第6章 猫の与助と私達

第15話 猫の具合が悪い件

「曇かあ……今日は寒そう」


 自室から窓を眺めればどんよりとした雲。

 寒気がベッドに入ってきて、ぶるるっと震える。

 エアコン、エアコン、と。


「もうちょっと寝ていたいなあ……」


 三月になって多少暖かくなって来たけどまだまだ寒い。

 ギリギリまで寝て……んん?


(閃いた!)


 これは、古から続くお約束シチュエーション。

 『寝ている主人公を幼馴染が起こしに来る』だ!

 閃いたらさっさと行動。お母さんのラインに


【修ちゃん来たらモーニングコールを待ってる、って言っといて?】


 少し待つと。


【あんたねえ……修二しゅうじ君に悪戯でも思いついたのね】

【そういうこと】

【修二君はあなたを甘やかしてるけど。甘えすぎないようにね?】

【それはわかってる】


 ちょっとした朝のじゃれ合い。


【ならいいわ。伝えとくわね】


 さっきまで布団から出たくないと思っていたけど、今はワクワクしている。

 きっと、修ちゃんはまず部屋の外から起こしに来るだろう。

 反応が無かったら部屋に来るはず。

 無反応なら、ベッド脇まで来るだろう。

 そこを、ガバっと起きてハグするのだ。

 きっと修ちゃんは大慌てするに違いない。

 あわあわする修ちゃんを見て楽しむのだ。


 修ちゃんが来るまで後15分くらいかな。

 意識が落ちないように、ぼんやりとしたまま布団をかぶる。

 なんか、似たような言葉大昔にあったような。

 でも、どっちでもいいか。

 まどろんだまましばらく待っていると小さくインターフォンの音。


(よし、来た!)


 二階へ続く階段をトン、トン、と上がる音が聞こえる。

 この足音を聞くのも何度目なのかな。

 

「~~~~」

「~~~~」

「~~~~」


 階下からお母さんとお父さんと修ちゃんの話し声が聞こえる。

 何を言ってるかわからないけど、きっと伝えてくれただろう。


「仕方ないなあ。百合の奴」


 少し大きめの声が聞こえてきた。

 トン、トン、と三階に上がる足音が聞こえてくる。

 もう少し、もう少し。


「百合。朝だぞ。起きろー」


 当然聞こえているけど狸寝入り。


「おーい、起きろー」


 それでも狸寝入りを決め込む。


「起きないなら入るからなー」


 うんうん。早く早く。


「おばさんから許可はもらってるからなー」


 そうそう。


「はあ、ほんと……」


 何故だかため息をつきつつの声。

 ギィと私の部屋の扉が開く。


 ちら、と薄目で様子を窺う。

 ドアを開けてすぐのところに修ちゃんが立っている。

 表情に不機嫌さはなくて、仕方ないなといった顔。

 生暖かい目とも言えるかもだけど、こういう表情が好きだったり。


 でも、改めて見ると筋肉がしっかりついていて。

 修ちゃんは男の子で私は女の子なことを実感する。

 大胸筋で興奮するというのが最近ようやくわかったりも。


「おーい、起きろー。百合。狸寝入りなのはわかってるぞー」


 さすがにそれくらいはお見通しか。

 でも、無視を決め込む。


「要するにベッドまで来いってことか?」


 よくわかっている。

 でも、私の罠までは見抜けないだろう。


 タン、タン、と足音が少しずつ近づいてくる。

 少しずつ、少しずつ、私の元へ。

 

(うん?)


 何か、言葉に出来ない違和感がある。

 ま、いっか。

 数十秒待って、ようやく私の枕元に修ちゃんが到達。

 

(とらえ……え?)


 ガバっと跳ね起きようとしたところ、逆に抱きしめられていた。

 予想だにしない展開に顔が真っ赤になっているのを感じる。


「あの、えーと……」


 ど、どういうこと?


