第16話 猫が新しい家族になった件
命に別状はないものの、弱っているらしく投薬・点滴が必要らしい。
そして、翌日の夜のこと。
私と修ちゃんが隣同士で座って。
対面にはお父さんとお母さん。
与助の事で話があると言っているから、想像はついているだろう。
(大丈夫だって)
(う、うん)
お願いする事の重さを考えると緊張してしまうけど、落ち着いて。
「えーと。まず、与助の治療費出してくれてありがとう」
「ありがとうございます」
二人揃って頭を下げる。両親は私が奔放でも笑って許してくれる優しさがあるけど、それでも、数万円の大金を私の我儘のために何も言わずに出してくれたのは、感謝だ。
「そんなに堅くならなくても。別にあの猫……与助ちゃんだったかしら?私もよく見かけるし、そのまま見過ごすのは寝覚めが悪いし。ねえ、あなた」
「そうだね。僕も別に大したことをしたとは思っていないよ。それより、小さな命を大事にできる娘に育って、親としても誇らしいよ」
そう言われて少し照れくさくなる。与助の事は、友達、と言えるかはわからないけど、小学校の頃から触れ合って来た大事な存在だから。ただそれだけ。それに。
「でも、私はパニックになっちゃって。修ちゃんのおかげだよ」
「いやまあ。俺もそれほどの事をしたわけじゃなくてだな」
修ちゃんが何やら頬をかいて、どういう表情をしていいか迷ってる。
全く、照れ屋さんなんだから。
「それで。与助が退院した後の事なんだけど……」
お父さんたちがこの願いを無下にすることはないだろう。でも、実際に飼えるかどうかは別。猫を飼うに当たっての注意事項を色々調べたけど、壁を引っ掻いて壁紙を破いてしまったり、パソコンを故障させたりといった事もあるらしい。それに、野良猫だとトイレの躾も元々飼い猫の子より大変らしい。
もちろん、私が出来る範囲で与助の世話はするつもりだけど、学校に行っている間に何をやらかすかはわからない。妙な悪戯をしたらという不安もあるし、その間与助の面倒を見るのはお母さんだろう。それに、お父さんだって家の中を猫が歩き回っていたら無関係じゃない。つまるところ、猫を飼うということは、私だけの問題じゃなくて家族の問題でもあるのだ。
「与助を飼う……ううん、家族に迎えたいんだけど。駄目、かな?」
返事が怖くて緊張しながら切り出す。いくら私に甘いといっても、高級なものを娘の望むままに買い与えるような親じゃないし、命を預かるというのは軽いものじゃないのはわかっているつもり。「僕個人としてはそうしてあげたいんだけど」という返事だってあるかもしれない。もちろん、そうなったとしても、与助とすぐお別れになるわけじゃないけど、彼女と家族になりたいと思ってしまったのだ。
確か、与助と出会ったのは小学校低学年の頃だっただろうか。
◆◆◆◆
ある日、修ちゃんと二人で登校している時の事。
最初の角を曲がったところに、ふてぶてしいとも思える表情で堂々と道の真ん中に鎮座していた猫がいたのだった。
にゃーと可愛らしい鳴き声をあげて私達を見つめている。
「あ、かわいー。猫ちゃんだ」
修ちゃんと二人で駆け寄っても、じっとして動かず。
それどころか、私の脚に頭をすりすりしてきた。
「ふわー」
そんな様子に私はすっかり有頂天。
頭を好きなだけナデナデしたのだった。
「百合ちゃんだけ、ずるい!」
「そんなこと言っても、この子が私に近づいて来たんだもん」
歳不相応に大人びた修ちゃんにもそんな時があったっけ。
「じゃあ、ほら。こっち来い。えーと……」
修ちゃんはこの子をどう呼べばいいのか迷っているらしい。
ふと、テレビで流れていた時代劇のシーンが思い浮かんだ。
「与助!」
「え?」
「この子の名前。今、決めた!」
なんだかとてもしっくり来る。うん。
「えー?なんだか歴史の登場人物みたい」
「カッコいいじゃない?」
「もっとカワイイ名前にしてあげようよ」
「じゃあ、修ちゃんも考えてみて」
「えー?それじゃあ、ミケとか」
「そのまんま過ぎるよー」
色々言い合った挙げ句。
「ほらほらー。与助。こっちおいでー」
「ミケ。こっちおいでー。あっち行くと与助になっちゃうよ」
どっちに来るかを勝負したものだった。
結果、その子は私の方に来て、名前は与助に決定。
「ねえ、考え直した方がいいよ。ミケ」
「そんなことないよねー。与助」
