第6話【夜空の下の会話】

 近くの迷宮区ダンジョンから這い出てきた魔物を倒して、解体して、料理して。

 空に浮かんでいた太陽はいつのまにか隠れてしまい、夜の世界が顔を覗かせる。


 目的地までまだ距離はあるので、水場が近くにある場所で野営となった。

 馬車は身体を休める部屋として最適で、御令嬢のアルアとフェイのご主人様であるユーリを積極的に休ませることにして、寝ずの番はフェイとドラゴが交代でやることにした。



「ん……」



 何度目かの交代の時間が訪れ、馬車の中で仮眠を取っていたフェイは自然と目を覚ます。


 ふかふかな椅子の上で膝を抱えて縮こまって眠るアルアと、座ったまま寝ているのか寝ていないのか分からないご主人様のユーリがいる。

 被っていた毛布はご主人様にかけてやり、なるべく腹を冷やさないように毛布を巻きつける。これで迷宮区ダンジョンに辿り着いた時、体調不良を訴えられても困る。


 二人を起こさないように馬車の扉を開け、フェイは夜の帳が下りた静かな世界に足を踏み入れた。



「ドラゴさん、交代です」


「お、悪いな!!」



 焚き火を見張っていたドラゴは、快活な笑みでフェイに振り返る。



「じゃあ一時間後に!!」


「はい。おやすみなさい」



 ドラゴと寝ずの番を交代して、フェイは一人で焚き火と向き合う。


 炎が小さくなれば適当に枝を折って火の中に放り込み、なるべく周辺を明るく照らすように心がける。

 こうすれば迷宮区ダンジョンから迷い出てきた魔物に警戒心を抱かせることが出来るし、通行人にも居場所を知らせることが出来る。本当は宿屋や民家があれば雨風も凌げるのだが、野営で贅沢は言っていられない。


 眠気を振り払うように大欠伸をするフェイは、背後でキィと馬車の扉が開く音を聞いた。



「ドラゴさん? まだ交代には早いと思いますけど」


「アタシを他の女の名前で呼ぶなんて、いい度胸をしてるじゃないかい」


「え、マスター? 何で?」



 馬車の扉を開けて出てきたのは、ご主人様のユーリだった。


 装飾品がこれでもかと施された外套コートを肩からかけて、しかし夜の空気は露出の多い格好をしているユーリには寒かったのだろうか、身体を震わせた彼女は外套に袖を通してちゃんと着込んでいた。

 寒いのならば出てこなければいいのに、とは思うがご主人様の決定に逆らうことは許されない。そもそもユーリは主戦力なので、寝ずの番などせずにちゃんと休んでもらわなければ困る。


 ユーリは焚き火の前で胡座を掻くフェイにいそいそと近づくと、



「はー……夜は冷えるねェ」


「……マスター、何でそんなとこ座んの」



 胡座を掻くフェイの足の間に収まり、ユーリは焚き火で暖を取り始める。外は夜の空気で寒いのだから、馬車の中で毛布を被って休んでほしい。



「いいだろう、別に。大人しくアタシの椅子になりな」


「へいへい」


「あと腕も貸しな」


「……いきなり焚き火の中へ突っ込まれたりしねえよな?」


「アタシがそんなことをする奴だと思ってんのかい、心外だね」



 フェイが腕を差し出すより先にユーリが両腕を持っていき、自分を抱きしめる形でフェイの腕を巻きつける。


 本日のご主人様、随分と甘えたな様子である。

 まあ元仕事仲間であるアルアとドラゴの視線がないので、ここぞとばかりにやりたい放題なのだろうか。抱きしめる形で腕を巻きつけられた影響で、柔らかな二つの果実がフェイの腕にのしかかった。多分、これは言わない方がいいだろう。


 ユーリはフェイの身体に背中を預けると、



「フェイ」


「何だよ、マスター?」


「アタシに『七つの大罪セブンズ・シン』へ戻ってほしいと思うかい?」



 探索者シーカー組合『七つの大罪セブンズ・シン』は、現在でも最強と語り継がれる組合だ。

 そこに所属しているアルアが「可能であれば戻ってほしい」と思っているぐらいだ。ユーリ・エストハイムという探索者は『七つの大罪』に必要な探索者であると理解できる。


 フェイは「んー」と考えると、



「マスターが決めればいいんじゃないかな。俺、マスターが何で『七つの大罪セブンズ・シン』を止めたのか分かんないし」


「組合ってのは色々と面倒だったんだよ。迷宮区ダンジョンの情報を得るのは簡単だったけど、攻略するってなると一人の方が気楽だね。最強の探索者シーカー組合って言われてから、色々と行事だ何だと引っ張られちまうしねェ」


