第9話【次の階層へ飛び込め】
「うー、幽霊を食べてもキリがないよー」
紫色の散弾銃で逃げ惑う幽霊どもを食い千切りながら、ルーシーは不満げに唇を尖らせる。大勢の幽霊を食べた影響もあるのか、彼女の顔には疲労感のようなものが浮かんでいた。
食べても食べてもキリがなく、何人かは撃ち漏らしてしまい少女の幽霊に食べられてばかりだ。おかげで可憐な少女の様相をしていた幽霊は膨れ上がり、彼女の腕や顔には
見た目が恐ろしすぎる。幽霊にある程度の耐性があるフェイでも、目の前にいる少女の姿には耐えられないものがあった。
緑色の狙撃銃を構えるアルアは、
「困りましたね……幽霊相手では睡眠など効かないでしょうし……」
「ワンコくーん、ユーリさんはどう!?」
「全然ダメです」
フェイの腰にしがみついたまま離れようとしないユーリは、完全に少女の幽霊に対して戦意を喪失していた。当然である、目の前の幽霊は相当気持ち悪い。
頼みの綱と言えばルーシーぐらいのものだが、逃げ惑う幽霊を連続で食らいすぎて満腹感が押し寄せている様子だった。仕切りに腹をさすりながら「うー」と唸っている。
彼女の所有する特殊スキル【
ご主人様がまともに戦うことが出来ればいいのだが、さてどうするべきか。
「――――ん?」
フェイは会場の奥に扉のようなものを見つけた。
少女の幽霊が閉じ込められていた部屋の扉ではない。子供部屋のその奥に、今までなかったはずの扉が出現しているのだ。
可愛らしい
子供部屋に突如として出現した扉を指で示すと、
「アルアさん、子供部屋に扉があります!!」
「さすがですダーリン……あとでちゅーしてあげますね……」
「いりません!! 迷惑です!!」
アルアの冗談を割と本気で拒否の姿勢を突きつけ、フェイは腰にしがみつくユーリを抱きかかえた。
「何するんだい!!」
「ここから逃げるよ、あの幽霊はもうダメだ!!」
フェイはユーリの華奢な身体を落とさないようにしっかり抱きしめ、子供部屋を目指して駆け出した。
「だめ、だめ、だめ、だめ」
少女の幽霊が、駆け出したフェイの存在に気づく。
ぼこんぼこんと少女の右腕が膨らんで、真っ白な肌に浮かぶ人面瘡がフェイに向かって大きな口を開けていた。叫んでいるようにも見えるそれらは、フェイへ食らいつかんと牙を剥く。
あと一歩のところで触れると思った矢先のこと、フェイに伸ばされた少女の腕がピタリと止められた。何かに押さえつけられている様子だった。
「少女自身を従えることは不可能だがな――」
少女の死角となる位置に立っていたのは、金髪縦ロールが特徴で黄金色の
「――貴様が取り込んだ幽霊を従えることは可能だぞ、餓鬼が」
「あ、あ゛ぁ、ああああ゛」
少女は声を引き攣らせて叫ぶ。動かない右腕を懸命に伸ばして、フェイを捕まえようとする。
だがそれは無理だ。メイヴのスキルは【
味方を喰らったことで、内側から味方に引き止められているとは何とも面白いことだ。心の底からざまあみろである。
「行け、下僕!! 強欲女をどうにかしろ!!」
「ありがとう、メイヴさん!!」
「お礼はほっぺちゅーでいいぞ!!」
「聞かなかったことにしてあげますね!!」
せっかく少し好感度が元に戻ったと思えば、ガクンと下げてくる残念な女性である。するつもりはないが、感謝はしている。
フェイは少女の腕をすり抜け、薄暗い子供部屋に飛び込む。
抱きしめていたご主人様をふわふわな絨毯が敷かれた床に下ろし、桃色の扉に駆け寄った。扉は施錠もされておらず、簡単に開いた。
「マスター、扉が開いたよ!!」
「…………」
「マスター?」
ユーリの視線は、じっと子供部屋の隅に向けられていた。
何があるのかと思えば、小さな机の上に置かれた宝箱である。子供部屋にあるものとしてはなかなか上等で、悪く言えば似つかわしくないものである。
その宝箱をじっと見つめていたユーリは、何を思ったのか銀色の散弾銃を構えた。銃口を宝箱に向け、引き金に指をかける。
「一〇万ディール装填」
意外と高い値段を対価に捧げたユーリは、
「〈宝箱よ、壊れろ〉」
引き金を引く。
願いを受け、宝箱は見事に粉々の状態へ砕け散った。宝石があしらわれた蓋は吹き飛び、中に詰め込まれていた小さな花や丸まった紙なども宝箱と一緒に見るも無惨に損なわれてしまう。
何がしたかったのか、とフェイは思うのだが、彼女が宝箱を壊した理由が分かった。
「……静かになった?」
子供部屋の外が静かになったのだ。
疑問に思ったフェイが首を傾げると、遅れてアルアたちが何やら不思議そうな表情で子供部屋に足を踏み込んでくる。
それまで少女の幽霊と戦っていたはずだ。もう戦闘は終わったのだろうか?
「幽霊が唐突に消えましたが……何かやりました……?」
「え? えーと、マスターが机の上にあった宝箱を壊したけど」
「ああ……だからですね……幽霊は自分の核となるものを破壊されると……再起不能になりますから……」
アルアは「美味しいところを持っていきやがって……」と貴族のお嬢様が使うようなものではない乱暴な口調で呟き、ユーリをに睨みつけていた。
美味しい部分を掻っ攫ったユーリはしれっと明後日の方向を見上げ、アルアの恨みが込められた視線から全力で逸らしていた。子供のようだ。
フェイは桃色の扉を開けながら、
「はい次の階層に行くよ、マスター」
「分かったよ、フェイ」
「待ちなさいユーリ殿……これでは私の格好いい活躍を見せて……フェイ殿にちゅーをしてもらう作戦が台無しではないですか……」
「お嬢、変なことを言ったら頭をこうするからね!!」
「イダダダダダダ!? 何で私までやられるんだーッ!?」
「さっき変なことを言ってたからねー」
邪なことを考えていたアルアとメイヴは見事にドラゴとルーシーの手によって頭を握られ、痛みによる2人分の悲鳴を聞きながらフェイは桃色の扉を潜るのだった。
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