第2章:迷宮区【スターダスト】

第1話【昔の仕事仲間】

「手頃な迷宮区がないねェ」



 掲示板に張り出された迷宮区ダンジョンに関する情報の数々を見上げて、銀髪赤眼の最強探索者シーカー――ユーリ・エストハイムは唸る。


 その横に控える金髪碧眼の青年――フェイ・ラングウェイは、主人の命令通りに従って上の部分に張り出された情報を剥がしたり、情報を張り直したりしていた。

 ユーリの身長は女性の平均的なものしかなく、男性の平均身長より大きく上回って成長したフェイにとって小さく見える。踵の高い靴を履いて身長を底上げしてもまだ足りないほどだ。


 なので、必然的に高い位置にあるものはフェイが取ることになっていた。いざとなればスキルで引き寄せるという手段も考えられたが、フェイがいる以上は金の無駄になる。



「いい感じの迷宮区がないねェ。どれもしけた踏破報酬ばかりだよ」


「そうだなぁ」



 踏破報酬の部分を見ると、大体が五万から七万ディール程度のものばかりである。これではスキルを使用した不足部分が取り戻せない。


 踏破報酬が安いと、迷宮区ダンジョンの攻略が簡単であることを意味する。

 ユーリの目的は難しい迷宮区を攻略した際に貰える踏破報酬で、高額であればあるほどいいのだ。安い踏破報酬の迷宮区は中堅やそれこそ新人に任せた方がいい。


 ユーリは眺めていた張り紙をフェイに押し付け、



「戻しな」


「はいよ」



 これもダメだったようである。

 まあ、踏破報酬が一〇万ディールだったので、没を食らうだろうなとは思っていたが。


 フェイが張り紙を掲示板に戻していると、にわかに迷宮区案内所がざわめき始めた。



「誰か来たのかな?」


「あん?」



 迷宮区ダンジョンを吟味していたユーリが迷宮区案内所の入り口へ視線をやると、



「げ」


「どうした、マスター」



 唐突に顔をしかめたユーリは、フェイの影に隠れる。


 何かあったとしか思えない反応だ。

 嫌なものでも見つけたのだろうか、とフェイは迷宮区案内所の入り口を見やる。が、



「見るんじゃないよ」


「何でさ、マスター」


「何でもだよ」



 入口を見ないように、とご主人様からのお達しで、フェイは渋々と掲示板に視線を戻す。


 ただ、分かったことがある。

 迷宮区案内所の入り口に人混みが出来ていて、きゃーきゃー言われているのはその中心にいる人物だということだ。人間の壁が分厚すぎて誰が来訪したのか不明だが、相当人気の探索者なのだろう。


 もしかすると、見目麗しくて豪華な装備品を身につけた探索者シーカーなのかもしれない。そう考えると腹が立ってきた。



「おや、そこにいらっしゃるのはユーリ・エストハイム殿ですか……?」



 すぐ近くにいるのに、まるで霧の向こうから話しかけてくるような細々とした声がご主人様の名前を呼ぶ。


 フェイの影に隠れたユーリは「人違いだよ」と突っぱねるが、ちょっと無理のある誤魔化し方だとは思う。

 まあ、ご主人様の命令があるので振り向けないのだが。フェイは何を言われても応答しないように無心で掲示板を見上げていた。



「人違いな訳ありませんよ……貴殿は【強欲の罪マモン】というこの世に二人といない希少スキルの持ち主……それに、元同じ組合所属の探索者シーカーを忘れる訳がありませんよ……」


「え、組合? マスター、組合なんていたの?」


「フェイは黙ってな」



 ご主人様にピシャリと言われてしまい、フェイは口を噤む。


 組合とは探索者シーカー同士で組む集団のようなもので、小規模であれば四人から六人程度、大規模になると一〇〇〇人以上を抱える団体となる。

 自分一人で踏破できない迷宮区ダンジョンを協力して踏破したり、面倒な手続きを代行してもらったり、迷宮区の情報が手に入りやすかったりなど様々な恩恵がある。なので、探索者の大半はこの組合というものに所属するのだ。