フニャアとこちらを向いて可愛らしい鳴き声をあげる猫ちゃん。
「ほらー。やっぱり与助も与助がいいんだよー」
「わかったよ。百合ちゃんは言い出したら聞かないんだから」
それから、与助は毎日のように私達が登下校する時間帯には、
来るのを待っていたかのように道に鎮座していたものだった。
それから九年は経っただろうか。
二人で餌を持ってきてあげたり、遊び道具で遊んであげたり。
私達と一緒に育って来た大切な存在。
◇◇◇◇
「……」
「……」
目を見合わせて少しの間考え込むお父さんとお母さん。
困ったような表情をしている二人を見て、駄目かな、と不安が募る。
「えーと。俺からもお願いします。出来る限りで協力しますから」
「修ちゃん……」
少し泣きそうになってしまう。
「えーとね。そこまで深刻になられると思ってなかったんだけど」
「ねえ」
「え?」
何故だか二人ともクスクスと笑っている。
「OKっていうことよ」
「僕らもペット飼いたいって話したこともあるしね」
「百合が小さい頃だったから、諦めたけど」
「え、じゃあ……」
「ただし、家族に迎えるからには責任はきっちり持てるね?」
「もちろん!飼い方とか色々調べてあるから!」
無事に許可をもらえてほっと一安心。
(よかったな)
(うん。修ちゃんのおかげだよ)
こうして、与助は私達の家族になったのだった。
検査とかも色々受けて、お医者さんからアドバイスももらって。
想像以上に色々な事を考えてあげる必要があるのを知った。
それから約一ヶ月。
「与助もすっかり慣れたもんだな」
放課後、私の家のリビングにて。
絨毯の上で堂々と寝っ転がっている一匹の老猫。
「与助っていっつもこんなに寝てたんだねー」
「元々、猫は寝てる時間の方が長いらしいしな」
「でも、見てると癒やされるー」
頭を撫でてみると、一瞬だけぴくりとした後は無反応。
すっかりリラックスモードだ。
「しかし、滅茶苦茶馴染むの早かったよな」
「うん。もっと、大変だと思ってた」
もっと粗相をするのかと思っていたけど、数回教えてあげただけであっさりトイレには慣れた。人が通らない静かな場所ということで、リビングの隅っこにしたのだけど。
「ま、元々賢い奴だったしな」
言われてみると、元々与助は人馴れしていた。
適当にあちこちを渡り歩いて、色々な人から餌をもらっていたらしいし。
つまり、餌をもらえる振る舞いを心得ているということで、彼女にしてみれば
「ま、人間に付き合ってやるか」程度の気持ちなのかもしれない。
「むー。与助は私の事が大好きだからだよ。ねー」
言いながら喉を撫でてあげる。
ゴロゴロと気持ちよさそうな鳴き声の彼女を見て、
「ほら。与助もそう言ってるよ」
「いや、単に喉撫でたからだろ」
「そういうのは無粋だと思う」
春の陽気の中、どうでもいい事を話す私達だった。
「でも、本当に今回はありがとう。修ちゃんが居なかったら……」
「ま、百合とはこれからも一緒に居るわけだし」
え?これからも一緒に?
「それって、プロポー……」
「あ、ちょっとフライングだった」
「えー?それはないよー」
ドキっとしてしまう言葉だったのに。
「まだ高三になったばっかりだから。正式なのはタイミング見て、な」
「タイミングって……いつ?」
「大学に合格したら、くらい?」
はぐらかされると思ったけど、時期まで明言されてしまった。
「それって、本当に期待していいの?」
「今更他の誰かってのも考えられないし」
まずい。心臓がバクバクと。
嬉しすぎて思わず抱きつこうとしたところ。
ふなー。気がつくと与助が餌を早くという鳴き声を出していた。
「もー、与助。ちょっといい雰囲気だったのに」
「色気より食い気ってことだろ」
「上手いこと言ったつもり?」
ともあれ、私達の関係はまた一歩進んだのだった。
☆☆☆☆6章あとがき☆☆☆☆
与助を迎え入れるまでのちょっとしたエピソードでした。
ほのぼのとしていただけたなら幸いです。
応援コメントや★レビューなどいただけるとやる気倍増です。
もっと先読みたい!:★★★
まあまあかな:★★
この先に期待:★
くらいの温度感で。
次の7章は高3に進級後らしいお話の予定です。
☆☆☆☆☆☆☆☆
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