「そうなんだ」



 様々な行事や式典に顔を出さなければならないと言われれば、確かにご主人様の性格を鑑みると組合から抜けた方が賢明かもしれない。

 今や探索者シーカーは人々の間で主流となっている職業だ。若者が探索者を目指すきっかけを作ってほしいが為に広告塔となるのは、まあ分からないでもない。


 その点、ご主人様のユーリは生粋の探索者だ。式典や行事に広告塔として参加するより一箇所でも多くの迷宮区ダンジョンを踏破したいだろうし、組合に所属する利益より損失の方が多かったことだろう。


 まあ、組合に戻るのはご主人様の好きにすればいい。

 ユーリの所有物であるフェイに拒否する権限はないし、これはご主人様の問題なのでユーリが決めればいいのだ。もし組合の方針で奴隷は同行できないとなれば、フェイは大人しくお留守番――はユーリが許さないか。



「マスターはどうしたいの?」


「アタシは戻るつもりはないよ。あんな息苦しいところ、二度と戻るモンかい」


「そっか。じゃあ戻らなくていいんじゃないかな」



 ユーリの華奢な身体を抱きしめながら、フェイは言う。



「マスターが組合に戻ると、組合の方針で奴隷は同行できないって言われたら嫌だし。それに、マスターと一緒に組合へ顔を出して嫌な顔されたら迷宮区ダンジョン踏破にも影響しそうだし」


「そんなことはないと思うけどねェ、まあフェイを貶すような連中がいたらアタシがぶん殴るけど」


「あはは、マスターはやっぱり頼もしいなぁ」



 ユーリはパチパチと枝が弾ける焚き火を眺めながら、



「フェイ」


「ん?」


「本当にいい子に育ったね」


「マスターの教育の賜物だな」



 物の値段を見るだけしか能がない外れスキル【鑑定眼】を、ユーリは「何よりの宝だ」と言ってくれた。誰もが「使えない」と言う中で、彼女だけはフェイを必要としてくれた。

 ユーリが必要としてくれるなら、出来る限りでその期待に応えたい。心の底からそう思ったのだ。


 ご主人様のユーリは満足そうに笑うと、



「そりゃ、嬉しいねェ。アタシは誰かに物を教える才能はないかと思ってたけど」


「マスターは教えるの上手いよ」


「アンタの物覚えがいいからだろう」


「マスターの役に立ちたくて、頑張って覚えたよ」


「いい子だねェ、フェイ」



 ユーリはフェイの頬を軽く撫でて、眠たげに大きな欠伸をする。



「アタシは寝るよ」


「え、ここで?」


「そうだよ。当たり前だろう?」


「いや、馬車に戻れよ。そっちの方が休まるだろ」



 馬車の中は寒くもなく暑くもないので、ちょうどいい温度で寝ることが出来るのだ。フェイのゴツゴツとした身体を寝具にされるより、何倍もそっちの方が眠れるだろう。


 しかし、ご主人様は納得しなかった。

 不満げに唇を尖らせたユーリは、グイイッと問答無用でフェイの腕をつねってくる。手加減なく力が込められているのでめちゃくちゃ痛い、止めてほしい。



「イダダダダダ、何すんだよマスター!?」


「気の利かない奴隷だねェ。アタシがここで寝るって言ったら寝るんだよ。あんな実験馬鹿と蛇女が一緒にいて、身体が休まるモンかい」


「分かった、分かったから腕をつねらないでイダダダダダ本当に皮膚がもげる取れる止めて勘弁してェ!!」



 フェイに抱きかかえられた状態で安心したのか、ユーリからすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。


 皮膚が抉り取られそうになる痛さはあったものの、まあドラゴが起きるまでの辛抱だ。交代することになったら恥ずかしさで爆発したくなるような反応が待っているだろうが、もうどうにでもなれである。

 交代の時間まで、ご主人様の温かさと柔らかさを存分に享受しながら、フェイは寝ずの番に励むのだった。

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