「さすがに、百合の事だから何か罠仕掛けてるのはわかるさ」

 

 抱きしめられてるから顔は見えないけど、きっとドヤ顔をしてるんだろう。


「うう~~~~」


 すっかり罠にはめたつもりだったのに。悔しい。

 でも、それくらいわかってくれているのが嬉しい。

 何より抱きしめられているのが嬉しい。


「今回は私の完全敗北」

「Win-Winって奴だろ?」

「バレンタインの事、根に持ってる?」

「さあ」

「ま、いっか」


 こうして、二人で抱きしめあっていたのだった。

 ちなみに、不審に思って部屋に来たお母さんに一部始終を見られていた。


「もう。二人とも本当に仲がいいのね」

「僕としては少し複雑な気分だなあ」

「……」

「……」


 食卓で私達は縮こまっていた。

 交際しているのは両家公認。

 とはいえ、あの現場を見られたのは恥ずかしすぎる。


 結局、朝ごはんを食べ終えるまでたっぷりからかわれてしまった。

 今度からは「起きるのが遅くても心配しないで」って言っておこう。

 

◇◇◇◇


「最近、少し暖かくなってきたよね」

「でも、まだまだ寒いけどな」


 マフラーを二人で巻いてくっついての登校。

 バレンタインデーのプレゼントを使って時々やっている。

 幸せ。

 道行く人の視線はあえてスルーすることにする。

 何も見えない、何も見えない。


「ホワイトデー。またデートしない?」

「いいけど。また、滅茶苦茶気合入れてくるだろ」

「それはもう」


 ホワイトデーは本当はお返しの日らしいけど、知らない。

 バレンタインデーだって聖なる日でもなんでもないのだし。

 

「どんどん百合に毒されてる気がするな」

「私がいないと生きていけない?」


 ちょっと返事が楽しみ。


「ま、まあ。居ないと困るかな」

「ありがと。私も修ちゃんが居ないと困る」


 バレンタインデーの日以来、もっと彼の事が好きになってるのを感じる。

 こういうのは中毒なんていうのかな。


 少し歩いたところで与助が出てきて、足首にごろごろとすり寄って来た。

 

「あー、よしよし。与助は今日もかわいいねえ」


 かがんで喉をさすってあげるとゴロゴロと気持ちよさそうな声を上げる。

 ちなみに、与助は私が昔見た時代劇からつけた適当な名前だ。

 でも、後で知ったのだけど与助は実はメス。

 もう少し女の子らしい名前にしてあげれば良かった。

 

 でも、なんだかいつもより元気がない。

 どことなくフラフラしてる気もするし。


「大丈夫かな?与助」

「んー。ちょっと心配だな」


 話し合っていた所、コテンと倒れる与助。

 え?ど、どういうこと?


「え、えーと。病院?救急車?」


 自分自身、パニックになっているのがわかる。

 猫を救急車に乗せても仕方がない。


「落ち着け、百合。ちょっと今調べるから……」


 スマホをタップして何やら調べている修ちゃん。

 気ばかり逸る私と違って冷静だ。

 それを見て、私も幾分落ち着きを取り戻した。


「すいません。XXX動物急病センターですか?」

「はい……はい……」


 何やら動物急病センターという施設の人と話しているらしい。

 動物の救急病院みたいなもの?

 

(私もやれることをやらなくちゃ)


 マフラーで与助を包み込んで抱き上げる。

 処置としていいかはわからないけど。

 フニャ、と鳴き声にも力がない。

 なんとか生きていて欲しい。


「百合。タクシー呼んでくれ」

「あ、うん。わかった……」


 こうして、大慌てで私達は動物病院に与助を連れて行ったのだった。


 学校には、体調不良ということで欠席の連絡。

 二人でなんとか与助の状態を伝えて、しばらくの間待ったのだった。


肺炎はいえんですね」


 それがお医者さんの診断だった。

 猫も肺炎ってなるんだ。


「え、えーと。与助は大丈夫なんですか?」

「重篤ではなかったので、大丈夫ですよ」


 その言葉にようやく私達はほっと一息ついたのだった。

 ああ、でも。咄嗟の行動だったけど、治療費とか。

 与助を今後どうするかとか、色々考えなくちゃ。


「でも、良かったな。与助が無事で」

「うん。本当に……」


 気がついたら、目から涙が出ていた。

 こんなに心が苦しくなるのは久しぶりだ。


 私一人じゃなくて本当に良かった。

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