで、どう?今の心境は」

「正直すっごい嬉しいな。先に言われて悔しいけど」


 そんなところでまで張り合わないでいいのに。


「返事、聞かせてほしいな」


 YESかNOかはもうわかっている。

 どんな言葉をくれるか。それが知りたかった。


「俺もさ。百合ほどじゃないけど、ちょっと変わった方の人間なんだ」

「私と趣味がばっちしあったくらいだもんね」


 ゲームだけじゃない。

 面白いことをしたい。そんな根っこが似ていた。


「でもさ。俺はなんだかんだ多少は人目が気になる方だから」

「うん。でも、おかげでバランスがとれてるけどね」


 修ちゃんというツッコミ役が居てこそバランスが取れるのだ。


「だから、昔から自由な百合にはいっぱい元気をもらってきた」

「えへへー。それほどでも?」

「こういう時に調子乗るところも、好きだぞ?」

「ちょ、ちょっと。恥ずかしいんだけど」


 この後来るであろう言葉を想像すると急に恥ずかしくなってくる。

 恋人になった時よりも初エッチの時もよりも恥ずかしい。


「お互い様だろ。それに、奔放で自由だけど、ちゃんと周りを見てるし」

「そ、そんなことはないよ?」

「嘘こけ。周りの迷惑にならないようにバランス取ってるだろ」


 本当、昔からの付き合いというのは困りものだ。

 確かに、私だって度を越していないかどうかには割と意識的だ。

 修ちゃんに対してはそれも気にしてないけど。


「あと、与助のこと見てもわかるけど。優しいところもあるしな」

「与助は……私たちにとって特別だったから」

「そうか?勉強教えて欲しいと言われても嫌な顔一つしないだろ」

「そ、それは。少しくらい善行を積んでもいいかなって思っただけで」


 どんどん顔が熱くなってくるのを感じる。

 まさか修ちゃんが褒め殺し作戦に出るなんて。


「あ、それと。受けた恩義をずっと忘れない義理堅いところも」

「確かに忘れてはいないけど。それくらい当然だよ」


 こんな私を好きでいてくれる人たちだから。

 だから、想いを返してあげられるならそうしてあげたい。


「他にも、色々あるけどな。言っちゃうと全部が大好きだ」

「全部……」


 もう恥ずかしさが頂点に達している。

 こうしてはっきり言葉に出されるとどう反応すればいいのかな。


「そんな百合が大好きだから。俺は一緒に歩いて行きたい」

「返事しないでプロポーズ決めるのずるい」

「元はといえば、百合が逆プロポーズしたせいだろ」


 こんな言い合いだって楽しい。


「それじゃあ。これから、お嫁さんとしてよろしくお願いします。旦那様」

「こちらこそよろしくな。可愛い嫁さん?」


 こうして、正式に私達は婚約者になったのだった。


「ところで。大学に入ったら籍入れるか?」

「え?修ちゃんは社会人になってからって言ってた気がするけど」

「どうせ家は近所だし。最近半同棲だろ」

「お母さんたちの許可は……取れそうだね」


 なんせあの母だ。

 うちの娘をよろしくと言う様が容易に思い浮かぶ。


「それに、万が一出来ちゃった時に結婚してた方がいいだろ」

「妙に現実的な判断……」


 でも、確かに結婚していた方が面倒くさくなくていいかも。


「結婚したら、自堕落な生活やめてみようかな」

「いやいや。三日坊主だろ。無理しないでいいって」


 完全に信用されていない。いや、信用されているのか。


「そんな事言ってられるのも今のうちだけだからね?」


 私だって本気出せばやれるのだ。


「へいへい。じゃあ、その時を楽しみにしてるよ」

「やっぱり信用してない!」

「いやいや、信じてるって」


 いつものような一日で、でもちょっと特別な一日。

 

「あ、そうそう!婚約記念でツーショットとろー?」

「いいな、それ。よし……」


 スマホを私達に向けて、肩を寄せてくる修ちゃん。

 ぱしゃ。音を立てて写真が撮られる。


「なんだか、この写真すっごく恥ずかしいね」

「それも思い出ってやつだろ」

「そうだね。きっと、十年後にも思い返せるよ」


 これからの私達はどうなっていくんだろう。

 でも、一つだけ信じられることがある。

 きっと、修ちゃんとはずっと仲良くしてられると。


 それだけ長い間、私達は信頼を積み重ねてきたから。

 きっとこれからも大丈夫。

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