第6話 ゾンビの村
男は夜の草原をたった一人で歩いていた。
青地に白枠の法衣は、肩まで伸びた茶髪と同じく爽やかで、誰からもきっと好ましい印象を受けるだろう。名前をレグといい、職業はプリーストだ。
彼は若くして回復魔法の専門家であり、攻撃魔法の心得も多少はある。さらには接近戦においても、駆け出しの戦士達よりはこなせるという器用っぷりで、実際冒険者と称される存在からは引き手数多だった。
だが、誘いのことごとくを拒んだ。自らが思う理想、目標を共にするべき連中ではないと考えたからである。
彼には夢があった。いつかは自分と、その仲間達が歩んだ道を後世に伝え、伝説になりたいという野望が。誰にも話したことなどなかったが、小さい頃からその為にだけ努力を続けてきたのである。
そんな涼しい顔とは裏腹の野心を持つ男が、今回旅先で引き受けた依頼は、ある村に現れたとされるゾンビ達の駆除だ。
人里でゾンビなどという下級の魔物達が繁殖するという事例は聞いたことがなかった。大抵の場合、ゾンビというものは集団からはぐれた者が死霊術師に攫われ、長い時間をかけて魔物にされていくのだ。噛みついただけでゾンビが増えるなどということはない。
更には戦闘力も低く、生きていた頃の半分程度しか力は出せないという。だからこそゾンビ達はすぐに淘汰されてしまう。危険な魔物達や冒険者、他動物に襲われて全滅することが常の、儚い存在であるはず。
草原を真っ直ぐに進むと、やがて小さな集落が見えてくる。あそこにゾンビの集団がいるのだろうか。遠目に見ても灯りが見られるし、普通の村と特に変わりないようだ。でも隣村に住む依頼主達は、確かにゾンビの集団を目撃したらしい。
レグは背中に預けていた白銀の杖を手に取り、用心しながら歩みを続ける。村に近づくほどに、呑気な気持ちが霧散していった。遠くから眺めれば普通にしか映らない村だったが、近づくほどに奇妙な違和感がある。
「おや、旅の人ですかえ?」
村の入り口までたどり着いた時、小さな老人に声をかけられた。杖で体を支えており背中は曲がっている。レグは軽く一礼をする。
「はい。実は隣村の方々が心配しておりましてね。様子を見て来てほしい、と頼まれていたのです」
「ほう、ほう。なんでかのう? ワシらは元気にやっとりますけど。フォッフォッフォ」
「でしょうね。このご時世ですから、皆さんも心配性になるというものです」
「そうそう! みーんな魔物に殺されるとか、そんなことばっかり考えておる。バカバカしいわい! まあ、せっかくだからのんびりされたらええ」
「ええ、そうさせていただきます。宿はどちらに?」
「あー、あるには……あるんじゃが。今は村のみんなが出払っているんでな」
村の中をしばらく歩き、周囲を観察しながらレグは老人へと視線を戻した。
「出払っているんのですか。このような深夜に?」
「そうなんじゃ。村恒例の祭りをしておっての。もう少ししたら、きっと戻ってくるじゃろ。それまで、ここで待っておったらええ」
「分かりました。しかし変ですね。隣村の方々から、ここファー村について事細かに教わったのですが、祭りの話など誰もおっしゃっていませんでした」
老人は表情を変えていないが、少しだけ瞬きが増えていることにレグは気づいている。
「まったく。隣村の祭りの日取りも忘れてしまうとはの。薄情な連中になったもんじゃ。と、とにかく! もう少ししたら山から降りてくるんじゃよ。待っておけ、な? な?」
レグは立ち止まり、ただ静かに周囲を観察していた。この老人は何かを隠していることは間違いないだろう。もしかしたら——
——と、思案にくれていた時、唐突な爆発音が耳に鳴り響いた。
「う!? これは……」
「ハッハッハー! やったわい! 出来た。とうとうワシの理想が出来たぞお!」
老人から距離を取り、視線を爆発音がした方角へと向けると、そこには巨大過ぎる何かがいた。村の近くにある山の頂上付近に、突如として誕生した怪物が。
「ワシの最高傑作、ゾンビ達の集合体じゃ! この素晴らしき存在を生み出すために、せっせと呪術をかけ続けたのだ! この村全体に、三年という時間をかけてなぁ」
「貴様……死霊術師か」
老人は先程までの弱々しい仕草から一転、胸を張りながら声を荒げる。
「いかにもだ! 我こそは大死霊術師、ゾルーガル様である」
「なるほど、では仕留めよう」
杖を持ち詠唱を開始するレグに、大死霊術師を名乗る老人は慌てて手を振る。
「ちょ、ちょっと待たんかい! このワシを今更倒したところでな。あのゾンビ集合体【ヘルズ・ジャイアント・ゾルーガルスペシャル】はもう止められんのじゃぞ」
「……何と言った?」
「ワシを倒しても、もう遅い! ってゆうとるんじゃ。奴らは朽ち果てるまで、この地を……全てを破壊し続ける! お前にだって浄化はできまい?」
プリーストは空を仰ぐように怪物を眺め、そして嘆息した。ゾンビは物理攻撃よりも、聖なる魔法による攻撃のほうが遥かに有効である。しかし、彼の瞳は見ているところが違う。何十、何百もの人間が連なりあって出来た地獄のような体には、いくつもの耐魔壁が貼られていた。
「私が聞いたのは、奴のおかしな名前のほうだったがね。魔法に耐えられる仕込みがあるようだな」
「ぐふふふ! 何と言っても、魔法結界の札も念入りに貼りまくっておいたからのう。これで奴は完成! そして最強の暴力に大陸が震撼するじゃろう。ガーハハハハ!」
内心レグは焦っていた。確かにあの怪物は自分では倒せないだろう。そして、この死霊術師の宣言通りになってしまう未来が、現実になる可能性は非常に高い。
腐った巨人は静かに振り返り、大地を揺らしながら少しずつ迫ってくる。
「グワッハッハ! やったわい! ワシの悲願が! とうとう叶ったのだぁー!」
うるさい老人だ、とレグが呆れたその時だった。
重なり合ったゾンビが頭頂部を形成している付近から、小さな光が見えた。
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