第7話【井戸の中の星空】
やや長めの旅路の果てに、ようやく目的地である農村に辿り着いた。
「平和だぁ……」
「退屈な風景だね」
フェイとユーリで抱く感想が真逆なのが面白いが、とにかく目の前の農村は平和であり退屈だった。
建物は数十軒ほどあり、それ以外は全て農作物を育てている畑がある。子供たちも積極的に両親の畑仕事を手伝っている様子で、仕事がない場合は泥だらけになりながらそこら辺を駆け回っていた。
確かに地図上の片隅に載るか載らないか危ういほど、小さな農村だ。こんなところに
車椅子に座ったアルアが、ドラゴに押されながら言う。
「こちらです……すでに村長には許可を得てありますので……」
「手際がいいじゃないかい」
「
アルアが先導し、
農村の子供たちが見慣れない集団を見かけて興味を持つが、両親たちに「仕事しなッ!!」と一喝されていた。それでも大人たちも興味があるのか、こちらを何度かチラチラと盗み見ていたが。
檻に入れられて眺められるだけの動物になった気分だ。とんでもなく居心地が悪い。身体がむず痒くなってしまう。
居心地悪そうに身体を揺らすフェイに、ユーリは「どうしたんだい」と振り返る。
「いや……なんか注目されるのが慣れなくて」
「こんな
「はぁい」
ご主人様に言われて、フェイはこれから挑む
そんなことを考えていると、アルアとドラゴの歩みが止まった。
彼女たちの前には腰の曲がった老人が立っていて、老人の側には古びた井戸がある。今は使っている様子はないのか、木で作られた柵を張り巡らされて近づけないようになっている。
腰の曲がった老人はプルプルと震えながら、やや興奮気味に言う。
「おお、おお。かの有名な『
「こちらが件の
「はい。迷宮区【スターダスト】になります」
老人はしわくちゃな手でアルアの滑らかな手を掴むと、
「頼みます、
「残念ですが……おそらく遺体は
「そんな……」
ガックリと肩を落とす老人。
遺体を回収する、というのは迷宮区に慣れている
ちょっと可哀想に思うが、フェイは何も言わなかった。ユーリも他人が生きようが死のうがどうでもいいのか、欠伸をしながら老人の話を聞いていた。
「それで、そちらがかの有名な最強の
「はい……彼女こそが此度の
「あ?」
アルアに紹介されたのが気に食わないのか、ユーリは低い声を出すと同時に車椅子の御令嬢を睨みつけた。
ちょっと怖い雰囲気など目もくれず、老人はしわくちゃな手でユーリの手を握ってきた。
ご主人様は途端に嫌な顔をした。強制的に握手をされて気分がダダ下がりのようである。
「おお、おお……これはまた、何と美しいお方だ。
「女の手を握るんじゃないよ、エロ爺!!」
ユーリは老人の手を振り払うと、握られた手をフェイのつなぎで拭いてきた。何故だ。
「マスター、握手だけなら我慢した方がいいんじゃない? 相手はお爺さんだし」
「あの野郎、握手すると見せかけて執拗にアタシの手を撫で回してきたのさ。気持ち悪くて仕方がないよ」
「何してんだ爺ッ!!」
「ひゃーッ!!」
強烈な手のひら返しを見せたフェイは、奴隷だの何だのという立場をかなぐり捨てて老人の胸倉に掴みかかった。さすがにご主人様関連は、フェイでも許せないことがある。
老人は唾を飛ばしながら「何じゃいお前!!」と叫んでくるが、しわくちゃで腰が曲がった老人と日頃から
脳震盪を起こさんばかりにガックンガックンと老人を揺さぶるフェイは、老人に負けない声で怒鳴った。
「ウチのマスターに気安く触ってんじゃねえぞ、エロ爺!! 三メートルぐらい離れて地べたに這いつくばりながら鑑賞しろ!!」
「フェイ、アタシは美術品でもないんだよ」
ユーリはため息を吐くと、老人を揺さぶるフェイに「戻ってきな」と呼びかける。
ご主人様のご命令とあれば仕方がない。
フェイは大人しく老人を解放し、ご主人様の背後に控えた。ただし眼光だけはいつもより鋭くしてある。このクソエロ爺が、いつまたユーリに近づくか分かったものではない。
さすがにフェイの怒声が効いたのか、老人は不満げに唇を尖らせながら井戸を顎で示す。
「美人なねーちゃんたちは無事に戻ってくることを祈っているが、野郎は興味ないのじゃ。とっとと死んでこい」
「お前から
必要ならば拳で対抗するのも
「止めな、フェイ」
「何でさ、マスター」
「
「それに?」
「……何でもないよ」
ご主人様は何故か周囲を見渡して「何でもない」と言ったが、何を見て言ったのだろうか。
自分のことには鈍感なフェイには
すらりと高い身長に
ユーリからすれば、いつ村の女どもが言い寄ってくるか気が気ではなかったのだろう。ジロリとこちらを見つめてくる乙女たちを睨みつけると、フェイの腕を掴む。
「ほら、早く行くよ」
「了解」
ご主人様に腕を引っ張られ、フェイは木の柵に囲まれた井戸の中に飛び込むのだった。
普通なら底が見えるはずの井戸は、どこまでもどこまでも落ちていく。
石を積まれた壁はいつのまにか消え、代わりに視界の端で白い何かが瞬く。まるで夜空に瞬く星屑のようだが。
「マスター? これどこまで続くんだ?」
「もうすぐ着地するよ。準備しな」
「はいよ」
ご主人様に言われて、フェイは着地に備える。
やがて地面らしき場所に着地を果たし、フェイは落下の感覚がまだ消えないような気がした。
何故なら目の前には、現実とは遥かにかけ離れた
「うわ……」
「これは凄いねェ」
ユーリもこんな
目の前に広がる迷宮区は、満天の夜空だった。
紺碧の空がどこまでも続き、白銀の星々がチカチカと瞬く。星々は地面にも散らばっていて、道を形作っていた。
確かにここの迷宮区は【スターダスト】の名に恥じない、夜空と星々が中心となった迷宮区だ。
「では……行きましょうか……」
ドラゴに抱えられて
「どれほど危険な迷宮主は不明ですが……多くの
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