 ユーリはこの組合に所属しておらず、たった一人で活動する探索者だ。そうした方が難易度は跳ね上がる代わりに、踏破報酬やその他の報酬を独り占めできるのだ。

 金銭を重要視するご主人様にとって、他の探索者と組むことなんてあり得ないのだろう。まあ分からんでもないが。



「おや……君は見かけない顔ですね……ユーリ殿の相棒ですか……?」


「あー…………」



 霧の向こうから聞こえてくるような細々とした声に問われ、フェイは反応に困る。


 相手は探索者とはいえ、一般人だ。

 奴隷であるフェイに、一般人に対する返答はご法度である。それに先程からご主人様であるユーリに「黙ってな」と命令されているので、答えることが出来ない。


 フェイが口を噤むと、ユーリが忌々しげに応じる。



「アルア、冷やかしなら帰りな。こちとらアンタと遊んでいる暇なんてありゃしないんだよ」


「それは残念です……せっかくいいお話を持ってきましたのに……」



 ご主人様がようやく相手と会話し始めたので、フェイもまた会話相手に視線をやる。


 相手は車椅子に乗った見目麗しい少女である。

 艶やかな栗色の髪は丁寧に櫛が通され、眠たげな印象のある瞳の色は色鮮やかな緑色。愛らしい顔立ちには表情というものがなく、ただ無機質な人形を想起させる少女だった。


 新品の車椅子に腰掛ける少女の格好は、貴族の御令嬢と呼んでも差し支えないほど綺麗なものだ。

 真っ白なドレスにはフリルやレースがそこかしこにあしらわれ、手袋もレースで出来た繊細なものを装着している。髪の毛を飾るリボンもまた純白で、本当に人形のような印象を受けた。正気のない高級人形である。


 緑色の双眸をフェイに向け、少女は口元だけ歪めて笑った。



「ようやくこちらを見てくださいましたね……あら……意外と格好いい……」


「見るんじゃないよ」



 ユーリがフェイを背後に庇い、銀色の散弾銃を突きつける。



「うちの奴隷が腐り落ちたらどうするんだい」


「私には見たものを腐らせるスキルなどありませんけどね……」


「アンタの言葉は色々と信用できないよ、アルア。今も嘘臭さがプンプンと漂ってるじゃないかい」


「酷く恨みを持たれていますね……心外です……騙したつもりは毛頭ないのですが……」


「下手すりゃ寝てる時でさえ実験しようとした実験馬鹿が何を言ってんだかねェ。アタシはいいけど、この奴隷で実験しようとしたら許さないよ」


「えー……それは私の生き甲斐をなくすようなものですが……」


「まさか本当にうちの奴に手を出すつもりだったのかい? とんだ実験馬鹿だね!!」



 ユーリは車椅子の御令嬢を睨みつけ、御令嬢はわざとらしく「しくしく……」と泣き真似を披露した。


 ご主人様の台詞の端々に不穏な単語が混ざっていたが、これは言及してもいいものなのだろうか。

 いや、これ言及した途端に実験とかされないだろうか。正直、ご主人様以外の人間から乱暴されるのはちょっと遠慮願いたいのだが。


 フェイは「あのー……」とおずおずとご主人様に話しかけ、



「こちらの方はどなたです? マスターの昔の仕事仲間って認識でいいんですかね?」


「話すんじゃないよ、フェイ。口が臭くなるだろ」


「ええ!? 酷えよマスター、俺ちゃんと綺麗に風呂入ってるよ!?」


「あのアバズレと会話すると嘘臭くなるんだよ」



 顰めっ面を継続するユーリを無視して、車椅子の御令嬢はフェイの言葉に応じた。相手が奴隷だろうが何だろうが、彼女には関係ないらしい。



「初めまして……私はアルア・エジンバラ・ドーラと申します……ユーリ殿とは過去に『七つの大罪セブンズ・シン』と呼ばれる組合で一緒にお仕事をさせていただきました……」


「七つの大罪ッ!?」



 フェイはひっくり返りそうになった。


 所属する探索者シーカーは全員SSS級であり、攻略できない迷宮区ダンジョンはないとまで言われていた最強の探索者組合――それが『七つの大罪セブンズ・シン』と呼ばれる組合だ。

 なるほど、そこにユーリが所属していたのであれば納得できる。彼女もかなり強い探索者なので、当然『七つの大罪』に所属していましたと言われても頷ける。


 車椅子の御令嬢――アルア・エジンバラ・ドーラは、



「とりあえず……お食事でもしながらお話でもいかがですか……? ここでは積もる話も出来ませんし……」



 フェイはご主人様を見やると、彼女は渋々というような感じで「行くよ、フェイ」と言った。


 いい報酬の迷宮区ダンジョンがないのであれば、他人の情報を頼るしかない。

 自分勝手でも、最強の探索者シーカーは賢明な判断をしたと言えようか。

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